天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

パンプキンパイを召し上がれ!

リアクション公開中!

パンプキンパイを召し上がれ!

リアクション



14


 今日も、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)はフィルの店でケーキを食べている。
「何個目じゃ」
「硬いことは言わないの」
「ちっとも硬くあるまい」
 天津 麻羅(あまつ・まら)から入るツッコミやら冷たい視線やらをスルーして。
「フィルさんフィルさん、ちょっと聞いてよ〜」
 別のケーキを選定しがてら、フィルスィック・ヴィンスレット(ふぃるすぃっく・う゛ぃんすれっと)に話しかけた。
「今世間じゃハロウィンだなんだって騒いでいるでしょ−?」
「んー、そーだねー」
「このお店だって、ハロウィンムードだわ」
「流行りに乗ると若い子のウケがいいからねー」
「打算的なのね」
「店長だもの」
 同じ店長でもリンスのようなタイプとは違うなぁ、と思いつつ。
 話の軌道を元に戻す。
「でもね、南瓜の旬って今じゃないと思うのよ。日本の南瓜の旬といったら6月から9月なの」
「そうだねー、実際この時期カボチャ料理ってあまりないものねー」
「まあ、日本以外の旬はわからないけれど……でも日本人としては、時期外れのもので盛り上がられてもね〜って感じ」
「でも冬至にカボチャを食べるでしょ?」
「……あら?」
 言われてみれば、確かにそうだ。
 大きく旬を外れているのに、これいかに。
 考えてもわからなかったので、「まぁいいか」と問題は捨て置いた。
「じゃ、このパンプキンパイひとつ」
「あれだけ南瓜の旬に文句を垂れておいて選ぶのはそれか」
 麻羅が呆れたような声を出す。
「いいじゃない。若い子らしく流行りに乗ったのよ。それに他の旬はもう食べたわ」
「そうだねー、緋雨ちゃん食べつくしてるもんねー」
 それも、フィルに笑われるほどに、だ。
 スイートポテトもモンブランも、梨のタルトも食べた。今月のお勧めと名のつくものは、全て月の初めに食べて網羅している。
「お気に入りはスイートポテトだったわ」
「お口に合って何よりだよー。パティシエにも伝えておくねー」
「とはいえ、どれも美味しいから甲乙つけがたいんだけど。ところで麻羅は何かお気に入りとかなかったの?」
 緋雨の問いに、麻羅は顎に手を当てた。ふむ、と考え込む。
「芋か。芋とゆうてもひとえに色々と品種があるからのう……。
 ジョイホワイトやら黄金千貫あたりが一般的かのう?」
「麻羅ちゃん、それって芋は芋でも焼酎だよねー?」
 フィルが笑ってツッコミを入れた。麻羅は気にせず、「それ以外じゃと……」と焼酎の名前を列挙していく。
「蔓無源氏なんかをまた飲みたいのう」
「あはは、珍しいところを突くねー」
 さらりと話についていけているあたり、フィルの持つ情報量――というか、この場合は単純に知識だろうか――の多さに脱帽する。
 ――そういえば、さっき当たり前のように冬至の話をしたけれど……フィルさんって、シャンバラ人よね。なんで知ってるのかしら。
 問うてもフィルは「ひみつー☆」とはぐらかすだろうから、いちいち訊いたりしないけど。
「まぁ旬は大事じゃのう。今の時期の旬といえば……秋刀魚、戻り鰹、あとは鯖、鯵、冷おろしとかかのう」
「麻羅ちゃんって見た目に似合わない好みしてるよねー。私の店に居ることが不思議になってきたよー」
「わし、神だし」
「神様も甘いものが好きな時代かー」
「まあ嫌いではないが、緋雨の付き合いという面もあるな。しかしおぬしの店のケーキは美味じゃと思うぞ。
 ……して、何の話だったか。ああ、旬じゃな。あ、鍋。鍋を忘れておったわ」
「鍋! いいねー、美味しいよねー。あったまるよねー」
「フィルは何を好む?」
「蟹かなー」
「また手間の掛かるものを……」
「でも美味しいから」
「異論はないがな。わしなら寒ブリやらふぐを選ぶかのう。もちろん蟹もどんと来いじゃ」
「お供は?」
「新酒!」
「だよねー♪」
「む、いける口か? 今度やるか」
「機会があればねー」
 いつの間にか、すっかりついていけない話になっていた。
 ――こんなおしゃれなケーキ屋さんで、忘年会新年会じみた話をすると思わなかったわ。
 なんだか、麻羅やフィルにはいつも斜め上を行かれる気がする。
 いつか一矢報いてみたいものだけど、いつになることやら。
「ところで緋雨、何個目のケーキじゃ?」
 等と考えていたところ、まるで思考を読まれたように麻羅が意地悪く笑う。
「……秋は食欲の秋というのよ。食べ過ぎても仕方な、」
「あんまり食べると太るよー、あはは」
 反論はフィルに打ち砕かれた。
 この店主は、たまに毒舌だ。
「いいわよその分スポーツの秋ってことで動くから! だからスイートポテト、ひとつ!」
 けれども食べるのをやめるという選択はしない緋雨だった。


*...***...*


 ハロウィンムード一色のこの街が、師王 アスカ(しおう・あすか)は大好きだ。
 より正確にいうのなら、こういった雰囲気が好きだ。いつもと変わらぬ場所なのに、いつもと違った画を見せてくれる。
「アイディアが浮かびやすいな〜」
 適当な場所に座り、スケッチブックに筆を走らせた。書き上げるのは、数々の風景。見たままのものもあれば、アイディアが走ってしまい場所の面影などぼんやりとしか残っていないものもある。
 しかし朝からずっと書いていると、肩もこるし疲れも溜まる。
「ちょっと休憩しようか〜」
 頭上でぽやりとしてたラルム・リースフラワー(らるむ・りーすふらわー)に話しかけた。ラルムがこくりと頷くのが、かすかに見える。
「確かね、この辺に有名なケーキ屋さんがあるのよ」
 ヴァイシャリーのメインストリート。雑貨屋さんやカフェの建ち並ぶこの通りに、ケーキ屋『Sweet Illusion』があるらしい。
「有名なのは、ケーキが美味しいからだけど。でも、店長さんもある意味名物なんだって〜」
「あるいみ……?」
「ね。何だろうね〜、気になるよねぇ」
 仮装した人々で賑わう通りを抜け、
「あ」
 アスカは、店を見つけた。
 ドアを開けると、からんからんと透き通ったベルの音が響いた。耳に心地よい音だ。
「いらっしゃいませー」
 カウンターで食器を磨いていた人物が、アスカを見とめて声をかける。
 可愛いと綺麗の中間にいるような、不思議な魅力のある女性。彼女が店長なのだろうか。でも、容姿に優れている以上に変わっている点は見当たらない。
 ――これじゃあ、『ある意味』の理由がわからないわね〜。
 まじまじと彼女の顔を見ていたら、にこりと微笑まれた。同性なのに照れてしまいそうになるくらい、完璧で綺麗な笑みだった。
「お悩みですかー?」
「そうですねぇ。初めて来ましたので」
「でしたらこちら、10月の新作ケーキなどはいかがでしょうか?」
「あ、じゃぁそれとぉ……店長さんのお勧めってあったりしますか?」
「私のお勧めはですねー」
 ――あ、やっぱりこの人が店長なんだぁ。
 納得したような、しきれないような、微妙な気持ちで店長を見た。彼女は「こちらいかがですー?」とショートケーキとベリーのタルトを指して微笑む。
「じゃぁ、それで〜」
「かしこまりましたー♪ お席までお持ちしますので、どうぞ空いている席へ」
 促され、アスカは適当な席に座った。店内を見回す。
 ハロウィンらしい装飾が施された店内は、様々な物の配置が絶妙で、またかかるBGMも妙にマッチしていて。
「いいなぁ……」
 思わず、呟いた。
 ――この風景を、描きたい。
「何がですー?」
 と、ケーキを運んできてくれた店長に問われた。どうやら聞こえていたらしい。
「店長さん、お名前は?」
「フィルスィック・ヴィンスレットですよー」
「フィルスィックさん……難しい名前」
「皆さんはフィルって縮めて呼んでくれますよー。好きに縮めてくださいな♪」
「じゃあ、私もそう呼んでいいかなぁ?」
「どうぞー♪ お客様のお名前は?」
「私はアスカ。この子はラルムって言うの〜」
 ケーキに惹かれて降りてきたラルムも一緒に紹介すると、ラルムは不安そうな目でフィルを見。
「……いじめる?」
 と問うた。初対面の相手に必ずする問いだ。
「こんなに可愛い子、いじめないよー大丈夫ー」
 間延びした柔らかな声でフィルが言う。安心したように、ラルムが微笑んだ。
「それじゃあごゆっくりどうぞー」
 と言ってフィルが立ち去ろうとするので、
「あ、ねぇねぇフィルさん。お願いがあるの〜」
 アスカは待ってと呼び止めた。
「なーに、アスカちゃん」
「ここのお店の風景を描いていいかなぁ?」
「どうぞー」
 拍子抜けするほどあっさりと許可が降りた。
「いいの〜?」
「うん、惜しむようなこともないしー」
「それにしても何も聞かないんだねぇ」
「見ればわかるからねー」
 あはは、とフィルが明るく笑う。
 見れば? と疑問に首を傾げた。
「荷物と手と、視線かなー」
「私って、わかりやすいのかなぁ? なんだか恥ずかし〜」
「ううん、私がちょっぴり特殊なのー。気にしないでゆっくりしていってー♪」
 ならば、と言葉に甘えてスケッチブックと水彩色鉛筆を取り出す。
「ケーキは……?」
「あ、食べる。食べるよ〜。ラルムどれ食べたい?」
「……ぜんぶ?」
「じゃあ、半分こしようね」
 ラルムに食べさせ、自分で食べ。
 糖分を頭に入れたところで、絵描きとしてのスイッチを入れる。
 自分でも、困ったものだと思う。
 気になった風景や対象は描かないと落ち着かない、この性分のようなものは。
 泳いでいないと死んでしまうかのようで。
 そのため怒られたことも奇異の目で見られたこともあったけれど。
 ――なんにも訊かれない、っていうのは、あまりないなぁ〜。
 こういった人柄も、『ある意味名物』なのだろうか。
「ねぇフィルさん」
「はーい」
「この内装ってフィルさんが考えてるの〜?」
「うん、大体私だよー。従業員の子に案を出してもらったりもするけどねー」
「すごく素敵で好きだなぁ〜、このお店」
「あはは、ありがとー♪」
「あとねぇ、」
「はーい」
「フィルさんってこのお店の名物って本当〜?」
 質問に、またフィルが笑った。可笑しいらしく、しばらく笑い声は止まなかった。
「そっかー名物かー。そうだね確かに名物だねー」
「でも、あのぅ。失礼だけど、どこが名物なのか、わからないのよね〜」
「じゃあ明日また来てー? 名物の秘密を教えてあげるー♪」
 ケーキの味も店の雰囲気も気に入ったから、明日来ることは全然厭わないけれど。
「今じゃだめなの〜?」
「私、一日に何回も着替えない主義なんだー」