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リアクション
21
ヒラニプラ郊外にある洋館が、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の家だ。
ルカルカは、明日に控えたハロウィンを楽しむため鼻歌交じりに家の飾り付けをしていた。
ジャック・オー・ランタンを各所に飾ったり、ハロウィン仕様のオーナメントやリースを壁にかけたり。
用意した飾りつけのアイテムを使い切ったところで、ルカルカは一息ついた。
「こんなものかな〜」
全体を見るため、一歩引いて部屋や壁を見る。
「うん。上出来♪」
満足して笑うと、ばたばたと走る音が聞こえてきた。
「淵ちゃーん、待って〜」
「待たぬ! なんだその服は!」
「明日の仮装の演習だよっ、着てみようよぅ」
「俺は男だーっ!」
視線をやると、リナト・フォミン(りなと・ふぉみん)が夏侯 淵(かこう・えん)を追いかけているところだった。リナトの手には、魔女の衣装。明日仮装するからと用意したのだが、あの通りずっと着ることを拒否している。
「いいじゃない着ても」
「ってルカちゃんも言ってるよ!」
「貴様らっ! 今に見ておれ、俺の外見が年相応に変化したら踏んでやるからな……!」
とはいえ今は、どこからどう見ても美少女に他ならない。却って、必死に否定することが可愛くてついついいじめたりからかいたくなってしまうのだが、淵本人はそのことに気付いていない。
はいはい、とルカルカとリナトがあっさり流すものだから、淵はさらに悔しがる。
――だから、そういうのが可愛いんだって。
ねー、とリナトに向けて笑うと、ねー、と肯定された。
「じゃ! 淵ちゃんを脱がせちゃいまーす」
「!? こ、こらっ!」
「だって着ないっていうから〜」
「まて。離せバカモ……!」
これ以上は見ていてはいけないような気がしたので、くるりとUターン。
廊下の先に、困り顔の月崎 羽純(つきざき・はすみ)が立っていた。
確か羽純は、キッチンで調理する遠野 歌菜(とおの・かな)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の手伝いをしていたはずだが。
「どしたの?」
「リナトが淵を見つけて走り出していったから追いかけてきたんだが」
「ああ。……あー」
あの場には踏み込めないよねー、と笑うと、ああ、と頷かれた。
「かといって放っておくこともできないだろ? だからここに居た」
「保護者も大変なのね」
「料理を手伝っているときは大人しかったんだがな」
「あ、そうそう料理。料理ってどうなったの?」
飾り付けをしている最中、キッチンからはずっといい香りがしていた。だから気になっていたのだ。
「美味そうな匂いがしてる。なかなかいい感じなんじゃないか?」
「えへへ。明日が楽しみだな〜」
料理だけじゃない。
仮装も楽しみだし、お喋りだって楽しみだ。
早く明日が来ないかな、と思うこの瞬間も、楽しい。
明日はきっと良い日になるだろう。
ハロウィン当日。
テーブルには、多種多様な料理が並べられた。
オードブルにはかぼちゃのキッシュと、クラッカーにクリームチーズとサーモンを乗せたもの。
メインに据えるは野菜たっぷりのシチュー、スペアリブのディアボロ風、パンプキンパイ、木の実とベリーのタルト。
他にもプリンやクッキー、ケーキ、チョコレート等々。
「わ、このクッキーとチョコ、見た目も可愛いー♪」
ルカルカの嬉しそうな声に、歌菜は表情を綻ばせた。
「喜んでくれてよかったです」
ハロウィンパーティなのだから、とハロウィンらしい形に作ったのだ。
ゴーストやジャック・オー・ランタンを意識したお菓子は、どれもこれも愛嬌があって可愛らしい。
「歌菜さん自身も可愛いね♪」
「えっ、……えー、お世辞言っても、いいことないですよー」
「お世辞なんて言わないよ。本当のことだもん」
そうかなぁ、と歌菜は自身の格好を見てみる。
仮装をするのだと、リナトとお揃いで用意した魔女の衣装。少し露出が多いから、恥ずかしかったのだけれど。
「そう言ってもらえると自身持てそうです」
「すっごく可愛いっ」
かくいうルカルカの仮装は、魔物の格好。服装はスーツに近いもので、ぴしりと纏まっている。だからか余計に、闇の雰囲気が出ていた。
「ダリルさんと対なんですね」
「うんっ。着てってお願いしたら着てくれたんだ。言ってみるものだよね」
「仕方なく、だ。調子に乗るなよたんぽぽ頭」
にへ、と笑うルカルカの頭をダリルが軽く小突く。
「ルカ、たんぽぽ頭じゃないもん」
「どこからどう見てもたんぽぽ」
ぷぅ、と頬を膨らませるルカルカを見て、可愛いな、と思った。
同時に、ダリルとの会話を終えてもぐもぐと色々な食べ物をたくさん食べる様子を見て、
「すごいですね……」
無意識に呟いてしまう。
「ぅん?」
「あ。えっと、いっぱい食べてるのにそのナイスなプロポーションを維持できてて……すごいなぁって」
ルカルカのプロポーションは、女性ならば少なからず憧れてしまうようなものである。
大きくて張りのあるバスト。きゅっとくびれた細い腰。胸より主張しすぎない、けれど薄すぎないヒップ。
「憧れますッ!」
「あはは☆ ありがと〜」
「どうすれば維持できるんですか?」
思わず熱くなってしまったが、ルカルカは茶化すようでもなく真面目に考え。
「軽い運動、かな!」
真剣な表情で、伝えた。
「軽い……」
「うん、軽い☆」
きっとそれは、歌菜の常識よりも少しずれているのだろうな、と漠然と予感した。
「ルカの軽いはちっとも軽くない気がする」
丁度通りかかった淵がぼそっと呟いたので、予感的中を知る。
――地道が一番ってことだね。
うまい話なんてないのだ、と結論付けたところで、ぽん、と羽純に肩を叩かれた。
「な、何?」
「なんでもない」
「何よー! 言いたいことがあったら言えばいいじゃないっ、羽純くんの馬鹿ーっ!」
そして、羽純は本当にからかうためだけに来たようだ。笑って、ダリルの傍へと去っていく。
先ほどのルカと同じように頬を膨らませていたら、
「ね、歌菜ちゃんはティルナノーグはどの世界に行ってみたい?」
質問を振られた。
ティルナノーグに行くとしたら。考えるまでもなかった。
「私、第二世界に興味があるんです!」
魔法の使用がごく一般的な世界である、第二世界へ。
どんなところだろう? 想像するだけで、わくわくする。
「即答だね〜」
「はいっ。もう、気になって仕方なくて……知らない魔法とかも、たくさんあるんだろうなぁ。う、またわくわくしてきっちゃった」
「良いことだよー。ルカ相手に語ればいいさ。どんとこーい♪」
「いいんですかっ。えっとですね、私――」
話は尽きることがなく。
時間は、あっという間に経過していく。
「お前の仮装は、何だ?」
「何だといわれても。……ミイラ男?」
ダリルに問われ、羽純は困ったように呟いた。
「そういうダリルこそ、何だ。魔物か」
その通り、とダリルが頷く。
「お互い災難だったな。パートナーがお祭り好きだと大変だ」
「まったくだ」
苦笑し、手近にあった食べ物に手を伸ばした。ダリルの作ったタルトだ。
「……ん。なんだこれ、凄く美味い」
「そうか? 口に合ったならよかった」
ダリルは軽く笑っているが、正直かなり驚いた。それほど美味だったからだ。
甘すぎず重すぎず、用意された紅茶と絶妙に合う味。甘酸っぱい風味も丁度良い。
「料理、得意なのか?」
「まあそれなりにな」
「封印されていたんだよな。なのになんで?」
「簡単なことだ。封印から開放されたはいいが、たんぽぽ頭の料理がちょっとな……」
思い出しているのか、微妙に頬が引きつっている。いったいどれほどのものなのか、想像するに恐ろしい。
「マトモな食事にありつくためなら、技能習得くらいするってことだ」
「なるほど」
「で……羽純は甘党か?」
言い当てられて、タルトを食べる手が止まった。
「……どうしてわかった?」
「真っ先にタルトに手を伸ばしただろう。想像に難くない」
「正解だ。後は和食全般」
「意外と子供かと思ったら他は渋いのか。なるほど興味深いな」
「そうか? 見た目に楽しいし、綺麗だろ?」
「ああ。やっぱり子供か?」
「どういう意味だ」
深い意味はない、とダリルは笑ったが、絶対ちょっとはからかってるだろ、と思って口を閉ざした。