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地球に帰らせていただきますっ! ~4~

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地球に帰らせていただきますっ! ~4~

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 ■ いってらっしゃい ■
 
 
 
 二度と帰らないつもりだった。過去は棄てたつもりだった。
 なのに何故か来ないといけないような気がして、教会兼孤児院となっている自分が育った場所に帰ってきてみれば。
(虫の知らせって言うんですかね)
 こんなことだろうとは思っていたけどやっぱりそうだ、と坂上 来栖(さかがみ・くるす)はベッドに横たわるアンナ・ヴェルナーを見た。
 
「アンナ……」
 老いて目も見えなくなったであろうその顔は、それでも彼女だとすぐに分かる。
 年齢がその顔に皺を刻んではいたけれど、アンナはやっぱり綺麗だった。
「ここに案内してくれた人、娘? 孫かな? 貴女にそっくり。一瞬びっくりしちゃいましたよ……」
 年上だったとはいえ、もうそんなに経つのかと来栖は流れた年月を思う。
 来栖の声を聞き分けて、アンナはゆっくりとこちらに顔を向けた。
「クロス君? 帰ってきたの?」
 それはかつての来栖の名前。
「……うん、ただいま……」
「こんなに長く留守にして、心配したのよ」
 そう言うアンナの表情は優しいままで、今の来栖の姿に驚く様子は無い。やはり見えていないのか。
 自分の今の姿、何が起きたかは気づかれないままでいい。聞かれても来栖もうまく答えることは出来ないだろうから。
「あれから随分時間が経ったけど、ここ何も変わってないのよ。お父さんの時のまま、皆仲良くしてるわ」
 アンナの言う『お父さん』という言葉に反応して、来栖はわずかに身を固くした。
 
 今はこの孤児院はアンナが経営しているけれど、来栖がここにいた頃は『お父さん』が経営者だった。
 その『お父さん』は2人を守るため、モンスターと戦って死んだ。
 来栖がここを出ていったのは、その死に責任を感じたのもあるけれど、そんな綺麗なことじゃない。
(後ろめたくて、ただ自分が憎くて、あいつが憎くて、それで此処を出ていったんだ……)
 来栖が出て行ったあの時、その背にアンナは不安混じりの言葉をかけた。
「どこに行くの?」
「…………」
「……いってらっしゃい」
 それに対して何一つ答えることなく、黙って出ていったあの日――。
 遠いけれど、ついこの前のような記憶でもある。
 後悔は何度かした。
 けれどもう戻らないつもりだった。
 自分のことも忘れてくれれば良いと思っていたけれど……でもこんなになってもアンナは来栖を覚えていた。
 そのことがなんだか辛くて……嬉しかった。
 だからせめて最後は見届けよう。自分の仕事をしよう。
 
 ぽつりぽつりと今までのことを語った後、
「ふふ……ちょっと疲れちゃった」
 アンナはため息のように笑った。
「疲れたんなら少し休みなよ、まだ……此処にいるから」
「そうね……」
 頷きながらもアンナは、これだけは言っておかなければというように言葉を続ける。
「何があっても私にとって……クロス君はずっと……クロス君なんだから……私もお父さんもいつも待ってるから……また……帰ってきて……ね……」
 アンナの声は急速に弱くなってゆく。最後はもうほとんど囁き声だ。
「……そうだね。またいつか帰ってくるよ」
「……いってらっしゃい……」
 それは来栖がここを出ていった日、最後にアンナが投げかけた言葉。
 来栖はあの時言えなかった言葉でそれに答える。
「いってきます」
 来栖の答えを聞いて、アンナは微笑んだ。
 そして……長い息をひとつ吐き……その呼吸を止めた。
 安らかな表情のアンナの頬に、来栖はそっと手を触れる。
「……いってらっしゃい……アンナねえさん」
 
 
 アンナを看取ると、後のことをここに案内してくれた子に頼み、来栖は教会をあとにした。
 誰も連れて来ないで正解だったと思う。
 身内を送るのがこんなに堪えるなんて。
 今の自分はきっと醜い顔をしている。こんな情けない姿、誰にも見せたくは無いから。
「ハァ……」
 胸の奥に詰まった重い物を吐き出そうとするように、来栖は息をつくのだった――。