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リアクション
10
夏祭り、橘 舞(たちばな・まい)はかの有名な軍師孔明になろうとして失敗した。
――策士策に溺れる、というものですね。
ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)に言わせれば、それ以前の問題だそうだが。
でも上手くいきそうだったのだ。方向性としては間違ってはいなかったはず。ただ、少し見通しが甘く、向こうの返しが予想外だったくらいで。
――まさかクロエちゃんが既にお出かけ中だったなんて。見誤りました。
だけど、その点で言えば今回は大丈夫だ。なぜなら、今回パーティの舞台となるのは人形工房そのもの。また、クロエが主催として頑張っているのだからリンスが参加していないとも考えにくい。
――ですから今回はリンスさんを誘い出す必要がないのです!
これだけで難易度は大きく下がる。ハードモードからイージーモード。それくらいの差だ。
しかしここで問題が出る。
ハロウィンという、お菓子に於いては販促活動が可能なイベントをブリジットが見逃すはずがないということだ。
「ブリジット、どこへ行くつもりですか?」
「どこって、街へ出てカエルパイを配り歩こうと」
ほら案の定。
ブリジットの手には、今日の日のために用意したケロッPちゃんきぐるみがある。あの格好なら子供の興味をひけるだろうし、売り上げ増加間違いなしのいい提案だと思う。
が。
ブリジットが、リンスとハロウィンを過ごせるようにするためには最悪だ。街にしか出ないつもりのブリジットと、街に出てこなさそうなリンス。邂逅のかの字も見えやしない。
「待ってくださいブリジット。売り込みは、私がやりたいです」
「舞が? 売り込み? できるの?」
「できます! やりたいんです」
「ハロウィンだしねぇ……まあ、仮装したいって気持ちもわからなくないわよ。はい」
舞は心の中で拳を握った。第一関門クリアだ。怪しまれることなく、ブリジットの今日の予定を空けさせることができたのだから。
「でも、そうするとお友達にカエルパイをおすそ分けできなくなってしまいますね」
「そうね」
「ですからブリジットは私の代わりに配ってきてください」
はい、とおすそ分け用のカエルパイをブリジットに渡す。
ブリジットは多少探るような目をしていたが、「まあいいわ」と受け取ってくれた。これで第二関門もクリア。
「まずは工房へ行くべきですね。工房でしたら私たちのお友達も居るかもしれません」
「余計にな手間が省けるってことね。舞にしてはいい提案じゃない。いいわよ」
そして、リンスのところへと向かわせる流れにも持っていけた。任務完了。四文字が舞の頭で踊る。
「では、お互い良いハロウィンを!」
「はいはい。ちゃんと宣伝してきてよ?」
「大丈夫です、任せてください!」
とは言ったものの。
――心配なんですよねえ。
舞は、ブリジットの後を尾けていた。
上手くいくのだろうか。いや、どこに終着しようとしているのかは舞自身にもよくわからないけれど。
ただ、ブリジットとリンスがもっと仲良くなれればいいな、と思う。
ブリジットは素直じゃない。
だから、興味のある相手に限って嫌味っぽいことを言ったり、棘のある言葉を投げたり、余計な言葉を付け足したり。
――そうやって、絡みたがるんですよね。
デレの少ないツンデレですね、と舞は一人納得する。
そうこうしているうちに、ブリジットが工房に入っていった。数拍置いて、舞も中に入る。
工房は広いが、見失うほどの広さではない。なおかつブリジットの背の高さが目印となり、すぐに見つかった。
どうやら無事にカエルパイを渡し終えたらしい。何か喋っているようだが、舞のいる場所からでは聞き取れなかった。
ともかく、これ以上はただの野次馬だ。もとより自分が買って出た仕事もあるし、見守るのはもうお終い。
帰り道を行きながら、ふっと思った。
「これ、孔明っていうより探偵さんでしたね」
まあいいか、と一人笑う。
舞が工房から出て行ったところまで見届けた金 仙姫(きむ・そに)は、ご苦労なことだと小さく笑った。
――舞らしいといえば、らしいのじゃが。
だけど、ここまでしなくても大丈夫だろうにとも思う。心配になる気持ちもわからなくはないが。
さて、その心配の種ことブリジットは丁度カエルパイを渡しているところだった。
ハロウィン限定、カボチャを練り込んだ特別仕様のカエルパイだ。
「ありがたく貰うといいわ」
「うん。みんなでいただく」
「みんなの分は別にあるからそれはあんたが食べなさい」
「? うん」
「それにしても何の仮装もしてないってなんなのよあんた。祭り楽しむ気、あるの?」
「なかったらそもそもここに出てきてないよ」
「まあそれもそうね。でもなんだか癪だわ。あ、そうだケロッPちゃんきぐるみのスペアがあるんだけど、着る?」
「なにそれ。着ない」
「ノリ悪いわね、本当に」
しばらく様子を窺ってみたが、大丈夫そうだ。
いつもどおりのツン具合だが、あれが彼女の平常運転であるし。
「もっとまともではない会話をするかと思っていたが……案外平気なようじゃな」
「なによあんた、いきなりやってきて失礼ね」
「まあそれはともかく、ひとつわらわが小噺をしてやろう。せっかくのハロウィンじゃからのぅ」
いつもどおりの会話だけでは物足りまいと、仙姫は語りだす。
「ハロウィンとは本来キリスト教の聖人の生誕祭の前夜祭なのじゃ。知っておったか?
カトリックでは11月1日を諸聖人の日としておる。ハロウィンはその前晩にあたることから、諸聖人の日の旧称……『All Hallows』の『eve』、つまり前夜祭となる。
繋げてみるとわかる。『Hallows eve』。
これが訛ってハロウィンと呼ばれるようになったのじゃ」
へえ、とリンスが感嘆の声を上げる。
「金は物知りだね」
「博識と褒め称えてることを許そう」
「うん、すごい」
たまには素直に褒められるのも悪くないと仙姫は笑い、話しを続けた。
「また、ケルトの収穫感謝祭でもある。古代ケルトでは一年の終わりは10月31日で、その日には死者の霊が家族を訪ね……」
「ていうか仙姫、長い。うるさい」
が、ブリジットに遮られてしまった。
「パウエル、俺もうちょっと聞きたい」
「なんなのよあんたたち。知識に貪欲だっていうなら図書館にでもこもりなさいよもう。祭りの日は祭りを楽しめばいいの。わかった?」
ほらこれでも食べてなさい、とカエルパイを押し付けられて。
「素直じゃないのぅ」
仙姫は、くっくっと低く笑った。
「何がよ」
ジトリ、睨まれたので怖い怖いと両手を挙げて。
「それでは一曲奏でようか。祭りらしい楽しい曲をな」
*...***...*
黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)がクロエからなんらかのアクションを受けたらしいことは、その態度を見ていればバレバレだった。
電話を切ってから、そわそわそわそわ。
時計を見て、そわそわ。キッチンに入って、そわそわ。
普段クールな音穏をあんな風に乱せるのは、クロエしかいない。
「どしたん音穏さん、嬉しそうねー」
なので、そのなんらか、を教えてもらおうと七刀 切(しちとう・きり)が訊いてみたところ、
ゴシャァッ!
中身が詰まったままのカボチャを叩きつけられた。
「なんで!?」
すごく重かった。すごく痛かった。一瞬お花畑が見えたくらいに。
「貴様が悪い」
しかも、教えてくれなかった。ワイにだけこの仕打ち、ひどい。と思っても、言いはしない。
なので切は推理することにした。
時間を気にしていた。のなら、会う約束か何か。キッチンに入ったのは、何かを作ろうとしたから?
「あ、カボチャ」
ピンときた。
明日はハロウィンだ。
なるほど、と思って切はリビングに戻った。
せっかくだから、仮装しなくちゃねぇと、にやり、笑って。
「さーて、作りますかぁ〜」
ワイの本気、見せちゃうよ?
ハロウィン当日を迎えた。
人形工房を前に、音穏は一歩後ろに立つ切を睨みつける。
「何故貴様も来る」
「今日はハロウィン、なら呼ばれてなくてもいくってのが筋」
ハロウィンの仮装として、カッコ可愛らしい魔女の衣装を作ってくれたことには感謝しているが、ふてぶてしくドヤ顔で言うのはいただけないので無視をして。
ドアを叩いて、工房に入る。
ふんわりと、パンプキンパイの甘い香りが漂ってきた。
「ねおんおねぇちゃん!」
同時に、クロエが嬉しそうな声を上げて抱きついてくる。
「きてくれたのね!」
「ああ。誘ってくれてありがとうな」
「ねぇクロエちゃん、音穏さんたらね、昨日すっごく嬉しそうだったんだよ。もうそわそわしちゃっ」
言葉の途中で、切のかぶるパンプキンヘッドを粉砕した。衝撃が脳に伝わったのか、切はその場で悶絶している。
「貴様に言われると、何故か腹が立つ」
そりゃ、嬉しかったさ。嬉しくないはずがない。
音穏からしてみれば、クロエが誘ってくれたこと、クロエと一緒に過ごせることがもう嬉しいことで、楽しみなことで、少しくらいそわそわだって、する。
「すまんクロエ、出鼻から変なものを見せてしまった」
「だいじょうぶ! もうね、すこしなれてきたの!」
「……そうか」
慣れるほどこういう場面を見せてしまったのもどうかと思いつつ。
「でも、もうちょっときりおにぃちゃんにやさしくしても、いいとおもうのよ」
「クロエは、うん、なんだ。ずっとこのままで居てほしいな」
「?」
純粋で優しい、天使のような。
さすがに恥ずかしいので、言葉にはしなかったが。
工房に入って、適当に空いている席に腰掛けて。
「クロエは歌が好きか?」
「すきよ!」
「どんな歌が好きなのだ?」
「んーとね、えーと、かわいいもの。あと、しがすてきなものよ」
「そうか。見つけたら教えてやろう」
「ねおんおねぇちゃんは、おうたすき?」
「歌ったりはしないが好きだぞ。クロエの歌を聴くのは好きだ」
だけど、クロエのためなら歌ってもいいかな、とは思っている。
ので、好きそうな曲を見つけられたらこっそり練習しよう。
――その時はクロエ、一緒に歌ってくれるか?
……言い出せるだろうか。恥ずかしい。
「おしえてくれたらおれいにうたうわ!」
と思っていたら、クロエから言い出してくれたので。
「ならば我も覚えよう、かな。一緒に歌えたら、楽しいだろう?」
さりげなくを装って、提案。
「すてき! たのしみにしているわ!」
クロエが満面の笑みを浮かべた。ので、よかった、と思った。
それからも、他愛のない話は続く。
これからどんどん寒くなるとか、雪は降るのだろうかとか。
クリスマスに降ったら素敵ねとクロエが言うので、本気で降ればいいのにと思ったり。
話が途切れたところで、
「あっそうだ、ねおんおねぇちゃん、あのね」
クロエがパイの乗った皿から一切れ、小皿に移して切り分けた。
疑問符を浮かべている音穏へと、一口分をフォークに刺して、
「あーん」
「!!?」
――こっ……これが、噂に聞く『あーん』か……!
親しい者同士が、仲良しをアピールするかのごとくやるこの行為。
まさか、クロエから振ってくるとは思わなかった。
クロエが千尋やヴァーナーとやっているのは見たことがあるが。
――我にしてくるなんて……。
嬉しいような、でも恥ずかしいような。
「あー、ん」
うろたえきったおかげで、ぎくしゃくとした動きになってしまった。
それでも食べると、くすくす、クロエが笑う。
「ねおんおねぇちゃん、おかおまっかよ」
「し、仕方あるまい」
「きりおにぃちゃんのいうとおりね」
――そうか、切の差し金か。
――あとで砕こう。
心に誓うが、頬は勝手に緩んでいる。怒りよりも、嬉しさもろもろプラスの感情の方が大きかったからだ。
「もっといる?」
「ん。もらおう」
「はーいっ。あーん」
「あーん」
音穏が、リア充と化している。
「いや、さぁ。あれ、たしかにワイの入れ知恵だけど。だけど、ね、うん、なんか、ね! ね!」
わかってくれるよね! とリンスに嘆くと、リンスはいつもの冷めた目のままで、
「あーんされたいの」
「されたいよワイだって思春期の男の子だし!」
いや、実際、思春期というには少し遅いかもしれないが。
でも羨ましいじゃないか。
と思っていたら、すっとクッキーを差し出された。
「あーん」
「え、あ」
不意打ちだったので、思わず口を開いて受け入れて、
「……いやいやいや」
とりあえず、否定してみた。
「? あーんしたかったんでしょ」
「ねぇ、リンスさんてこれ天然? 素?」
「?」
何が、と言いたそうだったので、ああ天然なんだねぇ、と納得した。
店番をしていた衿栖が、「無自覚って怖いわよね」と呟いたのが聞こえたので、うん、と切はもう一度頷く。
これは確かにタチが悪いなぁ、と。
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