|
|
リアクション
■ 『誰か』との時間 ■
ふわっと身体が揺れるような感覚に、七刀 切(しちとう・きり)は目を開けた。
新幹線の座席でぼんやりしているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
一体どのくらいの時間眠っていたのだろうと見回せば。
……誰もいない。
この車両に乗っているのは、切ただ1人。
「寝過ごした!?」
一瞬ひやっとしたけれど、すぐにそうではないと思い直した。
何かが違う。どこかが違う。
この肌に感じる空気の違和感は何なのだろう。
と……。
前の座席からすうっと登るように、『誰か』が顔を出した。
切と目が合うと、『誰か』はニヤニヤと笑った。
――嫌だ。
その『誰か』はすごく、嫌だ。
まるで昔の自分を見ているようで吐き気がする。
――こっちを見るな。
けれど『誰か』はこちらに乗り出すように顔を突き出し、寝過ごしたなんて台詞を言えるようになるとはなぁ、と喉で笑う。
『昔は親以外の前じゃ寝ることすらできなかったってのに』
――どうして知っている? 誰なんだ?
その問いには答えず、そいつは逆に問いかけてきた。
『親殺しの味はどうだった?』
――最悪。それを皆に隠してることは?
『最低だな。じゃあなんで笑ってられる?』
――最悪で最低なのにどうして笑える?
そんなことは決まっている。
『楽しいからだ』
――友だちや仲間と過ごす毎日が楽しい。
皆良い人たちだから笑いあえる。……俺にはそんな資格は無いっていうのに……。
『資格がない? 本当に?』
――ああ。
『じゃあその資格は誰からもらえる? 友か、師匠か、親か?
友とは今だって笑いあえてる。資格など必要ない。
師匠からその資格とやらを貰えたら、はいそうですかとお前は笑えるのか?
親から……死んだ相手からどうやって資格をもらうつもりだ?』
――それは……。
『結局、資格を与えられるのは自分自身でしかないよ』
他の誰がおまえには資格があると言っても信じられない。その資格を与えられるのは、自分が笑い合うことを許すことが出来るのは、自分自身でしかない。
『死んだ人間を理由に、お前は前に進むのを怖がってるだけだ。
だけど――もういいだろう?
お前の周りには支え合える人間がたくさんいるんだから』
そう言われて思い出す。昔、両親に教えられた言葉。
――『死と向き合え、罪を実感しろ。その上で誰かを助けた自分を許してやれ』
どうしようもない罪にまみれた自分たちを許すための言葉。
『懐かしい教えだな』
『誰か』は僅かに目を細める。
決して胸を張れる仕事ではなかった。人殺しという罪にまみれていた。
でも。
それでも誰かを救えていたのだ。
――俺は、俺を許していいのか?
そう尋ねると、目の前の『誰か』はゆっくりと表情を緩め、そして少しずれた答えを返してきた。
『前に進めることを祈ってるよ、“俺”』
あぁ、そうか。やっと腑に落ちた。まだ全部を許せたわけじゃないけど、でもお前に祈られたら仕方ない。
――頑張ってみるよ、『俺』
それが、夢の中の最期の言葉だった。
目を開けると、そこはまだ新幹線の中だった。
ざわざわとした乗客の気配、子供のぐずる声と宥める母親の声、どこかであがる笑い声。
まさしくここが現実だと感じられる。
「……パラミタでもないのに不思議な夢を見たもんだ」
夢の内容の全部を覚えているわけではなかったけれど、何があったのかは何となく記憶に残っている。
会うはずのない人と会えるのも夢ならではか。
ユーリウス・シュバルツシルト。
過去に置いてきたはずのその名を呟くと、切は笑った。
いつもよりずっと……
心深くから笑えた――。