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リアクション
●4
村に音もなく降る雪が、少しずつその量を増し始めた。
まだ午前中にもかかわらず、空が暗くなってくる。しかしこの家の中は、そんな暗さとは無縁だ。
「見ず知らずの自分を助けてくれた上、暖かくもてなしてくれたこと、本当にありがとうございました!」
墨を流したような黒髪を、ぺこりと下げて永倉八重は言った。
八重もまた、この村を訪れていた者の一人だった。いや、訪れていた……というのは少々違うかもしれない。正確には、ヒラニプラ山系を探索するもあえなく吹雪に遭い、遭難しかかったところを救出されてこの村に移送されたのだ。彼女を救出した人の話では、八重は三日三晩、寝たきりだったという。しかし手厚い介護を経て八重は蘇ったのだった。彼女を救ったのは村はずれの家、父母と娘、三人暮らしの、小さくも温かい家族だった。
「このお礼はきっとします」と述べる八重を見守るのは、これまで面倒を見てくれた家族だ。いずれも彼女の言葉を喜んでくれた。今朝、完全に体力が戻った八重は、村を一巡り探索した後で家に戻り、改めて礼と、これまでのいきさつについて話しはじめたのである。
「それで、実は」
少し口調を改めて、八重は自分がここに来た本当の理由を話そうと決意していた。教導団が
「正体不明の機械が……」
言葉を言い終えることはできなかった。その時、銅版画のようだった外の光景が一変したのだ。叫び声が聞こえる。にわかに騒然となった。
「行ってみましょう!」
外に出た八重たちは、信じられない光景を目にした。
レジーヌ・ベルナディスは後悔していた。やはり村人すべてに、事実を明らかにすべきだったのではないか、と。
村はたちまち大混乱に陥った。蜘蛛型の機械が来る。山から来る。雪を割って飛び出し、次々迫り来る。グロテスクなほど、彼らは足長蜘蛛に似ていた。八つの脚、八つの目、ただ、その動きや質感に有機的なものはあまりなかった。優雅だが冷たく、やはりロボット的だった。蜘蛛だけ見ていると、まるでコマ送りのアニメーションを見ているような錯覚にとらわれた。
既に蜘蛛の一部は村に進入、迎撃に出た契約者たちと火花を散らしていた。
「なんですかあれ!」
プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)としては、この感慨が口を付いて出るのは致し方ないところ、そして、
「なんじゃこりゃー!」
毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)もそこらへんは同じだ。
二人は事情をまったく知らなかった。そもそも彼らはこの村に、医薬品を運びに来ただけなのだ。慈善ではなくいわゆるビジネスだ。百合園女学院生でありながら、教導団のお膝元で商売するのはちょっとばかりドキドキしたが、需要あるところに供給あり、ていうか喜ばれてるしまあいっかー、といった塩梅で仕事をこなしたところであった。ところがどっこいこの展開、もうこれは『ちょっとばかし』のドキドキでは済みそうもない。
一瞬思考停止に陥った二人であるが、先に大佐のほうが自我を回復した。
「そういや、なんか今日、教導団の顔をちらちら見るなー、とは思ってたんだよね。なんていうか、明確に敵だよなあれは」
「敵ならどうするんです?」プリムローズが問うた。
「数も多いし強そうだし、正直逃げたいけどなあ……」しかし大佐は言葉とは裏腹に、栄光の刀の鯉口を切って駆け出していた。「見捨てたら後味悪いしなあ」
今まさに、恐慌をきたし逃げる村人を、機械の蜘蛛が切り裂こうとしていた。その相手に、
「そんなわけで、スクラップにさせてもらう!」
抜いた刀の鞘は捨てない。これもまた彼女にとっては、武器であり防具となるのだ。大佐は剣で一刀、蜘蛛の脚に先制攻撃して、反撃を鞘で受け流す。だが蜘蛛は素早い、別の攻撃が頭上から迫った。
「いけませんっ!」
金属が金属と擦れあう甲高い音が響いた。蜘蛛の鋼鉄の脚、その槍のように尖った先端を、プリムローズの斧が受け止めている。しかも斧を持つプリムローズは右手しか使っていないではないか。彼女は左手をさっと自身の胸元に突っ込むと、そこから暖房器具代わりに入れていたサラマンダーを引っ張り出した。
「さあ、あっためちゃってください!」
プリムローズの言葉にサラマンダーは、炎の息(ファイアブレス)で応じた。蜘蛛はわずかに後退し、この隙に村人は逃走した。
「医療品をお届けするだけの簡単なお仕事です、と聞いてたのにこれだ。世の中、楽してゼニ儲けとはいかないものだな!」
大佐は眼鏡の弦を指で弾くと、体を軸とし独楽のように、腕を回して太刀を叩きつけるのだった。
村での戦闘は、思わぬ枷となって契約者たちを苦しめていた。
「優! ダメ、このままじゃ……!」
水無月 零(みなずき・れい)の叫びを耳にして、神崎 優(かんざき・ゆう)は雪を踏み滑り込むようにして蜘蛛怪物の正面を取った。
「狙うなら俺を狙え! 村人は関係がないだろう!」
間一髪、間に合ったものの、もう少しで蜘蛛の長い前脚が村人の背を貫くところだった。
「気に入らないな。連中、なぜ一般の村人ばかり襲うんだ」
神代 聖夜(かみしろ・せいや)が優に呼吸を合わせ、蜘蛛の側面を突く。しかし足長蜘蛛はそれが見えていたかのように、別の脚を出して聖夜を弾いた。そしてまた、逃げようとする村人の方へ移動しようとするのだ。
陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)は氷、継いで炎を発し、この温度差で蜘蛛の脚を脆くさせようとするものの、そも、蜘蛛が素早く、攻撃が命中しづらいのでその狙いは難しいようだ。しかし彼女はひとつの発見をしていた。
「思うのですが……」刹那は告げた。「あの蜘蛛たちは、人の恐怖の匂いを嗅いでいるのではないでしょう……」
「なんらかの形で、人の恐慌を読み取る機能がある……か。その可能性は高いな」優が応えた。
機械が相手であることを計算に入れ、優は相手の攻撃を利用して後ろに回ったり、相手を支点に手を付いて飛び越えたり、地面に刀を突き跳躍するなどのトリッキーな攻撃方法を様々に試したのだが、概して敵の反応は薄かった。むしろ、優が離れたことを好機として村人を追ったりもした。このことから優は、蜘蛛が自分を『見ていない』のではないかと考えたのだ。今、刹那の裏付けを得てその考えは確信に変わった。恐れる者、怯える者を、主に蜘蛛怪物は標的にしているのだ。
「とすると、連中は自分の意識ではなく、反応で動いているというのか」優の言葉を、
「だとしたら厄介ね。どこかに……蜘蛛機械を操る本体がいるのかもしれない」零が受けた。
仲間に一旦、眼前の敵を任せ優は目を閉じた。開くのは心の目――感じ取れないだろうか。この戦場のどこかにいる、真の敵の存在を。
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は村に駆けつけ、蜘蛛機械の大軍を迎撃する一員に加わっていた。
しかし彼は……その全力が発揮できぬ自分にもどかしさを感じている。
(「『黒船』さえ使えれば……」)
浦賀に停泊している『黒船』、あれを『物質化・非物質化』を用いて運搬し、ここに出現させる計画を弥十郎は有していた。それが成功すれば黒船は要塞になるし、いざというときには村民を避難させるシェルターにもなる……その考え自体、決して的外れだったとは弥十郎は思わない。しかし、そも『黒船』は浦賀に固定されており、浦和以外に移動させることができないと知ったのは出発の直前だった。
読みが外れた――忸怩たる思いだ。しかも、雪玉をぶつけるという次の手も、蜘蛛の関心を惹くことはなかった。
しかし皮肉だが、この結果弥十郎が感じている焦り、フラストレーションが、恐怖に似た匂いとなって蜘蛛をひきつけるらしく。彼の戦いは蜘蛛機械を足止めすることにつながっていた。弥十郎自身は、そのことに気づいてはいない。
民家の窓に取りつき、内部を探ろうと脚をさしいれた蜘蛛が、甲高い声を発して転倒した。
脚を上にし、しばしバタバタと振っている。民家から飛び出してきたテーブルが、まともに腹部を撲ったのだ。
「お前を入れる部屋はこの家にゃないんだよ! 用なら俺が外で聞いてやる!」
飛びかかって彼女は、蜘蛛の脚を一本引きちぎった。ベリベリベリッ、という音とともに、脚の先についた配線が破裂したクラッカーよろしく連なって引きずり出された。
「俺を誰だと思ってやがる! パラ実生徒会長にしてロイヤルガード。天下無双の姫宮和希様だぜ!」
漢なら一宿一飯の恩義を返すのは当然、その気概を主張するかのように、和希の学ランが風を受けてはためいた。
しかし蜘蛛機械も並の相手ではない。七本になった脚で素早く立ち上がると、和希の背後の家に再度とりつこうとした。
(「あの中には、俺を解放してくれた婆ちゃんがいるんだ!」)
みすみす恩人を敵の手に委ねるなど、和希にとっては許されないことだ。彼女は奪い取った脚を両手で抱え上げ、風車のように回転させ蜘蛛をしたたかに撲った。鋼鉄ですらひしゃげるほどの一撃だったがだが蜘蛛は負けず、執拗にその細長い脚を、ますます家に突っ込もうとするではないか。
そのときこの場所の、真向かいにある家の扉が開いた。そこから和希に呼びかける声がする。
「よう、良かったら助太刀するぜ?」
日曜日に我が家の前で、車のパンクを目撃したような口調だ。しかしその声の主は休みの日の父親ではなかった。むしろその対極、紫主体の忍び装束に覆面、鷹の目を持つ紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だ。彼は自分が出てきた家の中を振り返ると告げた。
「止めてくれるなおばちゃん、外に出ないように皆に言ってくれよ。俺たちがアイツを懲らしめてくるから」
実は唯斗も、ザナ・ビアンカを探しにこの地を訪れており、和希がいた家の正面で居候生活を続けていたのだ。ホストファミリーにひらひらと手を振る彼は、これから死地に赴く者とはとてもではないが思えなかった。
「大丈夫だって。こう見えて結構強いんだぜ? だからいつもの美味しいご飯用意しといてよ」
んじゃ、行って来ます――そう告げて手を合わせて、唯斗は左右にパートナーを従えて蜘蛛に近づいた。
「危険そうなデカ物だな。悪いけど、ヨソに行ってくれないか?」
近づいた唯斗に振り向きもせず、機械の蜘蛛は「邪魔だ」と言わんばかりに後ろ脚で斬りつけてきた。
「問答無用かよ……ったく! 仕方ない、ちょっと手荒に行くからな。プラチナ! 来い!」
宣言と同時に、彼はプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)を鎧として装着した。かくなればもう本機モードだ。唯斗の目が静かな炎をたたえた。
「マスター、相変わらず無茶しますね」プラチナムは、唯斗にだけ届く声で告げた。「ま、今回は他にも戦っている方もいるようですし、そこまで無茶と言う訳でもないですかね」
無茶は承知さ、と唯斗はプラチナムに返すと、拳を握りしめ宣言したのである。
「白獣纏神! バイフーガ! 推して……参る!」
バイフーガとなった唯斗の左右を守るはいずれ劣らぬ華、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)とエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)だ。
「唯斗兄さん、ちょっとものものしい登場になりましたね。でも、こういうの嫌いじゃないです」睡蓮はくすりと微笑んで、
「良い、唯斗。お前の好きにするが良い。……というかわらわもあの蜘蛛は気に入らんのでな。たっぷりと仕置きをしてやれ」エクスもまた、唯斗への信頼を言葉で表現した。
「参戦感謝するぜ! 頭数揃えば力押しもできそうだな!」和希はもう一度蜘蛛の脚を取った。「俺がこいつを家から引っぺがすから、皆は腹を攻撃してくれ。あるいは、脚を引きちぎってくれてもいい!」
和希はすぐに、有言実行した。呼応しつつ唯斗は高笑いした。
「にしてもこの蜘蛛、悪い場所にやってきたとしか言えないな」
「どういう意味です?」サイコキネシスで手伝いながら睡蓮が問うた。
「なぜって、そりゃ、俺がココにいるからだ」ごく当然のように唯斗は応えたのである。「敵がどんな手を使おうが構わない。俺はその全てから皆を護るよ。そんで俺も死なない」唯斗も有言実行だ。ソニックブレードで蜘蛛の脚を三本まとめて切り落とした。「だから俺がここにいた時点であの蜘蛛機械は負けてんだよ!」
「なんという自信家であろうか……」エクスは苦笑気味に返事する。しかし彼女は、うじうじしている男よりも、唯斗のように堂々としている男のようが好きだった。いくら根拠らしい根拠がなくとも、である。「ならば、その自信の裏付けとなれるようわらわも奮戦しようぞ!」
ほとばしる光の刃が、残る蜘蛛の脚をまともに切り落としていた。
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