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リアクション
6.大部屋お見舞い。1
リンス・レイス(りんす・れいす)がまた入院したらしい。
その報せを受けて、火村 加夜(ひむら・かや)は病院に向かった。
前回はただの栄養失調と貧血だったけど、あれからリンスは体調管理に気を配っていた。クロエだってリンスの体調を気にしていたし、なのに入院とあらば今度は何か重い病気にかかってしまったんじゃないかと不安になる。
だけど、病室を訪れるといつもとほとんど変わらない様子のリンスが居て。
「リンスくん……」
「こんにちは、火村」
やっぱり、いつもと同じように挨拶された。
「今回は、どうしたんですか?」
「風邪っぽい」
本人からそう聞かされ、ホッとして力が抜ける。へたり込みそうになるのを堪え、パイプ椅子を引いた。
「心臓に悪いですって、もうっ」
「? 何で?」
「心配しました。何か大きな病気なんじゃないかって」
「大丈夫。ちょっと熱高かったけど、こじらせただけみたいだし」
リンスはそう言うが、顔色はまだ悪い。加夜はリンスの額に自分の額をくっつけた。
「熱は無いみたいですね……」
「もう少し様子見が必要だけど、あと数日で退院していいって」
そうですか、と頷いて額を離す。
「季節の変わり目とか、風邪を引きやすくなりますから。体力の無い時とは、余計に気をつけてくださいねっ」
「うん」
素直に頷いてくれたけど、本当にわかっているのだろうか。
わかってはいるのだろう。でも、自覚が足りていないのだと思う。
「リンスくんがもし誰かを幸せにしたいなら、まず元気でいることが大切ですよ」
いつもより、ちょっと真剣な声と真剣な顔で。
加夜は、伝えなければいけないことを言葉にする。
「大切な人が元気でいてくれる。それだけで安心するし、嬉しいんです」
「そうなの?」
「そうです」
脳裏に一瞬、想い人が浮かぶ。
「ねえリンスくん」
「?」
「恋の話で盛り上がれるのはいつの日でしょうか」
笑顔で言うと、
「……さあねえ」
困ったように笑われた。まだ遠いのか、それとも近いのか。
いつか話せるといいですね、とまた笑う。今度は何も言われなかった。
「さてっと。工房の掃除して片付けでもしてきましょうか。クロエちゃんだけじゃ大変ですし。だからリンスくんはゆっくり寝て、しっかり治してくださいね」
「うん。ありがと」
「どういたしまして。体調が良くなったら、どこかお出かけしたいですね。自然と触れ合ったりしてのんびり過ごすんです」
「いいね、それ。のんびりするの好きだよ」
「身体に負担も少ないでしょうしね」
きっと、最近外に出る機会が多くなったから身体がびっくりしているのだと思う。
だったらゆっくり慣らしていけば良いわけで。
「ちょっとずつ、ちょっとずつです」
「? うん」
「それじゃ、また」
にこりと微笑み手を振って、加夜は病室を後にした。
*...***...*
イケメン医者を捕まえて、そのままイイ関係になってセレブ生活。
そう息巻いて逆ナン目的で病院に向かったまでは良かった。
ただ、格好が悪かった。
綺麗に着飾った服は動きづらく、スタイルをよく見せるためのピンヒールは躓きやすく。
運悪く、階段で転んでしまい――あ、と思った時には転げ落ちていた。
結果、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が病院に搬送された理由は『転落事故』。
「だから普通に仕事帰りのお医者さん拉致れば良かったものを。逆ナン作戦、裏目に出ましたね。担当医も女性ですし……ご愁傷様、ぷぷぷ」
救急車を呼び、そして今からかい……もとい、見舞いに来たベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)が声を殺して笑った。
それは違うとリナリエッタは心の中で否定する。
担当医が女医だった? だから何だ。この病院にイケメン医師が居ないわけではない。引っ張り込もうと思えば、いつでも出来る。
それより注目したのは、
「あっちの二人、見てみなさいよ」
リンスと紡界 紺侍(つむがい・こんじ)だった。どちらも見た目が良く、また同じ病室なら話しかけるきっかけも簡単に作れる。何せお互い怪我や病気で不自由な身なのだ。支え合うことは困難じゃないし、その結果愛が芽生えることも有り得るだろう。
「深窓の令嬢ごっこじゃつまらないと思ってたのよねぇ」
うふふ、と妖しく笑って呟く。
「ああ、こんなイケメンと共同生活だなんて。最高だわぁ」
二人を交互に見て、ニヤニヤ。
ベファーナの反応を待たずに、リナリエッタはベッドを降りて紺侍に近付いた。
「こんにちはぁ」
甘い声とにっこり笑顔で挨拶してみる。
「ちわ」
人懐っこい笑顔で返された。手応えアリだ。
「さっきお話し耳にしちゃったんですけどぉ、お仕事の最中に怪我されたんですか〜?」
「そうなんスよー。目立った怪我はないんスけどね」
「ですよねー? 頭の包帯くらいですもんね〜」
そこで、会話が途切れた。最初に感じた手応えが遠のく。
「えっと。お仕事って何をなさってるんですかぁ?」
「雑貨屋とかいろいろかけもってるんスよ」
「へぇ、雑貨屋さん! 私ぃ、可愛いもの好きなんですよ〜♪ どこのお店ですかぁ?」
「ツァンダだったりヴァイシャリーだったり。いろんなトコで働いてるんスよー」
「へぇ〜! かけもちとか大変じゃないですかぁ? すごいですねぇ〜」
「イエイエ、それほどでもないンで」
軽く手を振られ、再び会話終了。
手応えが、さらに遠のいた。
話しにくい相手ではない。だけど、なんとなく壁というか隔たりというか、何か違和感を覚えるのだ。
――なんか私、相手にされてない?
そう思うと同時、紺侍とベファーナの目が合った。瞬間、理屈じゃない何かでリナリエッタは察した。紺侍は女に興味がないのだと。
――目標変更。
それじゃぁまた、と手を振って、リナリエッタは紺侍のベッドから離れた。
次に行くのはリンスのベッドだ。紺侍と違って線が細く、綺麗系の人である。男か女か判然としないが、胸はぺったんこだし一人称が俺だったからきっと男だ。
「リンスさんは何をなさってるんですかぁ?」
「あれ? 俺の名前」
「同じ病室ですし、気になっちゃったからぁ。名前、覚えちゃいましたぁ」
にこーっと笑うと、そう、と平淡に返される。紺侍と違って愛想はないようだ。
「俺は人形作ってる」
「え、お人形? ですか。うわーすごーい! どんなの作ってるんですか?」
思わず声が高くなった。セクシー系お姉さんで落とそうとしていたのに、人形が作れると聞いて素が出てしまったらしい。
気をつけなくちゃ、と軽く咳払い。
が、
「ぬいぐるみとか、ビスクドールとか。あとは球体間接人形やあみぐるみとかかな」
「えー! うわ、うわ、本当に? すごーい!」
すぐにまたはしゃいでしまった。
リナリエッタには少女趣味な一面がある。
フリルやレースが好きだったり、お人形が好きだったり。
だから、目の前に自分の好きなものを作れる人が居るとなるとテンションも上がってしまうわけで。
「人形。好きなんだ?」
「とっても! 人形師さんだなんて憧れちゃいます」
「じゃあ今度工房においで。人形あるから」
「本当ですか! 絶対行きますぅ」
落とす作戦はどこへやら。
素直に喜んでしまった。今更ハッとしても遅い。
私としたことが、とほんの少し落ち込んだところで、
「マスター……」
南西風 こち(やまじ・こち)の涙声が聞こえた。振り返る。
「外の椅子で落ち込んでたからさ。連れてきたよ」
ベファーナがこちの背中を押した。とてて、とリナリエッタの前に立つこち。けれど顔はあげない。俯いたままだ。
「どうしたのよぅ、こち」
「こ、こちがいながら……マスターがお怪我を……」
気にしているらしい。転んだのは他ならぬ自身のせいなので、こちのせいにするつもりなんて最初からないというのに。
うぅ、と泣きそうになったので、軽く抱き寄せた。よしよし、と頭を撫でると、こちはしがみつくように抱きついてきた。
「マスター、ごめんなさい……」
「大丈夫だから。こちが自分を責めることなんてないのよぉ?」
「でも、でも」
「でもも何もないの。わかった?」
やさしく言ってやる。と、頷くように頭が動かされた。
抱擁から開放すると、こちがリンスのベッドに近付いていく。何をするつもりだろうと見守ると、
「……はやく、良くなってください。その手で、綺麗なものを生み出してください」
初対面の相手であるのに、労わりの言葉をかけていた。
――ああ、そっか。こちは人形だから。
そしてリンスは作り手だから。
ぺこり、頭を下げてからこちがリナリエッタの許へと戻ってくる。こちの姿を目で追っていたリンスと目が合った。会釈すると、会釈で返される。
「早く良くなってくださいね?」
工房にも行ってみたいし。
「お互いね」
言われて、ふっと笑う。
早く治して、好きなものを見に行こう。
リナリエッタとこちがリンスと喋っている脇で。
「こんにちは」
ベファーナは紺侍に話しかけていた。
パイプ椅子を引いて、ベッドの近くに座る。
ベファーナはワイルド系男子が好きだ。紺侍の見た目も好みである。
――リナが向こうの彼に夢中になっている間にお近付きさせてもらおうか。
――あわよくば頂く……むふふ。
「ちわ。何イヤラシー笑み浮かべてんスか」
「イヤラシーとは心外だな」
「それはそれは失礼しました。でもなァんかアンタ、下心ありそうなんスもん」
けらけらと笑う紺侍に顔を近付けて。
「下心って、」
くい、と顎を掴んでこっちを向かせる。
とび色の瞳に自身が映っているのを見てから、ちゅ、と啄ばむようなキスをした。
「こういうこと?」
いたずらっぽく笑ってみせる。
「そっスねェ。そーゆーことっスね」
「嫌い? こういうことは」
「嫌いじゃないから困るんでしょうに」
「じゃあこれ以上困らせる前に退散しようかな。こち、そろそろ帰るよ」
リナリエッタに抱きついて甘えていたこちを呼び寄せ、病室のドアに向かう。
「また来るよ」
そう言ったのは、リナリエッタに向けて? それとも別の相手に向けて?
*...***...*
病室に入る前、ちらりと見えたキスシーンに。
「きゃー、不埒」
橘 美咲(たちばな・みさき)は口元を押さえて紺侍に言った。
「不埒でさーせん。で、美咲さん。その格好は何スか。コスプレ?」
「失礼ね、笑顔が素敵なナースさんです」
胸を張って言ってやった。
今日、美咲は百合園女学院の社会科見学(という名のボランティア)に来たのだ。職業体験も兼ねているのでナース服を着て、体温計、血圧計、その他もろもろの備品も装備済みである。
「意義アリ!」
某裁判ゲームのようなノリで紺侍が叫ぶ。その頬をべしんと両手で挟んで、
「病院内ではお静かに」
「ふぁい」
返事を受けて、よろしい、と手を離す。
「入院した紺侍君のために、親切丁寧に看病しに来ました」
こほんと咳払いをして、改めて美咲は挨拶した。
「スンマセン。嫌な予感しかしないんスけど」
「でも哀しいことに私のスキルにはナーシングがありません」
「嫌な予感急加速なんスけど。ねェ美咲さん? オレの話聞いてくれません?」
残念ながら聞く耳は持っていない。
「ぶっちゃけメイドにすらなったことがありません」
「クロエさんに弟子入りしたらどうっスかね」
「今の私はアドベンチャラー。冒険したいお年頃」
「ヤベェ。マジで聞く耳持ってねェやこの人」
「さぁ紺侍君、検温のお時間です」
美咲の言葉に紺侍がベッドから飛び出した。
「ちょっと。どうしてそんなに距離を開けるんですか」
「開けもするでしょうよ。嫌な予感しかしねェし」
「別に変なところには挿しませんよ?」
「その発言がおかしいことにアンタはどォして気付かないんスか」
にじりにじりと寄っていく。一歩近付くと一歩下がり、の繰り返しで距離は縮まらない。
どうやら紺侍は検温が嫌いらしい。我儘な患者である。けれどそんな患者の世話をするのも看護師の勤め。文句は言わない。
「仕方ありませんねー、それじゃあそろそろトイレに行きましょう」
「は? トイレって」
「尿瓶、持ってきたんですよ」
「ちょ、えェ!? 美咲さんおかしい! マジおかしい!!」
「こーら、病院ではお静かにって言ったでしょう?」
「あ、ハイ。スンマセン」
謝った瞬間、隙あり、と距離を詰める。紺侍が慌てて飛び退こうとしたが、それより早く美咲の手が紺侍の手を掴んだ。
「大丈夫! 紺侍君のために各種サイズ取り揃えましたから!」
「そォゆー問題じゃねェし! つーかセクハラじゃねェのコレ!」
「好きなの使って良いですから!」
「そもそもオレ両足無事ですって! トイレくらい自分で行けるっスよ!」
「それもそうだったね」
ぱっ、と手を離す。紺侍の呼吸が妙に荒いが大丈夫だろうか。
「大丈夫? 横になったほうが良いかもね」
「明らかにアンタのせいっスけどね?」
「紺侍君が逃げるからじゃない。久しぶりに会えたから、ちょっとスキンシップしたかっただけなのにー」
ちょっと? と思い切り胡散臭そうな目をされたが、まあ気にしない。
「こうして馬鹿やりあえるのも今だからこそなんですけどねー」
「それどォゆー意味っスか?」
「うん? 別に変なことを言ったつもりはないよ。今は私も紺侍君も学生で、いろんなことに時間が割けるけど。学校を卒業したら仕事して、自分で働いたお金で生活する。そうなったら今みたいに友達同士で笑い合える時間も少なくなっちゃうじゃない。
別に、今の時間がずっと続けばいいのに、なんて夢見がちなことは言わないよ。だけど、今の私たちだから出来る関係、笑い合える関係……そういった時間は大切にしたいって思うんだよね。
……だからさ、今を楽しもうよ」
最後のセリフを言いながら、美咲は尿瓶を手に微笑んだ。
「良いセリフなのに最後の行動で台無しっスよ美咲さん……あとお言葉っスけど、オレ今仕事して自分で働いたお金で生活してますよ。やろうと思えばどんな時でも変わらず馬鹿はやれるんじゃないっスかね。だから尿瓶、しまってください」
「だが断る」
再び距離を開けた紺侍に対し、にじりにじり、と距離をつめ。
第二ラウンド、開始。
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