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5


 せっかくハロウィンパーティに招かれたのだから、とハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)若松 未散(わかまつ・みちる)に用意した仮装衣装は、ミニスカートワンピースの魔女っ子衣装だった。
「……幼くないか、これ」
 鏡に映った自分を見て、未散は苦い顔をする。
 ただでさえ幼い容姿をしているのに、こんなものを着たらもっと幼く見えるのではないか。
 ――でも、ハルが選んでくれたしなあ……。
 そう思うと、無碍にも出来ず。
「ていうかハルはなんで仮装しないんだよ」
「保護者ですからな!」
「納得できない……」
「まあ仮装しなくとも吸血鬼ですし。溶け込めてはいますぞ?」
「んー、……んー。確かに」
 暗い色の外套を羽織れば、それだけでさまになる。
 ならばもうこれでいいか。開き直り気味に未散は思った。これ以上ぐだぐだしていても、パーティに参加できる時間が少なくなるだけ。
「行くぞ」
「いざ!」
 家を出て、向かうはヴァイシャリーの人形工房。


 工房に入り、棚に並んだ人形を見て。
「お前って、……」
 未散は思わず感嘆の息を吐いた。
 思っていたよりもすごかったからだ。アンティークドールさながらの細密なものから、愛くるしいマスコット。
「?」
 不自然に言葉を切った未散へと、リンスが視線を向けてくる。それに気付いたが、続く言葉が思いつかない。
 すごいな、じゃ軽い気がするし、天才、と言っても首を傾げられそうだし。
「……や、すごいよ。うん」
 結局適切な言葉が見つからず、そこに落ち着いた。だけどリンスはふっと笑んで、
「ありがと」
 と言ったので、まあ悪くない言葉の選択ができたのだろう。
 パーティの中心は食べ物が置いてあり、かつ主催のクロエがいるテーブル周りにあり、陳列棚を眺めていると喧騒から置き去りにされているような錯覚を受ける。
「いいの? 楽しんでこなくて」
「いいんだよ。私はお前が作った人形を見せてもらいたかったから」
「何でさ」
「前に落語を見てもらっただろ? あれは私の芸。だから今度はリンスに見せてもらいたかった」
「なるほど」
 それに、リンスに訊きたいことがあったのだ。できれば二人きりで。
「あのさ」
「ん」
「おまえは、姉さんにちゃんと会えたのか?」
 お盆の日。
 未散の言葉を受けて、リンスは姉に会う決断を下した。
 だけど会えたのかどうかは、当事者でない未散にはわからなかったから。
「会えたよ。おかげで後悔しないですんだ。ありがとね」
「や、私は別に、何も……っていうか、礼を言うのは私の方だぞ」
 あのあと、人づてに聞いた話で。
 お盆に死者に逢えたのは、リンスの作った人形があったお陰だと知った。
「……お前が、協力してくれていなかったら……今の私は、ないから」
 あの日を境に、未散は変わった。
 人見知りもだいぶ克服できたし、自分で言うのはなんだけど、性格も明るくなったと思う。
 誰かに対して隠し事をすることもやめたし、何かに縛られたり囚われたりすることもやめた。
 ――ていうか……リンスに会えたから、私は変われたのかもしれない。
 もしもあの時病院で、会わなかったら。
 今頃どうしていただろう?
 想像もつかないけれど、今より良いとは思えない。
「本当に、感謝してるんだ。これでも。……ありがとう」
「やめて、照れる」
「照れろ照れろ。私だってこうやって直接礼を言うの、なんかすっごい恥ずかしいんだからな」
「二人して照れてたらなんかおかしいじゃない」
「まったくだ」
 笑い合い、さて、と未散は視線を移した。
「世間って、狭いんだな」
 視線の先には、従業員として働いている衿栖の姿。
「親友なんだ、私たち」
「へえ」
「ちょっと話してくる」
 ひょいと抜けて、レジに立つ衿栖に耳打ち。
「衿栖って、リンスのこと好きなの?」
「!!!?」
 あまりにも唐突で、あまりにも直球な問い。
「な、な、え、な……」
「落ち着けって」
「いや、だっ……な、どうしてそうなるのよ!」
「見てたらわかった」
 だって、話をしている最中ずっとこっちを……というか、リンスを見ていたから。
 もしかしてそうなのかな、という半信半疑程度の気持ちでカマをかけたらこの反応。好きじゃないという方がおかしいじゃないか。
 衿栖は、顔を真っ赤にしてあうあうと挙動不審になっている。いくら図星だったとしても、ここまでわかりやすい反応をするとは。
「ていうかなんで隠すんだよ」
「な、なんでって、だって」
「はっきり言わないとあいつは一生気付かないぞ?」
 絶対鈍いし、絶対天然だし!
 小声で、けれども語気強く言うと、「わ、わかってるけど〜……」と歯切れ悪く衿栖が言った。
「でも、それで関係を崩しても嫌だし……リンスのこと気にしてる人、多いし……」
「遠慮してるわけ?」
「じゃ、ないけど。……でもあいつ、言っても気付いてない節があるのよね……」
「……あー」
「鈍い、どころじゃなくて、超がつくくらいの鈍さなの」
「変なところで鋭いくせになあ……」
「だから嫌になるのよ。……このこと、誰かに言わないでね?」
「そんな趣味の悪いことしないよ」
 慌ててかぶりを振って言うと、衿栖がほっとしたように息を吐く。
 と、ハロウィン人形を買い求めにお客さんが来たので、営業妨害にならないようにと未散はまたリンスのところに戻った。
「お前ってさ、何気モテるよなあ」
「モテ?」
 ――あ、やっぱり自覚なし。
 こりゃ相手も大変だろうなあ、と苦笑じみた笑いを浮かべると、より一層リンスは怪訝そうな顔をしたのだった。


「盛況ですな!」
 おかげで様々なところで手が足りてなさそうだった。
 最初は、お茶を入れたり焼けたケーキを運んだり、とパーティの手伝いをしていたのだが、レオンに呼ばれて店番を手伝うこととなった。
 衿栖と共に店番を務める中、気にしてしまうのは未散のこと。つい、探してしまう。
 未散を見つけたとき、彼女は楽しそうに笑っていた。いろんな人と打ち解けているようだった。
 ――ああ。
 ――変わったんですね、未散くんは。
 見て、改めて思った。
 知らない人とも、あんな風に笑えるようになるなんて。
「感極まりますなあ……」
 しみじみ、こぼす。ハルの言いたいことがわかったのか、衿栖がそうですね、と小さく頷いた。
「過保護でしょうか、わたくし」
「こんなものなんじゃないですか? たまにレオンも過保護になりますよ」
「ははは。なら、安心ですな」
 誰しも、大切な相手のことは気にかけてしまうのだ。
 別に、過保護でも、特別なことでも、ない。


*...***...*


「ドラゴンに真っ先に触ったのはクロエちゃんだったんですよ」
「へえ? そうなんだ」
「ええ。だから驚いたりしたものです」
 志位 大地(しい・だいち)は、少し前にイナテミスファームであった出来事を話していた。
「クロエの主観からしか聞いたことがなかったから。人から聞くとまた面白いね」
 リンスがそう言って、クロエの頭を撫でた。得意げにクロエが胸を張る。
「白菜は重かった?」
「へいきよ!」
「おや、頼もしい。では、またああいった機会があったら来てくれますか?」
「! 行ってもいいの?」
「もちろんです。企画はしているんですよ」
 農業体験か、収穫祭か。そういったイベントがあっても楽しいだろう。
「その時はリンスくんも……というのは無理ですね、ええ無理そうですね」
「自己完結しないでよ」
「なら来てくれるんですか?」
「……最近出歩けって言われてるし、行かなくはない、かも」
 これまた意外な反応に、思わず目を見開いてしまった。
「変わりましたねえ……」
「そんなまたしみじみと」
「言うほどのことですから。……そういえば最近瀬島さんを見かけませんね」
「バイトが忙しいんじゃないの?」
「紺侍くんのところにでも行ってるのかな」
 ふっと呟いた言葉に、ああ、とリンスが頷いた。
「言われてみればそうかもね」
「あの二人って、結構似たもの同士だと思うんですよね」
「そうなの?」
「そう思いませんか?」
「俺、紡界のことはよく知らないからなあ、なんとも」
「俺は、似てると思いますよ。
 まあ何にせよ、あっちも楽しめてるといいですね」
 他愛のない話をしている最中、ふっと視線を感じた。
 顔を上げると、衿栖がこちらを見ていた。いや、大地ではなく、
 ――はあ、なるほど。
 ちょっと失礼、と席を立ち、大地は衿栖の許へと向かう。
「茅野瀬さんって、リンスくんが本当に大好きなんですねえ」
 そして、しみじみと言ってみた。みるみるうちに衿栖の顔が赤くなる。
「なっ、だっ……だからどうして志位さんも未散ちゃんも私とリンスをくっつけたがるのよ! 別にっ、そういうのじゃないんだから!」
 声を張るものだから、リンスが顔を上げて衿栖を見た。目が合う。と、衿栖は「知らない!」と顔を背けた。
 これはまた面白い、と微笑んで、
「応援してます」
「結構ですっ!! 本当そういうんじゃないんだから!!」
 囁いたら怒られてしまった。
「何怒られてるの」
「人の恋路に踏み込んだ結果、ですね」
 笑ってみせると、リンスはよくわかっていなさそうな顔で首を傾げる。
 リンスくんのことですよ、と言ってやっても、きっと同じような顔をするのだろうなあ、と確信していたので、それ以上は何も言わなかった。