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5.大切な人のお見舞い。3


 山岳地帯で修行をしていたら、足を踏み外して転落した。
 転落直後は歩き回る余裕もあったのだが、救助されてから診断を受けた結果、リリィ・クロウ(りりぃ・くろう)が思っていたよりもずっと重傷だった。内臓に傷がついてしまったらしい。言われてみると苦しくて、身を起こしているだけでも辛い。
 結局その日から入院することになり、今日に至る。
 カセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)ナカヤノフ ウィキチェリカ(なかやのふ・うきちぇりか)――通称チーシャに内緒で入院したため、誰にも気兼ねなく思う存分ぐったりと弱っていると。
 コンコン。
 病室のドアがノックされた。
 返事をする間もなく開かれるドア。そこに立っていたのは、
「ひゃっはー! お見舞いに来たよっ!」
 マリィ・ファナ・ホームグロウ(まりぃ・ふぁなほーむぐろう)を筆頭としたパートナーたちだった。
「お見舞いに来たよ〜」
 マリィに続いてチーシャが言い、
「ほんとに居たよ」
 少々驚いた様子で、カセイノが続いた。
「なっ……えっ、……えっ?」
 なぜ、と疑問符が浮かぶ。知らせたくなかった。内緒のままにしておきたかった。困惑するリリィに、マリィがにやぁと笑いかけた。
「ローグの情報収集能力舐めないでよね。あんたがここに居ることくらいお見通しさっ」
 そして得意げに胸を張った。
「余計なことを……」
「それは結構ね。リリィが元気に困ってる様子を見たくてみんなに知らせたんだから」
 成功成功、とけらけら笑うマリィを睨んだ。効果はないようだ。小さく息を吐くと、内臓が痛んだ。
 正直、辛い。
 身体を起こすのも嫌だ。寝ていたい。
 けれど、心配をかけたくない。
 だから元気な様子を見せなければならなかった。
 パイプ椅子をベッド脇に運んだカセイノが、「で?」と問いかける。
「今回はどんな無茶をしたんだ?」
「嫌ですね、無茶だなんてそんな」
「てめぇが入院とか、タチの悪い冗談じゃなきゃ有り得ねぇようなことだろ」
「だから無茶だと? あはは、本当大したことじゃないんですよ。ちょっと転んでしまっただけです」
「こら隠すな。一体どこで転んだんだよ?」
「言いません〜。言うほどのことでもありませんし、恥ずかしいですもの」
「恥ずかしい? あー、何もないところで転んだとか? そりゃ恥ずかしいよな」
 ――よし。このまま軽いノリで会話を続ければ、誤魔化せ……。
 ると思ったのだが。
「そうそう、転んだんだって〜? 崖から落ちて入院って聞いて、すっごく心配だったんだよ。でも、なんだか元気そうだし良かった〜」
「「…………」」
 チーシャの一言で、水泡に帰した。マリィが爆笑している。後で覚えていなさい、と固まった笑顔の裏でこっそり思う。
「おいこら」
「え、はい」
「崖から転落!? なんだそりゃ!」
「恥ずかしい理由ですよね」
「それ以前だろうが! どこが大したことねーんだよ! 大丈夫も何もねーよ! 大丈夫じゃねーだろ!」
「いえいえ、本当に大丈夫ですから。ほら、傷もありませんし」
 外傷がないのは、転落直後にヒールを使ったからだ。リリィはこれでも修行を積んでいる僧侶である。回復くらいお手の物なのだ。
 明るく笑って言ってみせたが、却ってカセイノの表情は真剣なものになってしまった。外傷がないことから、入院理由が内臓の傷であることを見抜いてしまったのかもしれない。
「寝てろ。もう話すな」
 ほら、声も硬くなってしまった。
 大人しくベッドに寝転がると、
「あたいの勘によればこのあたりにおやつが! よし見っけ!」
「こら〜、マリィやめなさ〜い。たくさんあるけど食べちゃ駄目ー」
 戸棚に隠しておいた病院食のデザート……ヨーグルトが見つかってしまったらしく、マリィとチーシャの緊張感のない会話が聞こえてきた。
「それにねこれ、病院食なんだから〜。入院費に含まれているのよ〜。つまりリリィのカロリーなの〜」
「そんなの知らないし。さっさと食べないと悪くなっちゃうでしょ」
「でもね〜、」
「こんな場所に置いとく方が悪い! 早速いただきまーす」
 プラスチックスプーンを手にとって、マリィが手を合わせる。
 その手から、チーシャがスプーンを奪い取った。
「何すんのよ」
「ずるいよ! あたしだって食べたい!」
「本音出た!」
「でも我慢してるんだよ? 病人の前だから」
「なんで我慢するのさ? 世の中は弱肉強食だよ」
「だーめ、そういう問題じゃないの〜」
 きゃぁきゃぁとかしましくヨーグルト争奪戦を繰り広げる二人に、
「おまえらヨーグルトごときで喧嘩してんじゃねぇ!」
 カセイノが吼えた。ぴたり、二人の手が止まる。
「カセイノも食べたいの? しょうがないな、ほら一個あげる」
「マリィ。俺の話聞いてたか?」
「あ。四個あるから、丁度みんなでひとつずつ分けられるね〜」
「チーシャ。俺の話聞いてたか?」
 カセイノが二人に同じ問いかけをするが、敢え無くスルーされた。
 そんな三人の日常を見て、リリィの顔に笑みが浮かんだ。至極自然に。
「見つかってしまったなら仕方がありませんね。おやつならたくさんありますから、一緒に食べましょうか」
「やった! 山分けなのが気に食わないけど、おやつゲットー!」
 ひゃっほぃ、と喜ぶマリィが手早くチーシャとカセイノにヨーグルトを押し付ける。仲良く分け合ったというより、早く食べたいからだろう。
 リリィとしては、ヨーグルトが特別好きで後のお楽しみにとっておいたわけではないので分けることに異存はない。
 内臓が辛くて、すべて食べきることができなかっただけだし、むしろ食べてくれたほうがありがたいというもの。
 ふたを開けて、一口食んだはいいものの。
 ――……どうしましょう。食べられる気がしません。
 すぐ訪れた限界に、困苦。
 ヨーグルトと睨みあっていると、
「……今回は代わりに食ってやるよ」
 カセイノの手が伸びてきて、ヨーグルトのカップを取っていった。
「心配かけたくないからって、余計に無理しなくていーから。な?」
「……はい」
 素直に頷くと、「それでよし」と頭を撫でられた。少し、照れる。
「あっ、カセイノの野郎っ! リリィから奪うとか反則っ! あたいにもよこせ!」
 その瞬間を目ざとく見ていたマリィが騒ぎ、カセイノ、マリィ間でヨーグルト争奪戦が開戦されようという時、
「リリィも、マリィくらい食い意地が張ってたらすぐに退院できるのかもね〜」
 チーシャが微笑んだ。
「大丈夫。すぐに良くなって、退院しますから」
 身体が辛くて食べ切れなくても。
 早く元の日常に帰りたいから。


*...***...*


 毛利 輝元(もうり・てるもと)が、急な発熱で入院した。
 病院には付き添ったタカモト・モーリ(たかもと・もーり)曰く、熱も治まり峠は越したらしい。
 報せを受けて、毛利 元就(もうり・もとなり)は病院に向かう。
「やっほーう」
 勢い良くドアを開け、すちゃっと片手を挙げて挨拶。
「輝元、タカモト、お見舞っ」
 ぼふん。
 口上の途中で、枕が投げつけられた。枕なので痛くはないが、顔面ヒットのため言葉が途切れた。
「これ輝元! 出会い頭に枕投げる奴が――」
「だあっ」
 枕を返すと、すかさず鬼神力を込められて投擲された。「ぶほっ」と間抜けな声が出た。
「無駄なところで力を使うでない!」
「…………」
 今度は無視である。
 そうか。
 ……そうか。
「えーい……懐くまで負けるかーっ!」


 元就から遅れること一時間。
 輝元の病室に到着した篠宮 悠(しのみや・ゆう)が見たのは、
「そぉれ輝元! イナイイナイ〜……ばぁ〜!」
「ぐちっ」
「…………」
 顔を見せた瞬間、輝元のくしゃみを顔面に食らった元就の姿だった。
「…………」
 しかも一度や二度じゃないらしい。顔が鼻水で汚れている。
「……まあ、なんだ。泣くなよ」
「泣いてなどおらぬわ! 鼻水が目に沁みただけよ!」
「それもどうなんだ」
 苦笑しつつも元気そうな輝元の様子に安堵した。まあ、たかが発熱、とは思っていたが。
 むしろ心配だったのはタカモトの方である。
 輝元を抱きしめ落ち着きなく歩き回り、どうしましょうどうしましょうとうろたえる。
 ――発熱ひとつであたふたしすぎなんだよ。
 そんなだから、たった一晩でやつれ果ててしまうのだ。
「すみません、悠兄様……忙しいのに」
 申し訳なさそうに頭を下げるタカモトに、
「寝ておけ」
 短く一言、告げる。
「え?」
「寝てないんだろ? 少しの間くらいなら見ててやる」
「でも、心配で……」
「馬鹿。自分の顔鏡で見てみろ、ひどいぞ。タカモトが倒れたらそれこそ誰が輝元の面倒見るんだ。元就か? 無理だろ」
「イナイイナ〜イ……」
「ぐちっ」
 鼻水まみれでボロクソにやられている元就には、到底勤まりそうにない役目だ。悠は悠で多忙だから、長時間の面倒は見られない。
「母親であるおまえに休んでもらうしかないんだよ」
「……はい。では、せめてもう少し輝元の傍に……」
 輝元のベッドの傍に寄り、タカモトが目を瞑る。
 休んでいるのを確認し、悠は小さく息を吐いた。
 ――……それにしても。
 ――懲りずによく頑張るな、元就……。
 悠の視線の先には、元就が輝元の好物であるイチゴを差し出している姿があった。
 あやすのが駄目なら餌付けということらしい。
「ほぉら、お食べ……おお、食べた! 食べたぞ輝元が! 見よ、私だって輝元の世話くらい立派に――イタタタ! 指まで齧らんで良い!!」
「あーうー」
 ……やはり、元就に輝元の世話は無理そうだ。
 余計な怪我人が出ないように、二人分の動向を見張るのは存外骨だと思いつつ。
 悠は、寝入ったタカモトの髪を一度だけ撫でた。