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リアクション
12
クロエから電話がかかってきたのは、30日の夕方だった。
いわく、ハロウィンパーティをするらしい。
そして、パンプキンパイになるらしい。
――まさか自らパイになりたいと言い出すとは。
――去年の強制包帯ぐるぐる巻きで何かに目覚めたのかな。
謎のクロエの発案に、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は頭を悩ませた。
包まれると安心するとか。なるほど、理は通る。……か?
ともあれ、理由なんてどうだっていいのだ。
クロエにしては面白いことを思いついたな、という事実に関心してやるだけ。
スレヴィは、面白いことが好きである。
だから今回、素直に手伝ってやろうと思った。
――とはいえ、パイの衣装なんてなぁ。
ヴァイシャリーの貸衣装屋を覗いても、それらしいものはない。
似たものならば、カボチャということでパンプキンヘッドを見つけた。とりあえず借りる。
他には、ネット通販で見つけた子供用の仮装セットを持ってきている。が、こちらもイメージはカボチャ。パンプキンパイではない。
――妥協してカボチャで我慢してくれないかな。結構可愛いし。
オレンジと黒を基調にしたドレスは、まあクロエに似合うだろう。これにパンプキンヘッドをかぶせてやろう。顔まで隠れてしまうけれど、うん、そんなコミカル具合がより一層クロエを輝かせてくれるだろう、適当だけど。
衣装も装飾品も手に入れた。
あとはクロエに着せるだけだ。
スレヴィは、鼻歌交じりに工房へ向かう。
クロエにドレスを着せてみた。
「まあ似合うか」
想像通りの可愛らしいお嬢さんに、「馬子にも衣装」と笑う。
「まご?」
「可愛くない子でもそれなりの格好をさせればそれなりに見えるってこと」
「なによぅ!」
からかうように教えてやったら、ぽかぽかと駄々っ子のようなパンチを繰り出してきた。地味に痛いので、「嘘だよ」とギブアップ。
「似合ってるって」
「……ほんとう?」
「本当本当。俺、嘘つかないし」
「それこそうそだわ」
「そうだっけ?」
「うそつきでいじわるなんだから」
まあ否定はしない。
「けど、クロエはそんな俺でも好きだろ?」
揶揄がてら言った。ツンデレのような反応が見れたら笑ってやろうと思っていたのに、
「そうよ」
とまっすぐに返されたので拍子抜けする。
「つまらないなあ」
やれやれと肩をすくめると、なによぅ、とクロエが怒った。頬を両手で挟んで潰してやる。
ちょこっとだけ嬉しかったけれど、まあそれは内緒として。
「ああそうだ、これもかぶせなくちゃ」
かぽん、とパンプキンヘッドをかぶせてやった。若干中途半端にカボチャの位置を調節し、クロエの顔が見えるように。
「よく似合ってるよ」
まるでカボチャに食べられているみたいだ。このバランスは絶妙で、そして傑作である。
気付いているのかいないのか、クロエは言葉を真っ直ぐに受け止めて嬉しそうに笑っていた。が、鏡を差し出すとスレヴィの言った意味に気付いたのか、また頬を膨らます。
「きょうはかぼちゃづくしね!」
「だってクロエあパンプキンパイになりたいって言ったんじゃないか」
クロエはきょとんとしていたが、発案者がどうしてそんな顔をするのだろう。
ともかく下準備はこれでできた。
「さて、あとはこんがり焼くだけだな」
「……え。ねぇスレヴィおにぃちゃん、もしかして」
「クロエが入りそうなオーブンは……」
「やっぱり!! ちがうわ、わたしパイになりたいなんていってない!」
「ええ? そうなの?」
「そうよ! パイをつくりたいっていったのよ!」
ようやく合点がいった。
「クロエがあんな面白い提案するとは思えなかったもんなあ」
「それもしつれいなものいいだわ……」
もう頬を膨らませる気力もないのか、クロエがそっぽを向いて呟く。絶妙なバランスを保っていたパンプキンヘッドも外してしまった。
「ま、カボチャガールも似合ってたんだけどな。どう? 来年こそはパンプキンパイに」
「ならないっ」
あっかんべ、と舌を出されたので良い反応だとくつくつ笑った。
*...***...*
クロエから、ハロウィンパーティをすると聞いたので。
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、魔女の仮装をして工房を訪れた。
「トリック・オア・トリートです♪」
ドアを開けてくれたクロエに、ハグがてら決まり文句を。
「なかにパイがあるわ! めしあがれ!」
するとクロエは楽しそうにそう言った。
招かれるまま、空いた席に座る。テーブルの上には、パンプキンパイやクッキー、ケーキ、ミートパイなど様々な料理が並んでいた。
「すごいですねー」
「みんなでつくったの。どうぞ、たべて?」
「はいです♪」
持っていたカボチャのランタンを膝の上に置いて、取り分けてもらったパイを食べる。
「おいしいです〜」
「ほんとう? うれしい!」
「お礼にですね、ボクもお菓子をつくってきたですよ」
ヴァーナーが取り出したのは、ハロウィン風人形工房お菓子の家。
「うちだわ!」
「なのですよ〜」
屋根を外してみせると、趣向を凝らした内部があらわになった。
ハロウィンらしく、ジャック・オー・ランタンやオバケで飾り付けをした壁。机や椅子がある位置には、リンスやクロエ、いつも工房にいる面々を象ったクッキー。
「すごいすごい! ヴァーナーちゃんって、きようだわ!」
「えへへ。よろこんでくれたみたいで、ボクもうれしいです〜」
思わずぎゅーっと抱きしめあって、はしゃいだ。
「元気だね」
それを見たリンスが小さく笑ったので、ヴァーナーはリンスにもハグをしにいく。
「リンスおねぇちゃんも、楽しんで、げんきー、ですよ!」
「うん? 俺、楽しんでるよ。元気、元気」
「ならいいのですー」
返答に、にぱりと笑ってまた離れる。お菓子の家を、目を輝かせているクロエの元に戻って「食べませんか?」と提案。
「たべちゃうの? もったいない」
「食べるためにつくったですよ」
「うー、でも、なんか、うー」
「じゃあ、あとのおたのしみにするです」
「! そうね、あたまいい!」
「それまでは、トリック・オア・トリートでお菓子をもらいにいくですよ!」
「うんっ」
ヴァーナーも、クロエも、仮装をしているし。
工房には、お菓子を持っていそうなお姉さんお兄さんがいっぱい。
「たくさんもらえそうね?」
「なのです。よーし、いきましょ〜!」
てってって、と二人で寄って、
「「トリック・オア・トリート!」」
お菓子をくれない人には、抱きしめてくっついて、わき腹をくすぐっちゃうぞ!
*...***...*
ハロウィンパーティを開くと聞いて、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)はアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)を連れて工房にやってきた。
「ぅおぃ〜っす」
「ハァイ☆ オトー様、オネー様。ハッピーハロウィン!」
いつか感じていた入りづらさなど今はもうなく、勝手知ったる人の家、そんな気軽さでアキラは工房に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ!」
まず、クロエが出迎えてくれた。魔女っ子の仮装をしていて可愛らしい。
「ム。オネー様、似合ってルワ」
「アリスのかっこうもとってもすてきよ」
「当然ネ! オトー様が作ってくれタんだカラ!」
「いいなぁ。わたしもつくってほしいな」
「ワタシも新しい服、欲しいナァー」
アリスとクロエが二人してちらちらとリンスを見るので、リンスが小さく息を吐いた。
「そういう時はなんて言うの?」
「「つくってください!」」
声を重ねて、同時にぺこり。
変なところで姉妹シンクロしてるなあとアキラは笑う。
「初対面なのにさ。仲睦まじいことで。あ、これ差し入れ」
パーティに使ってやって、とアキラが差し出したのは、ここに来るまでに買ってきたお茶や紅茶、ジュース等のペットボトル飲料水。
「飲み物だったらそう無駄になることもないだろ」
「お気遣い感謝」
「ところでかぼちゃパンツを焼くんだって?」
「焼かない。焼くのはパンプキンパイだけど」
「いやだって、パンプキンってかぼちゃのことだろう? ウチらでかぼちゃといえばパンツじゃねーか」
ほら、とアリスを指差し示す。ナニヨ、とこっちを向く彼女の装備は、かぼちゃパンツ。
「パイをパンツに変換する能力はどこから生まれたの」
「どこからだろう」
「生まれつきか。……残念だなあ」
「いやいやいや違うから。別に俺、残念じゃないぞ。……ていうか、前も思ったんだけど。リンスってけっこーツッコミ激しいよな」
「そう?」
「うん、激しい」
毒舌とはまた違う、けれどそれと少し似たような、なんとも言えぬあの物言い。
普段はのらりくらりと静なる男なのに、このギャップはどうしたものか。
と、不意に思いついた。
「そうだ。俺のボケとオメーのその鋭いツッコミとギャップ、これがあればウチら二人で漫才界の頂点を極められる」
「……は?」
「そうすれば地方巡業や出演とかで嫌でも外に出なきゃなんねーからな。身体も鍛えられるぜ」
「あのさ。俺のためを思って言ってくれているなら、ありがとうだけど。ごめん無理」
「コンビ名はリンスインセイルーンとかでどうよ」
「人の話を聞く。まずはそこからね。それとねセイルーン、俺はファーストネームでそっちはファミリーネーム。これじゃ何かがおかしいよ」
「違うだろ! もっとこうツッコミどころは別に、」
「ボケてみた」
さらりと言われたのは逆襲。力が抜けた。その場でがくりとうなだれて、
「わかりづれえぇぇえ……!」
と声を殺して叫ぶ。
「じゃあやっぱり俺はツッコミなんだね」
「そんなん今更」
「ところでさっきの名前だと、俺ら二人でひとつだよね。……そういう人?」
「えっそんないろんな方面にケンカ売るようなこと出来ない」
やっぱりコンビ案は却下で、と言うと、無難だね、という評価をいただいた。
「そもそも俺は面白くないよ」
いや十分面白いけど、とはなんとなく癪だから、言わないでおく。
「オトー様って、アレでいて案外ノリがいいわヨネ」
パイを食べながら、アキラとリンスのやり取りを見ていたアリスが呟いた。
「つきあいがいいのよ」
「ナルホド」
クロエの言葉に頷いて、次から次へとパイを食べる。
「よくたべるのね」
「美味しいんだモノ。オネー様って天才?」
「みんなでつくったから、みんなてんさいよ」
「類は友を呼ぶ?」
「どうかしら?」
はい、と小さなコップにジュースを入れたものを差し出してもらったので、飲み。
ふうっと一息つくと、なんだか眠くなってきた。おなかも膨れたし、満足したのかもしれない。
「ねむる?」
「ちょっとネ」
ころりと横になる。と、すぐにうとうとまどろんできた。
「オネー様」
「なぁに?」
「歌、歌っテ」
「あまえんぼー」
「妹だモノ」
くすくす、さえずるように笑う声と共に聞こえた歌声は、とても綺麗で。
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