天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション公開中!

Zanna Bianca――ザナ・ビアンカ

リアクション


●5

 ホストファミリーを退避させ、永倉八重も蜘蛛機械と相対していた。逃げよう、という家族の呼びかけに、八重は一言こう応じた。
「大丈夫、私はこの怪物からあなた達を守る為にやってきたんですから!」
 彼女は光を放射し、またたたくまに姿を一変させた。漆黒の髪と瞳は情熱の紅へ、服は防寒着から魔法少女の戦闘服へ。これらの変化には数秒しか要しなかった。
「平和な村を脅かす怪物よ、覚悟しなさい!」
 魔法少女ヤエ、転身した彼女は愛刀『紅嵐』の切っ先を敵に向けるや、挨拶がわりに火力最大の炎の渦を巻き起こした。雪が溶け、周囲は瞬時、熱したフライパンの上のように温度が上昇した。しかし蜘蛛は平気だ。焔を乗り越え、逃げる家族を追わんとした。
 だが蜘蛛の爪は突如、あり得ない方向へ泳いだ。
 野太いエンジン音が地鳴りのように響いた。ガソリンと排気ガスの匂いがたちこめた。蜘蛛の足元を、大型バイクが奔り抜けたのだ。しかもそのバイクは人語を話した。
「やっと見つけたと思ったら、この状況とはな」
 ギッ、と急ブレーキしてバイクは八重の眼前に停まった。彼こそは八重のパートナー、ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)という名のバイク型機晶姫。頼もしき鋼鉄の相棒である。エンジンの唸りとともに告げた。
「俺が駆け巡ってあいつの足元を乱す。ヤエは攻撃に集中しろ」
「了解! 人々の暮しを脅かす怪物をやっつけましょう!」
 これぞ人機一体、ブラックゴーストとヤエ、二人の反撃が始まった。

 絶えず降り続けていた雪が勢いを増しはじめた。
 狭い石造りの道にもかかわらず、蜘蛛機械はするすると、まるでそれが自分専用の道路であるかのように侵入してくる。しかし狭い場所に侵入してくるなら好都合、三船 敬一(みふね・けいいち)はその道の先にて、自動小銃を手に待ち受けていた。
「脚長蜘蛛か……実際、随分と長いな。巣を張ったりはしないのか?」
 軽口はここまで、敬一は小銃のトリガーを引いた。彼はその鉛の弾で、敵の脚部の破壊を優先した。脚の付け根や間接部分といった駆動部分を中心に狙ったのだ。しかし止まった標的と、動く、それもせわしなく動く蜘蛛脚とは同列にとらえられるものではなかった。弾丸の多くは脚の尖端に弾かれ、当てることすらままならない。
「脚を止めるという考えに間違いはないはずだ……」我知らず、首筋と背に汗をかいていることを敬一は知った。「だがどうする。直接殴るか?」彼の突撃小銃は『ハルバード』と名づけられている。その名の如くこれ単体で、鈍器として使用しても高い効果を上げることができた。
「俺に考えがある」と、敬一と同一戦列にある星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)が後方から告げた。「少し待ってくれ」
 智宏の黒い髪には、灰色がかった雪が降り積もっていた。彼はほとんど動かずに狙撃を続けていたのだ。
「凜、継続して敵の観察を頼む。あと咄嗟の回避は任せる」時禰 凜(ときね・りん)に言いつつ、智宏は発想を転換すべく頭を働かせていた。(「相手が蜘蛛ということで、俺たちはあまりに敵の、脚に注意しすぎたかもしれない……だとすれば……」
 凜は智宏の横顔を見た。集中する彼は、隣に自分がいることも忘れているかのようだ。(「いや、そうじゃない」)しかし彼女はすぐにその考えを打ち消した。自分がいるからこそ、彼は戦いと思考に没頭することができるのだ。空は鉛色にかき曇り降雪やまぬこの寒さ、彼と身を寄せ合ってぬくもりを感じたいと彼女は思うも、その希望も一時置いておく。(「……村を守ったら、いっぱい甘えちゃおう」)
「智宏さん、機械の蜘蛛に八つある目……脆いレンズのようにも見えま」
「それだ!」
 凜の言葉を聞くや、バネ仕掛けのように素早く、智宏は立ち上がり駆け出した。
「ここは任せろ!」敬一は蜘蛛を釘付けにすべく、近づきながら攻撃を開始した。なにより、彼の背後には村人の避難所があるのだ。ここを突破されるわけにはいかない。
 道脇の建物に飛びつくと、その樋を伝って智宏は手早く屋根に上がった。その位置から蜘蛛機械を見下ろす、特に、その小さな目を。ネクタイを手早く弛め冷たい空気を肺一杯に吸い込むと、機晶スナイパーライフルを構え立射の姿勢、そして智宏は叫んだ。
「撃ち貫く!!」
 この位置からは蜘蛛の目まで距離があるものの、それでも、パキッ、とレンズの目を銃弾が突き破る音が聞こえた気がした。するとあれほど機敏であれほど機械的な動きをしていた蜘蛛が、ぐらりと揺らぐのが見えた。乾いた銃声は連続する。智宏の正確無比な射撃が、無慈悲にその目を射貫き続けた。
 八枚のレンズがすべて割れるより先に、
「これで決める!!」
 敬一が振り上げたハルバードで、蜘蛛の脚を縫って本体を打ち据えていた。腕の筋肉が悲鳴を上げるほど、全身全霊のこの攻撃だ。蜘蛛のボディに亀裂が走り、そこから黒い煙が噴き上がった。
「智宏さん!」屋根の上を振り仰いだ凜に、
「敵は多い。この情報を伝達しつつ新たなターゲットを定める」
 短く答え、智宏は助走を付けて跳び、別の屋根の上の雪を落とした。

 蜘蛛の弱点はレンズ状の目――その報が伝わると、彼我の勢力バランスに変化が生じた。防衛側は村人を守る関係上、やや圧され気味だったのだがこれで一転、大きな攻勢に転じるようになった。
 佐々木 八雲(ささき・やくも)は単身、この村で最も高い建物、すなわち鐘楼に身を潜ませていた。眼下の佐々木弥十郎を見守りながら、彼はまだ決定的な行動を起こさない。これが敵の全勢力とはとても思えなかったからだ。彼は今回、弥十郎の切り札を自負している。軽率に動くわけにはいかなかった。
「……!」
 八雲は目の奥に、針で刺されたような痛みを感じた。しかもそれは、失って久しい左側の目であった。この感覚……間違いない。これは不吉なサインだ。彼は身を乗り出し、不吉な予感の原因を探した。
 より素早く、より大きく、より危険な蜘蛛が来る……。
 似た感覚を、七枷 陣(ななかせ・じん)も直感的に気づいていた。
「あの蜘蛛型ロボ、変や!」遠くにちらりと見えた機体に、鳥肌が立つような感覚を彼は覚えたのだ。
「変?」
 いぶかるリーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)に「悪いがそいつは任せる!」とだけ告げ、陣は戦っていた蜘蛛型機械の一機を捨て置いて走った。
 見間違いかもしれない。そうであればどれだけいいか――しかしそうでないことを陣はもう、直感的にだが悟っていた。
 彼は確かに見た。その蜘蛛機械は他とは明らかに違った。
 その蜘蛛機械には、クランジΞ(クシー)の首がついていた。