天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

地球に帰らせていただきますっ! ~4~

リアクション公開中!

地球に帰らせていただきますっ! ~4~

リアクション

 
 
 
 ■ 自身の墓標 ■
 
 
 
 2022年が始まろうとしている。
 
 ブラジルにやってきたアルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)たちは、新年のカウントダウンが行われている街から少し離れた丘にいた。
 海辺ではうるさいほどに花火が上がり、白い服を着た人々が手にした7本の花を1本ずつ投げながら、ぴょんぴょんと7つの波を飛び越えるという新年の行事をしている。波を飛び越え終えた後は、決して海に背を向けてはいけない。家までは後ずさりして帰るのがしきたりだ。
 花火の音。
 その合間に聞こえてくる人々の歓声。
 ブラジルの新年は実に賑やかだ。
 
「ねぇ、あのバカ地祇1人で大丈夫なの?」
 さっきから親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)の姿が見えないことを気にして、ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)がアルテッツァを振り返って尋ねる。
「ヨタカなら大丈夫でしょう。この年越しの花火が乱舞する街中を、『楽しそうだぎゃ』と言って走り去って行ったんですから」
 新年を迎えて皆が浮かれている。こんな時なら夜鷹が走り回っても気にする人もいないだろう。
「あっ、そ。まあ新年だものね。アタシたちが白い服を着ているのもブラジル流の年越しの為なのね」
 アルテッツァに言われて白い服を着てきたレクイエムが納得したように言った。
「それもありますが……白い服を着るにはもう1つ、理由がありますよ」
「もう1つ?」
「ええ。誰もいない墓に来たのは、もう一度過去の自分と向き合いたかったからです」
 丘に立つ墓標をアルテッツァは見つめた。
 ひっそりとそこにある墓は……自分のものだ。
「『自分の墓参り』だなんて、面白いことするのねぇ、ゾディ」
 物好きな、と言わんばかりの様子でレクイエムが笑った時。
「……フェルナンド坊ちゃま?」
 背後から掛けられた控えめな声に、アルテッツァは弾かれたように振り返った。ここでその呼び方をするのは……。
「ロベルト……いや、『父さん』帰って参りました」
 言い直すアルテッツァにロベルト・ゾディアックはやはりそうでしたか、と懐かしそうな表情を向けた。
「お帰りなさいませ、フェ……いや、お帰り、『息子』よ」
 不自然にそう呼び合って黙りこむ2人を見やって、レクイエムが言う。
「アタシがディテクトエビルかけておくから大丈夫よ。話したいこともあるでしょ。2人とも黙ってないで自由に話したら?」
「……ヴェル、ありがとう。彼が警戒している間は大丈夫ですよ、ロベルト」
「そう、ですか」
 ロベルトはまだ幾分警戒を解かぬまま、アルテッツァに尋ねる。
「坊ちゃま、こちらの御仁は?」
「アタシ?」
 答えたのはアルテッツァではなくレクイエム本人だった。
「アタシは……この子がお屋敷から出るときに持っていた『あのスコア』よ。パラミタの大地では、アタシみたいな存在が生まれるの。魔道書、って言う種族よ、覚えておいて」
「ああ、だからヴェル、なのですね」
 ロベルトは得心した様子で肯いた。
 
「ロベルト、ボクの生家は跡継ぎがいなくなったと聞きました。あの醜い跡目争いから逃れるために、ボクはヴェルのもとになったスコアだけを抱えて『旅芸人の一座』に逃げ込んで……」
 あれから何年経ったのでしょうかとアルテッツァが問えば、ロベルトは視線を遠くに飛ばしてその月日を数える。
「争いから逃れるためにお屋敷を離れてから10年。それから、反坊ちゃま派が『あの一座』に襲撃してから、さらに10年以上……」
 ロベルトの答えに、もうそんなに、とアルテッツァは驚いた。光陰矢の如しとは良く言うけれど、自分がアルテッツァになってからもうそんなに時が経っていたのか。
「そうだ。アルトはどこにいるんですか? 彼は生まれつき身体が弱かったから今でも心配で……」
「アルト……私めの息子『アルテッツァ』ですか? それでしたら……坊ちゃまの墓の下で眠っております」
「……え?」
「襲撃の前日、アルテッツァは持病を悪化させて眠るように息を引き取りました。その直後に坊ちゃまからの連絡があったので……」
 ロベルトの説明にレクイエムは、なぁるほどね、と呟いた。その時に彼の戸籍とアルテッツァの戸籍を交換したのだろう。
 けれどアルテッツァのほうは驚愕した。まさか自分の知らない処でそんなことになっていたとは。
「そんな……。それではボクが彼の名前を使って天御柱学院に行くことが出来たのは……?」
「そういった事柄は、私めは『存じ上げません』ので」
 ロベルトは慇懃に答えた。
「存じ上げません、ですか……いかにも『父さん』らしいですね」
 アルテッツァは苦笑すると、それでは、と姿勢を正した。
「では『旧友』の墓参りも済ませたことですし、ボクたちはこれで失礼します」
 墓に背を向けて、アルテッツァは歩き出す。
(昔のボクは、今日向かい合う前に、既にこの世から無くなっていたんですね。過去のボクを示すものは、『彼女』にあげた名字だけになってしまいましたか)
 ならば自分は、名前をもらった旧友と、名字をあげた『彼女』のためだけに、これから先も生きていくことにしよう。
 
 丘に立つ墓碑に刻まれた名は、『アルトラギッレ・F・ハヤシダ』。
 自分であり友であり彼女であり過去でありこれからでもある。その墓碑を背に踏み出した足を、アルテッツァはしっかりと進めてゆくのだった。