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【2021クリスマス】大切な時間を

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第7章 クリスマスのケーキ

「普通にフェアやってますね。良かった……」
 空京の商店街に入った関谷 未憂(せきや・みゆう)は、ほっと息をついた。
 数週間前の、数時間。
 空京は大混乱の極みにあった。
 目に映る範囲では、その時の傷跡はない。
 街は活気にあふれていて、人々の顔は明るかった。
(せっかくのクリスマス、どの人も楽しく過ごせますように)
 そう願いながら、未憂は待ち合わせの場所に急ぐ。
 今日の未憂は、タートルネックに深い緑に花の刺繍の入ったワンピース。
 タイツにブーツ。
 ハーフコートにマフラーを巻いた姿だった。
 声をかけてくる軟派な青年に気づきもせず、約束の場所にまっしぐら。
「あれ……? 先輩?」
 一瞬、自分の方が早く着いたかと思った。
 約束の時計台の前に、待ち合わせの相手――高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は先に到着していた。
 だけれど、彼は見慣れたラフな格好ではなくて。
 Yシャツにスーツ。そして黒色のコートを纏っていた。
 ネクタイはしていないが、パリッとした……そう、いつもと違う凛々しさを感じる格好だった。
「あ、待たせてすみません、そういう格好も似合いますね」
 未憂は普段とは違う悠司の姿にびっくりしながら、微笑んだ。
「いえいえ、お嬢様をこの寒空の下待たせるわけにも行きませんよ」
 胸に手を当てて礼をして。
「さあ、参りましょうか」
 悠司は。彼女の背に手を回し、エスコートするかのように歩き出そうとする。
「ぷっ……先輩ってば」
 驚きの表情を浮かべた後で、未憂は笑みを浮かべた。
「あ、やっぱり似合わない?」
 悠司はいつもの口調に戻って、手を下す。
「いえ、似合ってますよ、去年もらった懐中時計が似合いそうですね」
 でも、紳士、淑女として過ごすのは、高級レストランにでも行った時に、ということで。
 今日は普段通りの2人で、商店街を回ることにする。

「で、何を買うんだ?」
 歩きながら、悠司が未憂に尋ねる。
 一緒にのんびり日常を過ごすことと。
 買い物をする未憂に付き合うことが、今日、空京に訪れた目的だった。
「浮遊要塞が来た時、パートナーがかなり無茶な事をして……」
 数週間前、浮遊要塞アルカンシェルが空京に迫り、攻撃を仕掛けてきた。
 その時、未憂とパートナーは、イコンに乗って要塞を止めるために加勢したのだけれど。
「今は留守番してるんですけど」
 未憂はふうとため息をついた。
「あー、あの魔女っ子か。確かに未憂よりかは荒事向いてそうだわな」
「はい……。振り回される事も多いけど、あの時ちゃんと守ってくれたんです。だからそのお礼というか、なんというか」
 雑貨屋に入った未憂は、カップや湯呑を手に取ってみる。
「つーか、あいつは割と厄介ごとに自分から首突っ込んでるイメージがあるんで、未憂を守るのは当たり前な気もすんな」
 未憂のパートナーを思い浮かべながら、悠司はそう言った。
 未憂の見ていないところでも、彼女は結構やんちゃしているから。
「先輩もパートナーに対してそういう事ないですか?」
「ん? あー、どーなんだろーな。あんま守られたって記憶はねーけど。ただ、戻る場所って感じはするかね。いや、変な意味じゃねーけど」
「変な意味、じゃないんですね」
 軽く未憂は笑った後、大きなサンタ熊のぬいぐるみを抱き抱える。
「クリスマスは誰かのサンタになる日だって聞いた事があります。だから今年は、パートナーにとってのサンタクロースになろうと思ったんです」
 そして、サンタ熊をぐいっと悠司に押し付けてみる。
「先輩も良かったら一緒に」
「いや……サンタって柄じゃねーけど」
 悠司は熊は押し返しつつも、店内をきょろきょろと見回しだす。
「一応見繕ってみるかね」
「はい! ええっと、私のパートナーへは食べ物がいいかなって思うんです。でも、ここで買いたいものもあって」
 そう、未憂が悠司に背を向けて商品に目を向けた時。
 悠司は棚に手を伸ばして、アクセサリーを一つ、手に取った。
「おーい、ちと合うか試すから動かねーでくれー」
 そう言うと、未憂の首にシルバーのネックレスをかけて、首の裏で留めた。
「おー、似合う似合う」
「えっと、リン達にはちょっと大人っぽすぎるかな?」
「いや、パートナーへじゃなくて、未憂にだから、それ」
 俺からのクリスマスプレゼント、と悠司は続けた。
 途端。未憂の顔に今日一番の笑みが広がる。
「ありがとうございます! 私からは、これを」
 未憂は用意してあった袋を、悠司に差し出す。
「『厄介ごとに自分から首突っ込んでる』のは、先輩も同じ気が……?」
 笑う未憂に「そうか?」と言いながら、悠司は袋の中身を確認。
 中には手袋が入っていた。
「去年もらったマフラーと合いそうな色だよな。サンキュー」
「はい、私も……ってまだ会計済んでないですけれどね、これ」
 未憂はネックレスに触れながら、また笑みを浮かべる。
 棚に置かれている鏡には、未憂と後ろに立つ悠司の穏やかな顔が写っている。
 仲の良い恋人同士のように。

 チョコレート専門店の一番大きなチョコレート詰め合わせと、お菓子作りの本と。
 手作りケーキの材料を、未憂は購入した。
 悠司も菓子の詰め合わせを購入して、それから一緒に喫茶店で休憩をすることに。
「あ、今年もそれか。なんだっけ?」
「ブッシュ・ド・ノエルです」
 未憂が選んだのはやっぱりブッシュ・ド・ノエル。クリスマスだから。
「切り株ケーキか、おしゃれだねぇ」
「先輩もどうぞ」
 未憂は食べる前に、切り分けて悠司へ皿を差し出す。
 悠司はフォークで一切れ刺して、先にぱくりと食べてみる。
 勿論、甘くてとても美味しい。
「んで、これって元々クリスマス用なの? 実は由来とかしらねーんだけど」
「ええ、由来には色々な説があるみたいで、私も詳しくは知らないんですけれど……」
 未憂はケーキを頂きながら、自分の知っている限りの由来を悠司に話していく。
 楽しそうに、美味しそうに食べて話す未憂を見ながら、悠司もなんだか感慨にふけていく。
 ブッシュ・ド・ノエルと並ぶ彼女の姿を見るのも、この時期だけだよなと。
 去年は……そう、彼女の手作りのブッシュ・ド・ノエルを食べたんだっけなと。
「先輩と話すきっかけになったのが蒼空学園でのクリスマスパーティ。なんだか不思議な縁ですね」
 未憂がくすりと笑みを浮かべた。
「まあ、そうだね。俺も食っとくか」
 言って、悠司もブッシュ・ド・ノエルを注文して。
 一緒に、お洒落で甘いケーキと、穏やかな時間を。
 今年も、ゆっくりと堪能した。