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リアクション
■ 主と執事 ■
これまではタイミングが合わずに、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)と沢渡 真言(さわたり・まこと)は一緒に地球に里帰りしたことはなかった。
今回初めてそれぞれのパートナーを連れて一緒に帰ることが出来たのだけれど、ただ楽しみに帰省、とはいかない。
のぞみはこの帰省の少し前、『トッドの部屋』に出演した。
そこでトッドさんにインタビューされ、のぞみはテレビを通じて真言との主従宣言をしたのだった。
地球での人気番組であり、のぞみは両親にもこの番組に出演することを連絡した。だから恐らく……いや確実に、のぞみと真言のことは三笠家にも沢渡家にも知られるところとなっているだろう。
レディのたしなみとして、トッドさんは誰がのぞみの執事なのかは聞かなかったが、2人を知っている人が聞けば、それが真言なのは間違いようもない。
「父さんは、三笠家の……自分が仕えている家の娘さんと勝手に約束を交わしたことを許さないでしょうね……」
真言は重いため息をついた。
子供のすることだと、ただの遊びだと言われてしまうかも知れない。
そしてまた、のぞみの父がどう反応するか、全く読めないのも真言の不安をかき立てた。
不安げな真言を、のぞみはいつものような笑顔で励ましてくれる。
「大丈夫。きっとなんとかなるよ。もしなんとかならなくっても、真言があたしの執事であることは変わらないんだから」
そう言ってくれるのぞみだからこそ、双方の親に認められた正式な主従となりたい。
真言の肩には、知らず力が入るのだった。
玄関に着くと、のぞみと真言はまた後で、と別れた。
三笠家令嬢であるのぞみとそのパートナーであるミツバ・グリーンヒル(みつば・ぐりーんひる)は玄関から。真言とユーリエンテ・レヴィ(ゆーりえんて・れう゛ぃ)、沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)は使用人が使う裏の入り口から。
同じ家に入りはしても、その立場の違いは明確だ。
「ただいま帰りました」
父の沢渡 隆はどう反応するだろう。お帰りぐらいは言ってくれるだろうか。
内心びくつきながら真言が帰宅の挨拶をすると、隆は落ち着いた声で、おかえりと挨拶を返してくれた。
「真言、長旅の疲れもあるでしょうが、まずは説明を聞かせてもらいましょうか」
隆自身は前の帰省でのぞみと真言のことには気が付いていたけれど、真言の口から報告させるのがけじめというものだ。
真言が簡単な経緯を添えて、のぞみの執事となったことを報告すると、隆はそうでしたかと頷いた。
「執事となる者ならば当然知っていなければならないことですが、物事には守らねばならない手順と筋があります。今回の事ならば、何より先に正式な話を三笠家にしておくべきでした。その手順を踏む前に大々的にマスコミの電波にのってしまったのは、執事の不手際と知りなさい」
「申し訳ありません……」
真言は反論も無くうなだれた。
そんな娘に隆は微苦笑を向ける。誰かの執事になろうと望む想いの強さは知っているつもりだ。しかし、正式な話の前にインタビューで三笠の面々にばれてしまったことは、隆にとっても頭痛い。
形として決まり切った小言を言い終えると、隆は真言に衣服を改めてくるようにと命じた。
三笠家でも必ずのぞみに事情を問いただすことになるだろう。その際、真言に茶を運ばせることにする。その為にも長旅の埃をきっちりと落とし、執事として恥ずかしくない恰好をしておくようにと。
「のぞみ、だいじょうぶ?」
これから父の三笠 能と話をしに行くのぞみを、ミツバは心配そうに見上げた。
のぞみは何回か深呼吸すると、よし、と覚悟を決めた。
「行ってくるね」
真剣な表情で談話室に入ってゆくのぞみを見送ると、ミツバは廊下をうろうろと歩き回った。
ミツバはこの家の庭で拾われ、助けられた。その後のぞみと契約して、パートナーの中では一番長くいっしょにいるけれど、自分ではのぞみを助けてあげられないこともたくさんある。
「うぅ……心配です……」
今もミツバはのぞみを助けて能と対決することは出来ない。
ミツバに出来るのは、こうしてのぞみを想って待っていることだけだ。
待っていると不安になってくるけれど、のぞみが安心できるように、自分はにこにこして居よう。絶対に上手くいくと信じて待ち続けよう。
「のぞみ……頑張って下さい」
じっとしていられなくて、でもここから立ち去れなくて。
ミツバは猫を抱えて、廊下を行ったり来たりを繰り返す。
そうしていると、今度は真言たちがやってきた。
「……失礼します」
お茶の用意をした真言と、それに付き添う隆が部屋に入り、ユーリエンデはその場に残る。
「マコトがマコトのパパとのぞみとのぞみのパパさんと『シュラバ』なんだって、マコトのママさんが言ってたよ」
真言の母沢渡 史織と隆寛がお茶を飲みながら喋っていたのを聞きかじり、どうしよう、とユーリエンデはミツバに憂いの目を向ける。
「マコトが契約者になってパラミタに行ったのって、ユーリのせいだもんね。だから、マコトがなにか酷いこと言われてたら、全部ユーリのせいなんだって、パパに言わないと!」
思いあまってドアに手をかけようとするユーリエンデを、ミツバは慌てて止めた。
「今入ったらお話し合いの邪魔になってしまいます。もうしばらく……ここで待ちましょう」
「うん……。のぞみのパパさん、マコトをあんまりいじめないでね」
ミツバにいさめられたユーリエンデは、拝むようにドアに向けてお願いをするのだった。
一方、談話室内では。
のぞみは能に、真言と主従になったことを改めてきちんと報告した。
その途中で失礼しますと真言と隆がお茶を持って入ってくる。
緊張で震えそうになる手を必死に励まして真言は能とのぞみの前に紅茶を出すと、そのままのぞみの傍らに残った。
隆は自然に能の斜め後ろに立ち、静かに控える。
のぞみはちょっと真言と隆に目をやった後、話を続けた。
「パラミタではそれぞれ別に行動することも多かったけど、だからこそ、あたしが真言の主になろうって決意することが出来たんです。それは、ここにいて流されるように主になるよりも、ずっと良かったんだと思う」
のぞみと真言はそれぞれの理由でパラミタ行きを決めた。自分の目標に向けてそれぞれの冒険をしているから、前みたいにずっと一緒にいるということはなくなったけれど、離れた上で多くのことを考えて、そして決断出来たのだとのぞみは能に説明した。
「いきなりの宣言になったことは悪かったと思ってる。でもあたし、真言の主になる。そう決めました」
のぞみがはっきり言い切ると、ふむ、と能は顎に手をやった。
真剣すぎて涙ぐんでいるのぞみ。蒼白な顔でその傍らで成り行きを見守っている真言。
掛けすぎるぐらいたっぷりと時間をかけて2人を観察した後、能はぐっとのぞみの方へと身を乗り出した。
「主であることは簡単なことでは無い。人一人の時間、人生を掛けてもらうに足る存在でなければ、主などと名乗るのもおこがましい。――のぞみ、おまえは主であるにふさわしく生き続けることができるのか。本当にその覚悟があるのか?」
そう言う能とて、かなり執事の隆に迷惑をかけ通しなのだが、そんなことは堂々と棚にあげてのぞみに厳しく問うた。
「あたしは……」
のぞみは自らの心に確認してみる。自分は真言の人生を掛けて仕えてもらうに足る主となれるだろうか。
「……あたしひとりじゃダメかもしれない。だけどあたしには真言が居る。ひとりじゃ出来ないことでも、真言やパートナーたちが居てくれるから、きっと出来る。主として恥ずかしくないような錦を飾ってみせる!」
たとえそれがどんなに苦しい道であっても、とのぞみが続けると、能は実に満足そうな顔つきになった。
「うむ、よろしい。おまえが沢渡のやちいさいのと共に苦難の道を進むというなら、俺にはもう言うことは無い。進むが良い。そして進むからには自分だけでは到達出来ぬ高みを目指すが良い」
「お父さん……ありがとう!」
「三笠様……有難うございます」
飛び上がって喜ぶのぞみの横で、真言は深々と能と、その横でほっとした色を目に浮かべている隆へと頭を下げたのだった。
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