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13


 メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は夢を見た。
 恥ずかしい、夢だ。
 どうしてあんなものを見たのか、自分でもわからないくらい。
 思い出して顔を赤くしてしまうくらい。
「不思議です」
 そして、思わず呟いてしまうくらいに、その出来事はメティスを驚かせていた。
 ――機械の私が夢なんて見るはずがないのに……。
 誰かに聞いてもらいたかった。
 聞いて、何か言葉がほしいわけではないけれど。
 ただ、聞いてほしかった。
「レン。話を聞いてくれますか」


 機械に心は宿らない。
 かつてそんなことを言った男が居た。
 どれだけ愛着を持とうとも、それは一方的な想いであると。
 機械が――モノが、それに応えてくれるわけがないと。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、その考え方を理解していた。していたが、同時に無粋だなと思っていた。
 モノが応えないということはない。
 幾多の戦場を駆け回ってきたレンは、自分の武器を『信頼』して命を預けてきた。
 武器は応えてくれた。ここまで生き延びさせてくれた。
 機械に心が宿らないということもない。
 なぜなら機晶姫であるメティスが夢を見たから。より正確に言うなら、夢を見たことに関して戸惑っていたから。そしてそんなメティスのことを、レンは愛おしいと思う。
 信じることと、理屈付けて説明できることは、イコールではない。
「今の自分に他者を納得させられる答えが出せないのであれば、まずは自分の信じる『自分の答え』を信じればいい」
「……はい」
 大切なのは、他者を納得させることではない。
 自分が納得することだ。
 悩めるメティスへ、いずれ答えが出ますように。


 クロエからハロウィンパーティの連絡が届いた。
 急な話だったけれど、メティスもノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)も、参加しようと仮装の準備を進めている。
 二人の様子を窺いつつ、レンは子供らに配るお菓子の準備をしていた。
 飴やクッキーを、小袋に分けて簡単なラッピング。結わくリボンはオレンジと紫で、ハロウィンテイストに。
 用意したお菓子全てをラッピングし終え、レンは一息ついた。
「レン?」
 様子に気付いて、メティスがレンの顔を見る。
「渡しておいてくれ」
 レンはメティスにお菓子を詰めたバスケットを渡した。
「レンは行かないんですか」
「ああ。行ければ良かったんだがな」
 一応は事務所を構えている身。留守番だって必要となる。
 それに、メティスやノアに聞かせたくない相談事があった。相談相手であるアリス・ハーディング(ありす・はーでぃんぐ)は、事務所の奥で静かにその時を待っているだろう。
「えーレンさん行かないんですかー。一緒にカボチャから飛び出しましょうよー」
 ノアが、中身をくりぬいたオバケカボチャの中に入って腰をふりふり飛び出す真似をした。とあるアニメのエンディングに影響されたらしいが、なかなか作り込んだものだ。
「悪いな。夜になったら迎えに行く」
 すまなそうに笑い、ぽんとノアの頭を撫でるとむうぅと唸りながらも頷いてくれた。
「リンスとクロエによろしくと伝えてくれ」
「はい」
「じゃあ、いってきまーすっ」
 メティスとノアを見送って、事務所に戻り。
「待たせた」
 レンはアリスへと向き直る。


 少し前、冒険屋一行は大廃都を訪れた。
 その冒険で、『智慧の実』という一種の覚醒アイテムを、ノアは手に入れた。
 そして、その場でその実を口にした。
 結果、ノアがレンに預けていた魔力は全て彼女へと還り。
 ノアは、再び成長できる身体を手に入れた。
「ということは、貴方の身体を支える魔力は失くなったということ」
 アリスは淡々とレンに語る。
 契約者として力を得るのが遅かったレンは、幾度となく魔力に頼っていた。
 命を繋ぎ止めるため。
 過酷な戦場を渡り歩くため。
 日常の一部のように、当たり前に。
「その恩恵が失われた今、俺の身体はどうなる?」
 問いに、アリスは目を閉じる。
「普通の生活なら支障はありませんね」
 そして、そのまま、変わらず、淡々と。
「しかし今までと同じように無理を重ねるというのなら、その時は命を削るしか」
 答えに、レンはどういう顔をしていたのだろうか。
 目を開けて彼の顔を見ても、サングラスに隠された瞳からは感情が読み取れなかった。


 リンスの顔を見ると、それだけで頬に熱が集まるような錯覚を受けた。
 いや、実際に顔が赤くなっているのだろう。ノアと一緒にオバケカボチャの中に入ったクロエが、メティスを見てきょとんとしている。
 だいじょうぶ? と訊かれそうになったので、思わず視線を逸らし。
 その先で、リンスの視線とぶつかった。
「……っっ」
 一瞬で思考が飛んだ。どうすればいいのかわからなくなって、その場にしゃがみこむ。
「え、ちょっと。どうしたの」
 と、逆効果で近付かれてしまった。
 優しい声が耳を打つ。それだけで、どきどきしてしまった。
 ――夢に、貴方が出てきたと言ったら。
 ――貴方はどんな顔をしますか?
 なんて一瞬考えたけれど、あの夢のことを話題にできるほどメティスは強くなかった。
 というか、どちらかといえば、弱い。恥ずかしくなって、避けるように接してしまっているのだから。
 どうしたの、という声に答えられないままでいたら、リンスは察したのか去っていった。
 ――落ち着こう。
 ――落ち着いてから、話そう。


 ライオンのきぐるみに身を包み、クロエと一緒に某アニメエンディングごっこをしていたところ。
 メティスがずいぶんと、表情豊かに動いていた。
「というか、あれは恋する乙女ですね!」
 適当に言ったのだけれど、リンスとのやり取りを見ていたら実はそうなのではないかと思ってもみたり。
「こいするおとめ?」
「可愛らしいですよねー」
「よくわからないけど、メティスおねぇちゃんのこと? メティスおねぇちゃんはかわいいわ」
「ですよね」
「ノアおねぇちゃんも、かわいいわ」
「あはは。ありがとうございます、クロエさん。……あ、お客さんが来ますよ。隠れなくちゃ」
 メティスの様子を窺うのはここまで。
 お客様の気配を察して、ノアとクロエはオバケカボチャに身を隠す。
 近付いてくる足音を聞いて、
「「とりっくおあとりーと!」」
 かぽっとカボチャの蓋を持ち上げ、左右に腰をふりふり。
 二人並んでそんなことをするものだから、驚かれるやら笑われるやら。
 ――皆さん楽しそうで何よりです。
 ――……レンさんも、ここに居ればよかったのになぁ。
 どことなく寂しい気持ちを浮かべつつ、ノアは笑顔をふりまき続けた。


「あの、……さっきはすみません」
 少しして、メティスが話しかけてきた
 さっき? とリンスは首を傾げる。
「避けてしまって。……ごめんなさい」
「ああ、別に」
 突然のことで驚いたけれど、そこまで謝られることでもない。
 が、リンスの淡白な反応を勘違いして取られたのか、メティスが慌てたように言葉を足した。
「違うんです。避けていたからといって、リンスさんのことが嫌いになったわけではなくてッ」
「?」
「むしろリンスさんのことは……その、あの、……好きです」
「ありがと。俺もボルトのこと、好きだよ」
 リンスの言葉に、メティスが顔を跳ね上げた。一瞬の、嬉しそうな表情。
 けれどもすぐに曇り、今度は少し哀しそうに笑い。
「……はい」
 と頷いた。
 お菓子を配ってきますね、とメティスがその場を去ってから。
 ――もしかして、そういう『好き』じゃなかった?
 ようやく、そこに考えが至った。
 同時に、哀しそうに笑った顔を思い出して、なにかよくわからないけれど傷つけてしまったのではないかと焦る。
 焦ったけれど、何に対して謝ればいいのかわからなくて、メティスの許へ行くことはできなかった。