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リアクション
第五章 混乱する警備本部
「爆弾テロ犯のマイク・ジョンソン、捕まえて来たよ!……って、どうしたの、これ?」
椅子に縛られている男女が、本部のテントを埋め尽くすように並ぶ光景に、島本 優子(しまもと・ゆうこ)は驚きの声を上げた。
「あ、ご苦労様で〜す」
テントの奥から隙間を縫うようにして現れたティー・ティー(てぃー・てぃー)が、憔悴しきった顔でで迎える。
「マイク・ジョンソンさんですか?3人目ですね……」
「3人目!?」
「ちょっと待ってください……。あ、ありました」
マイクのズボンのポケットをゴソゴソとやっていたティーは、小さな万歩計のような物を取り出すと、その表面に1つだけあるスイッチを押した。
途端に、目の前のマイク・ジョンソンが、日本人と思しき黒髪の若い男に変わる。
「え!これって−−」
「超小型の、【メモリープロジェクター】のようなモノみたいです。これで変装してたんですよ。マイク・ジョンソンに」
「じゃ、もしかして、これ全員?」
「ハイ。4人の爆弾テロ犯に変装していた人たちです。それから、アレが−−」
優子からアタッシュケースを受け取りながら、テントの隅を指差すティー。
そこには、水浸しになったアタッシュケースの入ったビニール袋が、山積みになっている。
「この方たちが持っていたモノです。一応時限爆弾ですが、中に入っているのは火薬ではなくて、非常に細かい炭の粉です。起爆装置が作動すると、最初にこの粉が辺りに撒き散らされます。次に小さな火花が起きて、粉塵爆発の要領で爆発が起きる仕組みです。ただ、防水機構が全く無いので、水につけてしまえば問題ありません」
「凝ってるのか適当なのか、よく分からない作りね……」
「きっと、材料を持ち込んで、場内で作成したんだと思います。火薬は持ち込めませんが、炭の持ち込みに規制はかけられません」
「本物のテロリストはまだ?」
「捕まってません。でもこの方々から得られた情報から、テロリストの車が判明しまして、これから皆さんが突入するところです」
「でも13時って……」
「まだ20分あります。後は、突入班の皆さんに期待するしかありません」
「参ったわね。まさかそんな事になってるなんて……。なら、私もすぐに戻るわ。何が起こるか、分からないものね。元の部所に戻ればいい?」
「はい、お願いします」
「わかったわ。あなたも一人で大変だと思うけど、頑張って」
「ハイ!」
2人は疲れた顔に、精一杯の笑顔を浮かべた。
現在パビリオンの片隅、ブースから程近い所に止められた、1台の1BOXワゴン。
それが、テロリストたちのアジトになっていた。
4人に変装していた男女は皆、一般客として入場したあと、ここで日本人らしい中年の男性から、アタッシュケースとプロジェクターを渡されたのだという。
「みんな、用意はいい?」
『オッケーよ』
『いつでもいいです!』
『こちらも全員配置についてます』
「オッケー。……作戦開始、Go!』
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の呼びかけに、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)、永倉 八重(ながくら・やえ)、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が答える。
セレンフィリティの号令一下、4人は一斉にブースへと突入する。
エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)と紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は、敵の逃走と、周辺への一般客の侵入を防ぐため、見張りとして残していた。
4人はそれぞれ車の陰から飛び出すと、目標の車へと小走りで近づく。
運転席に誰もいないのは確認できているから、後は窓ガラスにスモークがかけてある後部座席だ。
3人が車を三方から完全に取り囲んだところで、セレンフィリティが車に慎重に歩み寄る。
『コンコン』と窓ガラスをノックしてみるが、返事はない。
車のドアに手をかけてみる。
以外にも、ロックはかかっていなかった。
セレンフィリティは屈みこんで両手をドアにかけると、仲間たちに目で合図を送り、一気に引っ張る。
だが、勢い良く開いた車のドアのその向こうには、誰もいなかった。
「逃げられた!?」
八重が車の中に踏み込んで確認するが、やはり誰の姿もない。
「遅かったようですね」
唯斗が、淡々と言う。
「まだ諦めるのは早いわ。必ず手掛かりがあるはずだわ。徹底的に探すわよ!」
「オッケイ!」
「ハイ!」
「了解」
セレンの言葉に、皆が応じる。
13時まで、あと15分となっていた。
「有難うございました〜」
ギャザリングもつ煮込みのブースから、湯気の立った器を持って出てくる客を、マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)は、着ぐるみの覗き穴からじっと見つめていた。
マーゼンは、ギャザリングもつ煮込みのイメージキャラクター、『シツジくん』の着ぐるみを来て警備に当たっている。
ギャザリングもつ煮込みの責任者、クレーメックに無理を言って借りたものだ。
初めの内こそ、(任務のためとは言え、この私が着ぐるみを着る日が来るとはな……)などと黄昏ていたのだが、マーゼンは羞恥心に耐えた。 彼には、ある確信があったのだ。
それは、『爆発物を使ったテロは、あくまで囮。テロリストの真の狙いは、毒物を使ったテロにある』というものだ。
マーゼンには、『爆破テロを起こす』という内部情報が、どうしても信用できなかったのだ。
しかし、警備本部の注意は爆弾テロにばかり向いている。
「この状況で毒物テロを防げるのは、私しかいない!」
その使命感だけが、マーゼンを支えていた。
支えていたのだが、この残暑厳しい折、こんな暑苦しいモノを来て、暑さなどお構いなしにテンションの高い子供たちの相手をしていると、正直とにかく暑さを逃れたいという理由だけで、着ぐるみを脱ぎたくなってくる。
しかも周りでは次々と、爆弾やテロリストが発見されていた。
(バカな……。この私の読みが、外れるというのか……?)
思わず心が折れそうになって来たその矢先、意外な情報が舞い込んで来た。
テロリストの車から、毒物が発見されたのである。
(今警備担当の多くは、爆弾テロ犯の身柄の確保や、爆発物の処理で、多くが当初の配置場所から移動してしまっている。毒物を混入するのなら、今が最大のチャンスだ−−)
そう判断したマーゼンは、パビリオン内で一番人気のある、もつ煮込みと月美そばのブースの近くで、重点的に張り込みを続けていた。
(今のところ、異常はないようだ−−)
マーゼンがそう考えていた時、不意にケータイに着信があった。
「こちら、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)です。マーゼンさん、たった今、強烈な殺意を感じました」
「何だと……!」
「殺気の主は自分たちから離れていったようですが、確かにまだ近くにいます。十分に警戒して下さい」
「わかった。有難う」
同じ情報をパートナーの3人に伝達しようとしたマーゼンは、不審なモノを目撃した。
風も無いのに、不自然に植え込みの木の枝が動いているのだ。
(何だ……?)
と思ってマーゼンが見ていると、木の枝の揺れが月美そばの裏口へと移動していく。
マーゼンも、すぐに裏口の見える位置へと移動した。
内部で作業している店員が見えるが、特に異常があるようには見えない。
だがよく見ると、裏口のすぐ前の地面に生えている雑草が、不自然に揺れている。
マーゼンはそのまま、裏口の観察を続ける。
すると、今度は木の揺れが、裏口から遠ざかるように移動していき−−。
突然、それまで誰もいなかった木陰に、人が現れた。
(やはり《光学迷彩》か!)
マーゼンは、何食わぬ顔で歩いて行く男の顔を確認し、自分の記憶と照合する。マーゼンはイベント関係者全ての顔を記憶していた。
いない。
店舗や警備担当者など、少なくとも合法的に光学迷彩を持ち込める人間の中に、あの顔はいない。
マーゼンはすぐに、尾行担当の本能寺 飛鳥(ほんのうじ・あすか)と回線を開いた。
「飛鳥、不審者だ。月美そばブースの裏手から出て、中央通路に入った後、南に向かっている。警備担当者用の【パワードインナー】を着た、黒髪の中年の男だ。光学迷彩を装備している模様。絶対に見失うな、いいな」
『こちらでも確認したわ。任せて』
「アム、私だ。月美そばの裏口から、不審者が出てきた。入ったのは裏口のすぐ前まで。奥までは入っていない」
『月美そばだね!了解!』
「涼子は周辺のブースに注意喚起を」
『わかりましたわ』
マーゼンから連絡を受けたアムは、すぐに月美そばの裏手に回った。
中を覗き、毒物を混入できそうなモノを探す。
(あった、あの鍋!)
調理に忙しそうな月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)と霧島 春美(きりしま・はるみ)の2人から、少し離れた所にある、かけそば用のつゆの入った鍋。
この暑さに熱いそばを頼む人がほとんどいないせいか、火にかけっ放しになっている。
それ以外の食材は、全てあゆみと春美の手の届く店の奥にあり、裏口からの混入は不可能だ。
アムは鍋めがけて、使い魔の【吸血コウモリ】を放った。
コウモリは調理場の天井を一回りしたあと、鍋の中に、『ポチャン』と落ちる。
「え?な、ナニ!」
「な、なんか鍋に入った?こ、コウモリ?なんでコウモリが!?」
あゆみと春美が驚いているのを確認してから、厨房に駆け込むアム。
「い、今、ここにコウモリが入るのが見えたんだけど、大丈夫?」
いつもより大げさに声を出すアム。
「そ、ソコ!その鍋の中!!」
「え、あぁ、こ、コウモリ鍋になってる!な、なんか掬うモノ貸して!お、おたまオタマ、おたまでいいから!」
春美からひったくるようにおたまを借りると、鍋の中で暴れているコウモリを救い出す。
「うわ!大丈夫かな、このコウモリ。火傷とかしてないかな?」
「と、とにかく病院へ!」
「そんな動物病院なんか……」
「じゃ、取り敢えず救護所へ!」
「わ、わかった!あとよろしくね!」
慌てて厨房から駆け出していくフリをするアム。
後ろからは、『あ〜、かけそばのつゆが全部ダメに〜!』という悲惨な声が聞こえてくるが、毒が入っているよりはマシだ。
この後すぐに、涼子が客に見つからないように事情を説明しに行くことになっている。
「ゴメンね、アツい思いさせちゃって」
火傷していないことにホッとしながら、アムはコウモリを冷たい水で丁寧に洗ってやった。
「え!ど、どうしよう、コレ……」
不審な男を追跡していた飛鳥は、目の前の光景に思わず、途方に暮れてしまった。
そこは、未来パビリオン内、国軍館近くにある、パワードスーツのハンガーを兼ねた駐機場。
そこには、人が乗っているモノいないモノ、動いているモノ止まっているモノ含めて、数十台のパワードスーツがいた。
(と、とにかく、誰かに話して、ここから誰も出さないようにしないと!)
咄嗟にそう判断して、周りを見回す飛鳥。
「あ、あれ?俺のパワードスーツがない?」
「どうしたレリウス?」
「ハイラル!ここに停めといた、俺のパワードスーツがないんですが、知りませんか?」
「あ?誰か間違えて乗ってったんじゃないか?お前、ちゃんとロックしといたか?」
「う゛!そ、そう言われると……」
「しょうがねぇなぁもう。オレがすぐ探してやんよ……。お!イタイタ、アレだアレ!今アソコ歩いてるヤツ!」
「な、なんでそんなにすぐに分かるんですか?」
「そりゃあオマエ、オレがコッソリ『たいむちゃん』シールをメットの後ろに貼っといたからな!ドコにいても一発だぜ!……って、イテぇ!叩くなよレリウス!」
「今は、ソレくらいで勘弁しておいてあげます。早く、あの人を止めないと!」
「す、スイマセン!あのパワードスーツ、本当にあなたのなんですか?」
「え?は、はい。そうですけど……?」
「どうした、ネェちゃん?」
突然切羽詰った顔で話に割り込んできた飛鳥に、怪訝そうな顔をする2人。
「は、早く止めて下さい!あのパワードスーツ、テロリストかもしれません!」
「な、なんだって!」
「私が尾行してたテロリスト、ここで姿が見えなくなっちゃったんです!!」
「なんだって!」
「早く言えよ、そういうコトは!おいコラ!ちょっと待てテメェ!!」
「29号機、すぐに止まりなさい!29号機!」
ハイラルのパワードスーツの外部マイクを使って呼びかけるレリウス。
だがその途端、たいむちゃん印のパワードスーツは全速力で走りだした。
「逃すかよ!」
「すぐにゲートをロックします!」
「頼む!」
言うが早いか、開閉スイッチの方へ走るレリウス。
ハイラルも素早くパワードスーツに乗り込む。
何故かハンガーの隅に立てかけてあった【空飛ぶ箒】を見つけた飛鳥は、それに飛び乗ると、パワードスーツの進路を塞ぐように突っ込む。
飛び出して来た飛鳥に驚いて、パワードスーツがたたらを踏む、
その直ぐ目の前で、駐機場の扉が音を立てて閉まった。
「もう逃さないよ!」
「覚悟しろ、テロリスト!」
「俺のパワードスーツ、返してもらうぞ!」
狭い駐機場内で、大捕物が始まった。
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