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パンプキンパイを召し上がれ!

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パンプキンパイを召し上がれ!

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1


 かぼちゃ、OK。
 パイ生地を作るためのバターや薄力粉、砂糖もOK。
 卵もあるし、その他もてなすための飲み物も。
 不意のトリックオアトリートに備えてのキャンディやクッキーも買い物かごに入れて、レジを通した。
「……これ全部持てるの?」
 リンス・レイス(りんす・れいす)マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)に問いかけた。袋詰めをしていた彼は、その手を止めぬまま「ええ」と頷く。
 買出しに付き合ってくれるというので素直に手を借りることにしたのだが、いかんせん量が多すぎやしないか。
「力仕事も家令の務め。ご心配には及びません」
 言うと、マナは涼しい顔をして大きく膨れた袋を軽々と持ち上げた。
「リンスさんはこちらをお願いします」
「あ、はい」
 マナから渡されたのは、クッキー等軽い荷物しか入っていない袋だった。こうやってさりげなく気遣うことも出来るのだから恐れ入る。
 素直にすごいなと尊敬しつつ、工房への道を、歩く。
 空はもう、暗い。


 買ってきた荷物を冷蔵庫に入れ、
「ご苦労様。助かったよ」
 お礼に、と紅茶を入れて、ちょっとした小休止を取った。
 しばらくの間、静寂が場を支配していたが。
「ハロウィンには少し早いですが、トリックをお見せしましょう」
 ふっとマナがそれを破った。
「?」
 どんな? とリンスは疑問に首を傾げる。
「全てYESで答えられる質問を投げてみせます」
 それに対してマナは薄く笑みを浮かべて応え、
「少しずつ寒くなってきましたね」
 早速質問を投げかけ始めた。
 寒く。なったのだろうか。リンスは寒さや暑さに対しての耐性が高い。だから大して気にはしていないのだが、
 ――まあ、なってるでしょ。10月下旬ともなれば。
「うん」
「寒くなるとシチューが食べたくなりますね」
「なるね」
「クロエちゃん、楽しそうですね」
「そうだね」
「明日は楽しみですね」
「まあそれなりに」
 どうなるのかはわからないけど。
 マナが言うように、クロエが楽しみにしていて、楽しみに思う人がここへ来て。
 わいわい騒いで、笑顔が溢れて。
 ――ならそれは、素敵なことだ。
 人が多いのは得意ではないが、知り合いばかりなら話は別。
 明日のことをぼんやりと考えていると、
「テスラのこと、     」
 囁くような声。
 え、と思って目を開く。何、ともう一度問おうにも、無言の圧力を感じて押し黙る。
「YESorNO?」
「…………、」
 答えられなかった。
 だって、今の質問は。
「まあ、どちらだとしても。残念、私は何も聞こえなかったことにします。
 では、明日は楽しんでくださいね。トリック、アンドトリート」
 呆然としている間に、マナは工房を出て行った。
 残ったのは、クロエと食べるようにと渡された、ミルク味のキャンディだけだった。


*...***...*


 時計の短針と長針が、12で重なる。
 深夜零時。
 10月30日から、10月31日――ハロウィンの日に変わったその瞬間、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)はあの場所に居た。
 つい2ヵ月半前、数年ぶりの逢瀬を叶えたその場所に。
「お前に会ったせいで、色々悶々としちゃってるんだけど」
 どうしてくれるんだよー、と誰にともなくウルスは話しかける。
「リンスに未練たらたらとか言っといてこのザマだ。カッコ悪いよな」
 風が吹いた。葉擦れの音が響き、鳥の鳴き声が哀しく聞こえる。
「ハロウィンは西洋のお盆だろ? だから、いるんだろ。リィナ」
 我ながら、ひどく無茶なことを言っていると思う。
 あれは、お盆だから逢えたのではない。
 ナラカの門が開いたから逢えただけなのだ。
 だから、西洋のお盆だなんて理屈っぽく言ってみても。
 ――逢えるわけないなんて、オレが一番わかってるよ。


 同時刻、某場所。
「ですってェ」
 赤い唇が、妖艶に歪む。
「なかなかすごいアプローチだと思うわァ。あの子、やっぱり面白い」
 くすくす、くすくす。
 魔女の無邪気な笑みに、彼女は笑った。
「ウルスくんは、いつもあんな風ですよ」
 優しくて、面白くて、真っ直ぐで、でも囚われない自由さを持っていて。
 だから、まだ想ってもらっていることが、苦しい。
「『でも嬉しい』?」
「……あのう。心、読まないでください。反則ですよ?」
「隠す貴女が悪いわァ」
 困った人だなぁと笑い、ウルスを見た。
 秋の日とはいえ、夜中だよ。
 そんな格好じゃ、寒いよ。
 風邪引く前に、帰りなよ。
 ――言いたいことはそれじゃないでしょ、私。
 自嘲するように笑うと、
「行ってらっしゃいよ」
 魔女がさらりと言うものだから、意図せず目をぱちくりとさせてしまった。
「気になってるんでしょォ? わかりやすいのよォ、貴女」
「行かないって、決めました、よ」
 お盆のあの日。
 彼に背を向けた時に。
「行きたいくせに」
 でも、そう。
 本心はそれに、違いないから。
「誑かさないでください」
「誑かすわよ、魔女だものォ」
「……そうですよね。ディリアーさん、魔女ですもんねぇ」
 そうよ、と彼女は嫣然と笑った。
 負けました、と言うように、対峙する彼女は息を吐く。
 諦めと自嘲。それと僅かな期待の色。
 ――自分でもわかるくらいだなんて、みっともないなぁ。
「本当、わかりやすくて楽しいわァ」
「素直ですから」
 もういいや。
 開き直ってしまえ。
「でも意地っ張りよねェ?」
「そういう家系かもしれません、弟もそうだから。
 ……じゃあ、行ってきちゃいますね。あーあ、私って、悪い子だなぁ。子、って年齢じゃ、ないけど」
 ひらり出て行く足取りは。
 やっぱりとても軽くて、ああ、本当わかりやすいな、なんて。


*...***...*


 諦めたくは、なかったけれど。
 希望にすがっていたかったけれど。
 待っても来ないようならば、やはりただの願望だったのだとウルスは息を吐く。
「なんてね、言ってみただけさ」
 わざとらしく独り言を上げて、用意したパンプキンヘッドを無理やりふたつ頭に載せて。
 帰ろう。
 踵を返した、その先に。
「……!!?」
 まさしく願った彼女がいたから、これは夢なのだろうかと我が目を疑う。
「リ、ィナ?」
「あはは。トリックだよ」
 駆け寄る。バランス悪く乗っていたパンプキンヘッドが落ちたが、そんなこと気にしていられなかった。
 肩を掴む。冷たくて硬い。あの日と同じだ。
「……本物?」
「うん」
「生きてる?」
「ううん」
「……だよなあ」
「うん」
 軽く混乱しているようだ。落ち着け、と言い聞かせ、状況整理。整理。整理。……無理だ。
「……で、どういうこと?」
 察しの悪い自分に少し腹を立てながらリィナに問いかける。
「それは、うーん。どこまで話していいのかわからないから、内緒」
「そっか」
「うん」
「いいよ、それで」
 リィナが居てくれるなら、それでいい。
「抱きしめてもいい?」
「えー? あはは、大きくなっても子供だねぇ」
「大人だよ」
 だから行動に移しているんじゃないか。
「じゃ、行くか」
「うん? どこへ?」
「2021年ハロウィン巡りの旅。主催オレガイドオレ運転オレ全部オレ」
「はーい」
 どういうことかはわからなくても。
 きみとまた歩ける、この幸せはわかる。