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リアクション
●26
リュシュトマのそばにいながらも、クローラは内心、自分を責めていた。
(「あの瞬間、大尉の機転に自分は気づくことができなかった……」)
クローラが自己の無力さを痛惜するのはこれが初めてではない。七夕祭りの夜、ユマ・ユウヅキに行った処分についても胸を痛めていた。あの日の記憶と共に、思う。あの光景を。何度も夢に見た数十秒を。
(「ユマ……同じ夢を見るんだ。
団長が一喝し、少佐が命じ、俺が君に手錠をかけた夜を。
口だけじゃなく心にも苦い味がした。
必要な事だった、仕方なかった、それは分かる。
君の瞳が俺を責めていない事も分かる。
けれど俺は俺が許せない。よりによって俺が、俺が君を手にかけたのだ。
それをもたらしたのは俺の弱さだ、全ては俺のせいなのだ……)」
あれ依頼、彼はユマと口をきいていない。そのタイミングがなかったwけえはないのだが、どうしても、接近することが出来なかった。
強くなりたい――クローラは思った――あらゆる意味で、強く、と。
クローラの目を覚まさせたのは、リュシュトマの一喝でもなくセリオスの呼びかけでもなく、ましてやユマ・ユウヅキの声でもなかった。
エアカーの転倒だった。車はマッチ箱のように、軽々と浮いて上下逆となったのである。
「少佐!」クローラは反射的にリュシュトマの身をかばった。しかし強肩なる彼の上官は、クローラの手を借りずして危地を脱していた。
「目立つ車で移動したのが逆に墓穴を掘ったか」自分を助けるはずの補佐官クローラを、逆に救出しながらリュシュトマは告げた。
暗殺者の姿は見えない。このとき、真っ先に駆けつけたのはクレアであった。「少佐、ご無事ですか? やはり心配になって追っ手参りました」
手をさしのべようとしたクレアに、
「おっとそこまで! まったく、寒くて仕方ないな……そのとってつけたような演技は!」と、左右に持ったドラゴンの鱗で斬りつける者があった。アキュート・クリッパーだ。彼は倒すことよりむしろ、クレアを遠ざけることに集中した。狙い通り、クレアは雪面を転がって彼の間合いから脱した。
「何をする! 下郎!」
「おいおい、俺はあんたのことよく知らねぇが、『下郎』なんていうタイプじゃないはずだろ。ぎりぎりまで隠してたんだろうが、ねーちゃん、今、殺気がぷんぷんしてるぜ」
アキュートは背後にエアカーを守りつつ、背後に呼びかける。
「おい爺さん無事か! 無事だと嬉しいぜ。気概溢れる爺さんには死んでほしくないもんでな」
リュシュトマの代わりに、アキュートのパートナーたるクリビア・ソウルが返答した。「ご無事のようですわ。アキュート、ところでその暗殺者は誰ですの?」
「それがわからねぇんだよな。困ったことに」アキュートは言いながらミラージュを発動し、輪郭をぼかす形で横薙いだ。当然、かわすクレア……いや、クランジΚとしては楽ではないはずだ。しかしいずれも紙一重の差で避けられていた。一方で、クランジは隙あらば銃弾を撃ち込もうと武器を構えている。「だが、面白いヤツなのは確かだな!」
彼の言葉に嘘はなかった。今、アキュートはこの戦いを楽しんでいた。
ラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)ラックはクローラからの連絡を聞いても、すぐさま彼らとの合流を選ばなかった。黙ってタロットのカードに触れ正位置の『塔』を引き当てたのである。様々なな解釈のある卦だが、ラックはこれを「触らぬ神に祟りなしってやつだね」と読んだのだった。
「占いに従うとしよう」とラックはエアカーに乗ったものの、むしろクローラ一行とは距離を取っていた。
「ちょっと、どうするつもりなのっ!?」いぶかるパートナーのイータ・エヴィ(いーた・えびぃ)に、彼は短く返答した。
「卦の通りだよ。少佐の護衛は、すぐそばでなくてもできる、ということさ。クローラちゃんの位置なら把握している」
「つまり?」
返答の言葉のかわりにラックは狙撃銃を取り出し、双眼鏡をイータに投げ渡した。
「一撃で倒せはせずとも、戦闘力を奪う為に武器や急所を狙っていくことはできるはずだ。周辺警戒は任せた。狙撃兵というのは得てして、周囲(まわ)りの状況には疎くなるものでね」
「観測手ってわけだね!」
「さすが、飲み込みが早い」逆立てた自身の黄金の髪を一度だけ撫でつけ、ラックはアクセルを踏み込んだ。
間もなく少佐とクローラを乗せたエアカーが、クレア・シュミット大尉(?)に襲撃されるのを彼は確認した。アキュートとクリビアが援軍に現れるのも見た。
「あの暗殺者。なかなかトリッキーだね。二度目のアタックをかけるというのは通常の暗殺セオリーなら御法度だ。だがそれだからこそ意味がある……というわけか。襲撃がミスした直後に戻ってくるとは普通思わない」ラックはエアカーを山肌に乗り入れ飛び降りた。雪に構わず伏射の姿勢になる。「今度はクレア大尉に化けているようだ……変装の能力があるようだね。いや、ここまで大尉とそっくりということは」すでにラックは第一射を放っていた。「変装と言うよりは『変身』か」
銃弾は、クレアに化けた不審な姿を掠めていた。命中はしていないが威嚇としては十分以上の効果があるだろう。クレアだった姿は溶けるようにして、黄金の仮面をつけた少女へと転じていた。どうやら、あれが真の姿らしい。
さらに黄金仮面の少女は煙玉のようなものを投げ、アキュートらの目を眩ませていた。そして少女はリュシュトマ自身の姿を取り、本当のリュシュトマ少佐を追わんとした。なかなか悪趣味な趣向だ。
「カード」ラックは短くイータに告げた。指はライフルにかけたまま、目もスコープに当てたままだ。「カード、一枚引いてほしい。自分の直感が正しいか占いたいんでね」
急いでイータは一枚カードを抜いた。「『星』のカードっ! えっと、これは正位置だね!」
ラックは黙っていた。計算する。おそらくあれは塵殺寺院のクランジタイプ、今まで得てきた情報からすれば相当に素早い相手だ。(「一瞬見えたあの姿……背丈はユージンちゃん……いや、リュシュトマ少佐より随分低いな。190を超える少佐とは大きな差がある……だから」)
計算する――正位置の『星』は『直感を信じよ』と読み解くことができる。ならば信じよう。己の直感を。
ラックは撃った。銃撃音がするや、リュシュトマに化けたクランジは跳躍して避けた。しかしその場所に吸い込まれるようにして銃弾は到達していた。クランジは肩を射貫かれた。
「すごい! どうやって当てたのっ!?」と、双眼鏡をのぞきながら興奮気味にイータは叫んだ。
ラックは『大したことじゃない』といった口ぶりで返答した。
「質量保存の法則だよ。たとえ長身の少佐の姿を真似ても、あのクランジは元の体重から変わっていないはず。少女の体格から割り出して、瞬間ならあれくらいの位置に跳ぶ、と読んだわけさ」
「でも、質量保存の法則も何も、魔法的な力で重量も思いのままだったかもしれないじゃない!? それに、右左どっちに跳んで避けるかも判ったの!?」
すると彼は薄く微笑んだのである。「そこらへんは……直感だね」
すかさずクローラとリュシュトマ、それにセリオスが反撃するのが見えた。アキュートたちも体勢を立て直して追撃に戻っている。さらにはエールヴァント・フォルケンが駆けつけ、アルフ・シュライアも加わるのも見えた。
不利を悟ったか、撃たれた肩を押さえながらクランジは逃走した。このとき、再度煙幕弾を破裂させている。