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リアクション
18
南天 葛(なんてん・かずら)がパラミタに来て、まだ一週間と経ってはいないが。
――ちょうど、ハロウィンの時期なんだね。
公園のベンチに座り、街並みを見て、思う。
街はおばけカボチャやオレンジと紫を基調とした飾り付けが施され、道には仮装して歩く人々。
――お母さんも、どこかでこの灯りを見ているのかな。
父が言っていた。母は、空に浮かぶ島にいると。空に浮かぶ島。つまりはパラミタ。なら、同じ空の下に。
葛は、ハロウィンが嫌いだ。
ハロウィンだけじゃない。家族で楽しむ祭りは、全て嫌いだった。
母の作る愛のこもった美味しい料理もなければ、父が家に帰ることもない。祭事の日は仕事が特に忙しいのだと理解はしていても納得まではできなかった。
だから、葛はいつもひとりぼっちだった。
周りが楽しそうに笑う中。
家族の団欒を、幸せを噛み締める中。
膝を抱えてひとりぼっち。
――嫌いにも、なるよ。
今の状況も、それを思い出してしまって。
どうにか打開したくても、まだパラミタに来て日の浅い葛には友達は居らず。
パートナーのダイア・セレスタイト(だいあ・せれすたいと)もどこかへ行ってしまっていて。
――……ひとり、ぼっち。
胸が、きゅっとした。苦しい。勝手に、目が、熱くなる。
耳を塞ぎたくなった。だって、聞こえてくるから。
友達と、恋人と、家族と、楽しそうに笑う人たちの声が。
――なんで、どうして、ボクはひとりなんだろう。
その頃、ダイアは街へ来ていた。
ハロウィンが近付くにつれて元気を失くす葛を見ていられなくて。
楽しいお祭りなのに、寂しそうに、哀しそうにしている葛を見ていられなくて。
ダイアはお祭りが好きだ。
特にパラミタのお祭りは、規模も大きく参加者皆が楽しそうにしていて、こっちまで自然と心が躍る。
葛にも好きになってもらいたい。
エゴかもしれない。だけど。
――葛に、楽しんでもらいたい。
寂しそうな顔じゃなくて、楽しそうな顔をしてほしい。笑ってもらいたい。
けれど、ダイアは元々荒野で狩りをして生計を立てていた身。
パーティが楽しくなるような洒落た料理なんて作れない。
街を練り歩きたくなるような仮装衣装も作れない。
そして当日の夕方に奔走したところで、どのお店も商品は売れてしまっていて。
「……どうしようかしら……」
途方に暮れていた。
お菓子は少し、集まった。
だけどそれ以上はダイアの表情からおして知るべし、である。
ふらふらと歩き回った結果、随分と郊外の方まで来てしまった。
引き返そうと考えたところで、楽しそうな声が聞こえた。
それはまるで、ハロウィンパーティをしているような。
足を向けると、そこには一軒家があった。
『人形工房』。
飾り気のない、丸い木の看板。ドアには『Open』の字。そっと、ドアを開けてみた。
まず目が合ったのは、左右で違う目の色をした人だった。
「お客様?」
抑揚の乏しい声で、問われる。
「はい。私、ダイア・セレスタイトと申します」
簡単に自己紹介し、ことのあらましを話す。
と、異なる目の持ち主――リンス、と名乗った。工房の主だそうだ――は、工房に戻り数人に声をかけ始めた。
どきどきしながら待つダイアに、
「ハロウィンな料理っつーならこれ持ってけばええよ」
陣が声をかける。
「みんなで作ったんよ。味は保障するぜ?」
彼の後ろには、胸を張る美羽や千尋クロエの姿。
「そうなのよ。みんなでつくったの!」
「ちーちゃんは運ぶお手伝いしかしてないけどね」
「十分立派なお手伝いだよ。事情はリンスから聞いたし、持っていって!」
どうぞ、と渡されたのは、バスケットに入れられたパンプキンパイ。
礼を言う前に、
「これも持っていきな」
今度は切に声をかけられた。
これ、と彼が手にしているのは吸血鬼の衣装だ。
「ワイが作ったんだけどねぇ、どうもそれは着そうにないから。こんな風に役に立つなら持ってきといてよかったかなぁ」
はいどうぞ。渡されるものが、増えていく。
「はい! オルフェのパイも、」
「それはやめた方がいい」
オルフェリアとアンネ・アンネ ジャンク(あんねあんね・じゃんく)の寸劇も見て。
「あの、……えっと、初対面ですのに……いいのですか?」
思わずダイアは訊いていた。
あまりにも優しいというか……自分から頼んでおきながら本当にいいのだろうかと困惑してしまうほどに。
「いいんじゃないの」
けれどリンスはあっさり頷いた。
「みんながいいって言ってるんだし。それに困ってるんでしょ。待ってる人もいる。なら、それを持って早く帰ってあげなよ」
そう言われてしまっては、ふかぶかと頭を下げることしかできまい。
「ありがとうございます、皆様」
彼らは、玄関口まで見送ってくれた。
そして声を揃えて、
「「「ハッピーハロウィン!」」」
暖かい気持ちになった。
見ず知らずの人でも、助け合える。笑い合える。楽しい時間を共有できる。
だからダイアはお祭りが好きで、葛にもこの楽しさを知ってほしくて。
きっと今日なら、教えられるだろう。
お祭りが素敵なものなのだと。
――待っていてね。
――すぐに帰るから。
夕闇迫る道を、駈ける。
*...***...*
ハロウィンといえば、これだろう。
「トリックオアトリート!」
南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)は、得意げな顔で博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)に言ってのけた。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ、というこの呪文。お菓子がないなら博季をいじり倒せるし、お菓子があるならそれはそれでよし。
――まあどちらかといえば、ない方がいいか。こやつの反応は面白いからな。
内心で黒い考えを渦巻かせ笑っていたが、
「どうぞ、姉さん。召し上がってください」
「む」
いともたやすくお菓子を出されてしまった。しかも、飴玉やチョコレートといった小さなものではなくて、お菓子の家だ。それも立派な。
「『博季・アシュリング渾身の傑作! その名も『風雲! お菓子城』!!」
「姉さん、変なナレーションとタイトルを入れるのやめようよ」
「中々良いネーミングセンスだと思ったんだがな」
ふっと笑いながら、家を解体して食す。一人で食べるには大きいので、博季にも剥いだ一部を手渡した。
なんとはなしに沈黙が降り、ただもくもくと家を食べる。
「『命は皆平等』」
が、不意に博季が口を開いた。目線だけ、博季に向ける。
「『一寸の虫にも五分の魂』……って、言うよね」
博季は笑っていた。寂しそうな、辛そうな笑みだった。
「僕はさ、そういう教えって大切だと思うんだ。忘れそうな何かを、忘れないように。大切な訓示だと」
さくり、クッキーを食む音が、妙に響く。また少しの沈黙。
「……だから、ずっと犠牲を出さないように戦ってきた。
誰も死なないように、殺さなくて済むように」
そんなの知っている。
博季が戦場で誰よりも優しいことを、ヒラニィは知っている。
だからこそ、ずっと辛い思いをしていたことも。
「どうしたら二度と同じことが起きないか。相手がモンスターであっても、共存する道を探してきた」
自分の領分。
相手の領分。
お互いに大切なものを守るには、どうすればいいのかと。
博季は静かに話を続ける。
「『理想』と言われるような考えだな」
「うん。よく言われる。……でも、僕の中では、『理想』じゃなくて『道理』なんだけどな」
「道理?」
「当たり前じゃない。傷つきたくないなら人を傷つけるな。死にたくないなら殺すな。
……『人にやられて嫌なことは、相手にしてはいけない』。これって、誰でも教わることだよね。そして絶対に守らなければいけない教えだと思うんだ」
だから、博季は生真面目で優しいのだ。
人間誰しも、やむにやまれぬ事情があれば、その教えを簡単に破り去る。
ヒラニィが思っていることを悟ったのか、博季は力なく笑う。
「『誰かが守らないから自分も守らない』……それじゃだめなんだよ。いつまで経っても、それじゃ何も変わらない」
「…………」
「『理想』はやっぱり『理想』だから……叶えるには、必死に実現しようと頑張らなければいけないんだよ」
理想を理想のままで終わらせたら、いけないんだよ。
博季はそう言って、話を締めた。
沈黙と、お菓子の家を崩す音だけが響く。
「菓子の礼に、鳳明から聞いた面白い話しをしてやる」
クッキーかすのついた手を払い、ヒラニィは改めて博季に向き直る。
「矛を止めると書いて武。しかしその武を振るう者は常に心に『凶』の文字を抱くそうな」
「……?」
「武とはそもそも人を傷つける術。つまり暴力に暴力を以って制していることを忘れない為だそうだ。
……矛盾しとるだろ?」
「言われてみれば……」
「矛盾に溢れているんだ、この世界は」
だから。
「理想に潜む矛盾から目を逸らすな。
理想を理想で終わらせたくなくば、求めるモノの良きも悪しきも理解しろ。
そして全て飲み込め。さすれば、もう一歩先が見えるかも知れん」
語り終えて、らしくないなと目を瞑る。
もっと軽く笑い飛ばしてやればよかったかもしれない。
けど。
博季が、落ち込んでいるようだったから。
「お喋りが過ぎたな」
言うと、博季は頭を振った。
「ありがとう」
「ふん」
「僕ね、正直笑われるかもって思ってたんだ。『だからお前はお前なんだ』とかよくわかんない理不尽なこと言われて」
「今からそっちにシフトしてやってもよいぞ」
「いやいや。このままいい話で終わらせようよ」
「『だからお前は』」
「いいって」
小さく零れた博季の笑みは、普段どおりの柔らかなもので。
「姉さん」
「……ん」
「聞いてくれて、否定しないでくれてありがとう」
「ふん、造作もない」
「あはは。さすが姉さん。
……僕、頑張るね」