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空に架けた橋

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空に架けた橋

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「修理用の資材も必要だけれど、やっぱり一番必要なのは時間。その次が人員ね」
 操縦室のコンピューターを前に、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が言った。
 制御室が無くなってしまった今、要塞内の全ての場所の情報を集められるのは、彼女のいる操縦室だけだった。
 月への往復中も修理を行ってはいるが、パラミタにいる時ほどの作業員はおらず、載せられる資材の量も限られている。
「月軌道上では派手にやられてしまいましたからね……。アルカンシェルを手に入れた時も、上部が吹き飛び、外壁やバリア発生装置もいくつか壊れていて、とても良い状態とは言えませんでしたが、その状態より今は更に悪い状態です」
 フレデリカの隣で、一緒に資料をまとめながらルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が言った。
 ルイーザはちらりとフレデリカを見る。
 彼女は自分の視線には気づかずに作業を続けている。
 ルイーザはほっと息をつく。
 彼女が大荒野の格納庫に行くと言いだしたら止めることは出来ないだろう。
「格納庫はもう少し作業員を派遣しても大丈夫そう。次の出発までに、出来る限りのことはやっておきたいわ」
 でも、フレデリカはそんなそぶりは見せず、真剣に資料をまとめていた。
「情報には重要度をつけておいて、あとで神楽崎さんとゼスタさんに渡そう」
 フレデリカは集めた情報のうち、優子とゼスタに直接見てもらう必要があると考えた物を印刷し重要度ごとに束ねていく。
「シリウスさん、こちらはどう思いますか?」
 推進に関わる資料を、フレデリカは同室内にいる女性――シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)に見てもらおうと、隣方向に目を向けた。
「シリウスさん……?」
「……ん? あ、悪い」
 操縦席で作業に当たっていたシリウスが、フレデリカの手から資料を受け取った。
「推進機器のメンテナンスは勿論欠かせない。いざという時の為の予備も設けておきたいところだ」
 そんな意見を言い、フレデリカから受けとった資料に主観で優先順位を書き入れていく。
「ありがとうございます。ところで、シリウスさん。少しお疲れではないですか? 地上に居られるときくらい、休んだ方がいいわ」
 顔色のよくないシリウスをフレデリカが気遣う。
「うん、サンキューな。けど修理が終われば運行も楽になるし、あとひと踏ん張りだからな。ティセラねーさんたちに返せるように、壊した分は頑張らねーと……」
 そうシリウスは息をついて、弱い笑みを見せた。
「そうね」
 答えて、情報のまとめを続けるフレデリカにの顔にも、疲れの色が浮かんでいた。
「ご注文の、濃いコーヒー淹れてきましたわよ」
 雑用や、衣食住といった生活に関わる分野のサポートを行っているリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)がシリウスの元に戻った。
「茶を頼んだつもりだったけど。まあいいか。サンキュー」
「眠気覚ましもいいですけれど、倒れる前にきちんと休むようにしてくださいな」
「いや、大丈夫。資料ばっか見てたから、ちょっと眠くなっただけさ」
 そう微笑んでシリウスはコーヒーを受け取って、カップに口を付けた。
「無理が過ぎて倒れてしまえば、仕事にも差支えますよ? ほら、砂糖も入れてください」
 疲れている時には、糖分が必要だからと、リーブラはシリウスのカップに角砂糖を3個入れる。
「そうだな。けど、オレだけじゃなくて、皆頑張ってるだろ。皆の世話、頼んだぜ!」
 そう笑みを浮かべるシリウスに、リーブラは労わるような優しい目で穏やかに微笑み、頷いた。
「……」
 作業に戻ろうとするシリウスの視界が軽く歪む。
(……ぁ……やべぇ、なんかくらっとする)
 操舵は持ち回りではあるが、ずっと操縦に携わってきた為、緊張の連続で既に身心は限界を超えているのだ。
(とりあえず……急いでやっておきたいこの資料を仕上げたら、少し休……んでる暇はないな、修理の提案に向かわねぇと)
 目を擦り作業を続けるシリウスを、リーブラはそっと見守りながら、フレデリカやブリッジで作業を続ける者達に飲み物を配って回る。
「お疲れ様!」
 銃型HCを手に、サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)も操縦室に戻って来た。
「要塞内の写真撮ってきたよ。現場の意見なんかも色々聞いてきた」
 サビクは修理、補給の調整を担当していた。
 進捗や問題点の確認、情報交換に努めて、HCに状況を入力し、シリウスに送っていた。
「まあ、喋った感じ、嘘つきくんはいないみたいだったけどね」
 シリウスに近づき、小さな声でサビク言った。
 嘘感知の能力を用いて、人物には必ず声をかけて状況の確認を行っていた。
「あとさ」
 サビクはシリウスの腕をぐいっと引っ張り、入口の方を向かせる。
「お客さんだよ」
 入口の扉が開かれたままだった。
「こんにちは」
「お疲れ様」
 扉の向こうから現れたのは、代王の2人と付き添っている契約者達。
「お疲れ様です」
 フレデリカが立ち上がり、楚々と深くお辞儀をした。
「うおっ、お疲れ……」
 立ち上がったシリウスは、強いめまいを感じてふらりと倒れかかる。
「ったくもう」
 サビクはため息をつきながら、シリウスを支えた。
「わりぃ、ちょっと立ちくらみ。2人がここに来てくれるなんてびっくりだ!」
 シリウスは理子とセレスティアーナに笑みを見せる。
「お疲れ様です。こちらでは、修理や補給の調整に必要な資料をまとめております。ご覧になりますか?」
 ルイーザが近づいて、礼をして。理子とセレスティアーナに問いかけた。
「難しいことは良く解らないと思うけれど、進捗は知りたいかな」
「いい匂いがするなー」
「コーヒーの匂いですわ。お淹れいたします」
 リーブラが理子とセレスティアーナに席を進め、ティセラに軽く礼をした後。
「作業員用のものですので、紙コップで申し訳ありません」
 コップを台の上に置いて、コーヒーやお茶を注いでいく。
「ありがと」
「いただくのだ!」
 理子はお茶を資料を見ながらいたたくことに。
 資料には、損害箇所、修理状況、必要物資、作業員達の状況、要請などがまとめられていた。
 セレスティアーナは濃いコーヒーを飲んで「なんだこれは?」不思議そうな顔をして。
 ミルクと砂糖を沢山入れてもらった後、美味しそうに飲み始めた。
「ありがとね、本当にお疲れ様。必要な人材や物資に関しては、あたしの方からも国や教導団に話しておくから」
「頑張って偉いぞ」
 2人は邪魔にならないよう少しの時間だけに止めて。フレデリカ、シリウス、ルイーザ、リーブラ、サビク、そしてその場にいる作業員たち全てに声をかけて励まし、その場を後にする。
「……よしサビク、引き続き頼むぜ。こっちも終わらせたら、現場の手伝いにいくからな!」
「はいはい」
 代王達を見送った後の威勢のいいシリウスの言葉に、サビクはため息交じりに答えた。
 戻った気力が、疲れを吹き飛ばしたようだった。

「くそっ、対人イコンのジェファルコンかよ!」
 時々、そう叫んで飛び起きることがあった。
 あの事件以来、毎日対イコン装備を考えている。
 避雷針を林立させたら、超電磁ネットの妨害にならないか。
 そんなことをも考えた。
 イコンのセンサーで人間を捉えることは出来なくても、超電磁ネットのような武器ならば、人に当てることが出来る――容易く、命が奪われてしまう。
 天城 一輝(あまぎ・いっき)は、悔しさを胸に、1作業員として現場指揮官の指示の下、アルカンシェルの修理に携わっていた。
 先の攻防戦ではアルカンシェルの修理を見守る傍観者でしかなかった自分が歯がゆくて。
 作業員と一緒に逃げ回り、危険が過ぎ去っても護衛を続けた自分。その横で疲労困憊してもなお修理作業を続ける作業員達。
 契約者である自分達の方が体力はある。あの時、何も出来なかった自分が情けなかった。
 だから、一輝は知識と経験を欲した。
 必要時に、手伝うことが出来るくらいの、知識と経験を。
「どんな小さな穴も見過ごしてはならない」
 現場を指揮している壮年の男性が言う。
 外壁から遠い部分ではあるが、戦いが発生した際に、ここが外壁となる可能性もあるのだから。
「はい!」
 一輝ははんだ付けセットや工具を用いて、指示に従って作業をしていく。
 先輩達がジョイントの接続部を点検し、補修作業を行う。
 一輝は穴を開けたり、釘を打ちこんだり、セメントを流しいれたり。
 地味な作業ばかりだが、人の何倍も働いた。
「資材持ってきました。こちらでいいでしょうか?」
 大量の荷物を積んだ台車を押して、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が現れた。
「この辺りに並べてくれ。おい誰か手伝……」
「あ、大丈夫です。修理、進めていてください」
 現場指揮の男性の言葉を遮って、リカインは大きな荷物を持ち上げると、指定された場所に降ろしていく。
「皆さん、お疲れ様」
 リカインがそう微笑むと、皆の心にエネルギーが湧いてくる。
 歌姫である彼女の、震える魂の効果だ。
「資材に、溶接に使う面や工具類、塗装用の用具。釘やビスなんかは、こっちに置いておくわね」
 取りやすいように蓋を開けて、中が見えるようにしておく。
「ありがとう。こちらの廃材の処理を頼んでもいいか?」
 一角に集めが瓦礫が置かれていた。
「ええ。積めるだけ積んでいくわね」
 リカインは空になった台車に、瓦礫を積み込んでいく。
「……それじゃ、また何か必要なものがったら、呼んでください」
 瓦礫が落ちないよう手で押さえながら、リカインは一旦外へと向かう――。
 ふと、廊下の先を歩く集団がリカインの目に映った。
 代王と護衛達、そしてよく知る人物、ティセラの姿があった。
 リカインはあえて自分から声はかけずに、心の中でお辞儀をして業務用リフトの方へと向かった。
 仕事はいくらでもある。
 彼女は、修理に必要な資材や補給用物資の積み込み、移動に協力し、力を注いでいた。
 そして、激励、震える魂といった能力で、共に働く人々を応援し、励ましていた。
「……」
 ティセラが振り向いて、彼女の背を見た。
 だけれど、ティセラもまた、リカインを呼び止めることはしなかった。