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53


 火村 加夜(ひむら・かや)は、リンスより数ヶ月お姉さんである。
 だからというわけではないけれど、
「リンスくん、元気になったのに引きこもりは良くないですよっ。せっかくのお祭りなんですから、工房に篭もりっきりじゃなくて楽しんできて欲しいです」
 お姉さんぽく言ってみた。
 言われたリンスが小さく笑う。
「俺はいいよ。ていうか火村、お姉さんみたい」
「お姉さんぶってますからね。というわけで、お姉さんが工房のお留守番をしておきますから、どうぞ出かけてきてください」
 さあさあ、と加夜はリンスに言った。
 祭りは、楽しいものである。
 たくさんの屋台。きらきら輝く、人々の目。威勢のいい呼び込みの声や、昼間からお酒を飲んで気分を良くした人たちの愉快な喋り。遊びに興じる子供たちの笑顔。
 その楽しさを知っているから、リンスにも味わってきて欲しくて言ってみたのだけれど。
「俺はいいよ」
 同じ答えを、今度は困ったような笑みで言われてしまった。
「行きたくないですか?」
「どうしても人混みが苦手でね」
 最近は、それでも慣れてきたけれど。
 そう小さく呟きながら、リンスが人形作りのために手を動かす。
「だから俺も留守番がいいな」
「クロエちゃんがお祭りに行ってますしね。一緒にお留守番、しましょうか」
「うん」
 留守番の最中にやることと言っても、普段遊びに来たときと大して変わらない。
 工房の掃除をしたり、散らかった作業机の片付けをしたり、依頼書類をわかりやすくまとめたり。
 それからお茶を淹れる準備をしたり。
 ああ、お風呂も沸かしておいたほうがいいのだろうか。外はまだまだ暑い。それにお風呂に入ってさっぱりすれば、夜もぐっすり眠れるだろうし。
 あれこれと動き回っていると、
「ねえ火村、祭りの話ししてよ」
 不意にリンスに話しかけられた。
「祭りの話、ですか?」
「うん。俺、あんまり行ったことないからさ。どんなんだったかなーって」
「待ってください。行ったこと自体はあるんですね? 私はそっちに驚きですよ?」
「そりゃ一度や二度くらいなら行ったこともあるって」
「なら先に、その時の思い出話しを聞かせてください」
 一体どんな楽しみ方をしてきたのか、少し気になる。
 誰と行ったのかな、とか、何をしたのかな、とか。
「私の勝手な想像ですと、ヨーヨー釣りとか上手そうですね。あと金魚すくい。器用に取りそうなイメージです」
「ああ、当たり。よくわかったね」
「友人ですもの」
「型抜きとかもやったな、そういえば。あれ好きだった」
 ちまちまと型抜きをするリンスを想像してみた。……なんだか妙に似合ってる。そして上手そうだ。
「今年もあるんじゃないですか?」
「誘惑したって行かないよ?」
「残念です。あ、ちなみに私は射的が得意なんですよ。今度勝負しますか?」
「俺あれ上手くできない。当たっても落ちないんだよね、なんで?」
「コツがあるんですよ。ふふ、それも伝授しちゃいます。だから、ね、今度行きましょ」
「……じゃ、気が向いたらね」
 いつか、の約束を取り付けて。
 祭りの話に花を咲かせる。
「昔、人形の綿が綿菓子に見えたことがあったんですよね」
「食いしん坊だったんだね、火村」
「ち、小さいときの話ですからねっ。でも、ほら、間違うことってありますよね? ねっ?」
「ううん、あんまりない」
「ううー……」
 ふと気付けばもう工房にずいぶんと長居していて。
「そろそろお暇しますね」
 加夜は椅子から立ち上がった。
 だってリンスは話している間も人形を作っていた。集中力を散漫にさせてしまうのも悪いし、疲れさせてしまったりしたら忍びない。
「無理しないでくださいね」
「したら怒られるからしないよ」
「あはは。それがいいです。それじゃ、また」
 ひらり、手を振って工房を出た。