|
|
リアクション
19
夕方が近付き、日が落ちる頃。
「こんにちは。そろそろ、時間が空くかなと思いまして。今から工房に来れませんか?」
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は、紺侍に電話をかけた。
『工房スか』
「パーティをやっているんです。自分たちも居ますし」
『実はもう向かってるんスよ。ですンでもうそんなに時間はかからないかと』
「そうですか。ではお待ちしております」
そろそろ来るというのなら、工房で待っていよう。そう決めて、工房の扉を叩く。
「ハッピーハロウィン。お邪魔しても構いませんか?」
自作のカボチャのクッキーをリンスとクロエに渡しながら、翡翠は微笑んだ。
「もうみんな楽しんでるよ」
「そのようですね」
花梨が料理片手に笑っているのが見えるし、桂が給仕を務める姿も見えた。
「後は自分が引き受けますから、楽しんでくださいね」
桂に言って、給仕の役目を代わる。
ひとまず、用意してきたカボチャのグラタンをテーブルに出した。カボチャを切り抜き、中にグラタンを入れたものだ。見栄えも良く、人目を引いた。
それから、最初に渡したクッキーも広げる。渡したもののように小分けにしておいたものは自分で持ち、紅茶を淹れるサービスの傍ら配って歩いた。
給仕に勤しんでいると、
「ちわっス」
紺侍の声が聞こえた。
いらっしゃい、と挨拶する前に、カツコツとヒールを鳴らして花梨が近付いていく。
何をするのだろう、と見守っていると、
がづんっ。
「いっ!? ……っつー……」
「花梨っ?」
唐突に紺侍の足を踏むものだから、さすがに驚いた。
咎める間もなく、花梨は人混みの中に戻っていく。
「オレ、何かしました?」
「さあ……初対面ですよね、花梨とは」
「そのはずっスけど。あーイテ」
確か花梨はヒールのきつい靴を履いていたから相当のものだろう。
「大丈夫ですか?」
「えェ、まァ。理不尽には耐性高いほうですし」
「それもそれで、嫌ですねえ」
ははは、と乾いた笑いを浮かべる紺侍に、紅茶とクッキーを差し出した。
「ハッピーハロウィン?」
「言う前に言われちまった。Trick or Treat?」
小さく笑って、パーティに溶け込む。
*...***...*
ハロウィン当日。
「はろうぃんはおかしいっぱいもらえるんだって!」
言い出したのは、柚木 郁(ゆのき・いく)だった。
「がんばる、の」
ぴょこん、と右手を伸ばして挙手して。
真面目な顔をし、宣誓のポーズで郁が言う。
「ふふ……ハロウィンか。なんて言うか、知ってる?」
郁に目線を合わせ、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)は問いかけた。
お菓子をもらえるのは間違いないけれど、それならどうすればいいのか?
「うっと、えっと。クロエちゃんに、きいたよ!
とりっく・おあ・とりーと!」
「よくできました」
郁の頭を撫でてやって、小さな手に飴玉を乗せてやる。
準備がいいな、と柚木 瀬伊(ゆのき・せい)が言ったので、「ハロウィンだから」と小さく笑う。
かくいう瀬伊だって、カボチャの形をしたソフトクッキーを焼いて準備をしているじゃないか。
「仮装の用意もできてるよ? ほら」
クローゼットから出したのは、魔女風のドレスと執事服、それからもこもことした衣装とオプションで猫耳、猫尻尾。
「執事は瀬伊。郁は可愛いにゃんこさん」
着付けてやったら写真を撮って。
「俺も着替えてきちゃうね」
奥へ引っ込み、ドレスに袖を通す。
――魔法少女はさすがに無理だけど。
魔女の仮装くらいなら、できるから。
――喜んでくれるといいなぁ。
薄化粧する間も、考えるのは彼のこと。
ふっと我に返って気付くと、恥ずかしいような、むずがゆいような、そんな感覚に囚われた。
「貴瀬。まだか?」
ドア越しに、瀬伊の声。
鏡で最終確認をして、おかしなところがないか見たら。
「お待たせ。行こうか」
ハロウィンを、楽しみに。
「いくはにゃんにゃんなのー」
「わたし、まじょさま!」
「まじょさま? 貴瀬おにいちゃんといっしょー!」
「おそろいなのね! たのしい!」
工房に着くと、早速郁とクロエがじゃれはじめたのでシャッターを切った。二人が気付いていないおかげで自然な一枚が撮れている。
「まほーしょうじょはかそうじゃないもんねっ」
「うん、だからまじょさまなのよ」
「クロエちゃん、わかってたー」
「もちろんよ。でもね、まほうしょうじょのかっこうも、わたし、すきだわ」
「いくもー」
「おそろいね」
「うんっ」
そのまま郁とクロエは手を取り合って工房を巡り出した。しばらく目で追いかけてみたが、「とりっくおあとりーと!」と声をそろえてお菓子をねだっている。
本当に可愛いなあ、と和みながら、貴瀬も工房を見て回った。
ジャック・オー・ランタンやオーナメントで飾り付けられた壁や窓。みんなで作ったとクロエが自慢気に言っていた料理の並ぶテーブル。
どれもこれも、パーティの楽しそうな雰囲気が出ていて、いいなと思えるもので。
ぱしゃり、ぱしゃり、シャッターを切った。
「熱心スねェ」
「うわっ」
と、唐突に声をかけられて驚く。
「紺侍。来てたの」
「ついさっき」
今日はバイトと用事があると言っていた彼は、仮装等はしておらずいつも通りのラフな格好で立っていた。
「ハッピーハロウィン。……ふふ、こんな格好は似合わないかな?」
「違和感ないスよ。驚くほどに」
ほんとに? と笑う。
「ね。紺侍はいつもの格好とこの格好、どっちが好き?」
それから、揶揄してみたくなって、聞いてみた。
「いつもの格好の方がいいっスねェ」
ら、お世辞でもなんでもない言葉を返された。少しばかり、へこむ。
「……似合わない?」
萎んでしまった声で聞くと、「いえいえ」と明るく否定されて、疑問符。
「とんでもないです。似合ってるからいつもの方がいいんスよ」
どういうことだろうと再びの疑問符に首を傾げると、
「えーだってホラ、ドキドキしちゃうでしょ? バレたら恥ずかしいじゃないスか。オレ今バラしちゃったけど」
あははと笑われた。
こっちが恥ずかしくなるじゃないか。
「そんなこと言う悪戯っ子には、お菓子、あげません」
だからちょっとした仕返しに、と言ってやった。
少しでもしょんぼりするようなら、嘘だよと言ってお菓子をあげようと思っていたのに。
ぎゅ、っと手を握られたので、どうしようかと固まってしまった。
「じゃあこのまんま離してあげません。イタズラ続行ってことで」
「や、えっと。……えーっと」
こんな風に手を繋ぐのっていつ以来かな、とか、今日も手が温かいな、とか、思考がどんどんずれていく。
紺侍は、にこにこ笑っている。
「あー、……なんかね。俺、最近、紺侍にペース崩されるよね」
「さてどこまで確信犯でしょう」
「悪い人だ」
「はは、今更」
手を繋いだまま、バスケットからお菓子を取り出した。
他のとは違う、特別仕様のお菓子。
「はい、どうぞ」
「わ。ありがとうございますっ」
お菓子も、悪戯もなんて。
欲張りだなぁと思うのに。
――許せちゃう、っていうか。
――むしろ手は、繋いでいたかった、っていうか、……あれ。
なんでこんな風に思うのだろう、と紺侍から目を逸らした。
逸らした先で、瀬伊と視線がぶつかって、頬を指差され。
なんだろうと思って手を当てると、異様に熱くて。
――……なんでかな?
息を吐いて、その理由を問いかけた。