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54


 工房で、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は今日も今日とて働いていた。
「リンス〜。これ新作なんだけど」
 先日行われたブライダルキャンペーンのPV撮影時にもらった資料を元に、新作人形を作ったのだ。幸せそうな笑顔で、ドレスやタキシードを着たペアの人形を。
「どうかな?」
 OKが出るならそのまま店頭に並べたいなと思っているのだけれど。
「ここ、少し甘い」
「……あう」
 そう簡単にはいかなかった。
「でもそこだけだから。直したら店に置こう。素敵なものだから、きっとすぐ売れちゃうね」
 けれど、そうやってフォローもしてくれるから、頑張ろうという気になれる。
 よしっ、と握り拳を作って、早速作業机に向かったのだが、
「衿栖は祭りに行かないの?」
 リンスに問い掛けられてしまった。
 どの口が言うかしら、とリンスにはわからないように、ため息。
「今日は工房で仕事をしたい気分だったの」
 だって、一緒に行きたい相手は『雰囲気くらいならここからでも楽しめるでしょ』なんて言って、工房から出ようとしないし。
「だからいいの」
 ぴしゃりと言って、指摘された箇所を直し。
「これでどう?」
「ん、ばっちり」
 やることはしっかり、やった。
 なら。
「私もお祭り、楽しもうかな」
 呟いて、用意してきた荷物を机の上に置いた。
 何、とリンスが見つめてくるのがわかる。
 荷物から取り出したのは、浴衣。本当はクロエのためにも用意していたのだけれど、
 ――音穏さん、お揃い嬉しそうだったしね。
 まさかあの状況で言えるはずもなく。
 同じく作った小物は喜んでもらえたみたいだからよかったけれど。
「じゃっ、着替えてくるので!」
 すちゃっ、と右手を上げて、クロエたちが着替えていた部屋を借りて着付けを済ませたら。
「次はリンスの番だからねー」
 びしりと指名。
「……ああ、やっぱり」
 やっぱり、はこっちの台詞だ。困ったような顔をして。これじゃあ雰囲気すら楽しめないじゃないかと衿栖は頬を膨らませる。
「何よ。嫌なの?」
「俺、浴衣の着付け上手にできないの。帯苦手。それに面倒じゃん」
「面倒ですってー? 女性物の浴衣と違って、男性物はいくらか楽なのよ? そんな苦労も知らないでよくぬけぬけと面倒だなんて言えるわねー?」
 マシンガントークで迫って見せると、ついに観念したように両手を上げた。
「素直でよろしい」
「衿栖の口上聞く方が面倒そうっだったからね」
「ほほう。そうやってまた余計な一言を言うのね?」
 いつか見てなさいよ、と不穏に笑いながら、浴衣をリンスに押し付けた。
「花火の時間になったら屋根の上に見に行きましょう。きっと綺麗に見えると思うの」
「屋根の上? どうやって昇るの、危ないよ」
 浴衣を手にしたリンスが指摘する。甘い。その指摘は衿栖の想定内だ。なので再び荷物の中身をごそごそと。
「じゃーん」
 得意満面に取り出したのは、魔法のはしご。
「これさえあればどんな運動音痴さんでも安全に屋根に昇れます! どやっ」
「どや、なんて言われてもね……。ま、いいんじゃないの」
「付き合ってくれるのね?」
「嫌って言っても付き合わせるくせに」
 バレてた。
 内心で舌を出し、外面では何食わぬ顔をして「ほら、さっさと着替えるー! 祭り気分はもう始まってるのよ!」と背中を押した。
 ほら、外では花火の音。


 花火の上がる音に、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)は顔を上げた。
 椅子に座り、膝の上には愛読書を広げ、サイドテーブルには紅茶を淹れて。
 一人の時間を堪能していたのだが、それももう終わりに近付いているらしい。
 花火が終わる頃になれば、衿栖たちが帰ってくるだろう。
 ――夕食でも作っておいてやるか。
 もしかしたら祭りに参加していて、おなかいっぱい食べて帰ってくるかもしれないけれど。備えあれば憂いなしと言うし。
 本に栞をはさみ、椅子から立ち上がったとき。
 コンコン、と控えめに玄関の戸をノックする音が聞こえた。
 もう帰ってきたのだろうか。予想より少しばかり早い。
 玄関に向かい、鍵を開けた。
「待たせたな。すぐ開ける」
 言いながら扉を開けると、そこに立っていたのは老紳士だった。さすがのレオンも面食らう。
「懐かしい気配に引かれて来てみたのだが」
 老紳士が、柔らかな笑みを浮かべながら家を見る。昔撮った写真を見るような目だった。
「ここが衿栖の家なのだな」
「貴方は一体?」
 レオンが問うと、紳士はかぶっていた帽子を脱いで丁寧に一礼した。
セバスティアン・シェブロ。衿栖の祖父にあたる」
 なるほど。そこでレオンは一人納得する。
 きみは、と問い掛けられたので、名前を名乗った。それから、衿栖のパートナーであると。
「レオン……ブリュ工房の?」
「ああ。あの人形が引き合わせてくれた」
 示したのは、生前のレオンが作ったアンティーク人形。セバスティアンが、また懐かしそうに人形を見た。
「そうか……私が渡した人形が。お前が私をここまで導いてくれたのだな」
 愛する人への睦言のように、優しい声で言うものだから。
 自分が作った人形が、こんなにも愛されていたことを不意に知った。
「衿栖に会うつもりはあるのか?」
「ああ。だがどこに居るのかわからなくてね。ここまで来るのにも随分と時間がかかってしまった。歳は取りたくないものだな」
 そんな人が、寂しそうに笑うから。
「案内しよう」
「本当か?」
「ああ。せっかくだからな。ついでに衿栖の仕事場と、今の腕前を見てもらうとしよう」
 祖父に会うとなったら、衿栖はどんな顔をするのだろうか?
 想像しながら、レオンはセバスティアンと共に人形工房へと向かった。