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第4章 アルカンシェルに残る者達

 アルカンシェルに激励に訪れた、代王の高根沢 理子(たかねざわ・りこ)セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)は、ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)の案内で食堂に来ていた。
「宇宙食じゃないのか。普通の料理だ。食べたことあるぞ!」
 セレスティアーナは、食堂のテーブルに並べられた料理を見て、そう言った。
「うん、宮殿でいただく食事に似てる……。皆も、同じもの食べてるのかな?」
 理子は厚い肉を、ナイフで切って、フォークを刺して口へ運ぶ。
 テーブルに敷かれた真っ白なテーブルクロスの上には、パンと、具だくさんのスープと、海鮮サラダに、肉料理といった、ちょっとしたコース料理が並んでいた。
 多分これは、自分達用に用意してくれた食事だ。
「美味しい。頑張ってる皆に、私達からもいつかごちそうしたいな」
 理子は喜んでいただき、そう話した。
「しかし、ここが安全な場所とはいえ代王2人の護衛がティセラ一人で大丈夫か?」
 偶然居合わせた葛葉 翔(くずのは・しょう)は、代王が来ていると知らせを受けて挨拶の為に食堂に訪れた。
 身の回りの世話をする者は付き添っているが、力量のある護衛は、今はティセラ一人だった。
「必要以上に数をそろえろとは言わないが、一人だと手が足りないだろ、俺が手伝おうか?」
「うん、あたしは大丈夫だけれど、セレスティアーナは守ってあげてね」
「理子だって、大丈夫とは全く言えない」
 アルカンシェルが空京に迫った時。彼女は敵に捕えられて、人質にされてしまったのだから。
「そっか」
 理子は軽く笑みを浮かべる。
「それに護衛として同行すればアルカンシェルの普段入れないような場所まで入れそうだしな、護衛は増えるし俺の探究心も満足する。 誰も損はしないな」
「それでは、お願いしますわ。護衛のみに専念してくださる方がいてくださいますと、とても助かります」
 ティセラもそう翔に微笑みを見せた。
 そんな話をしている間に、代王に挨拶をするため、親交を深めるため、提案したいことがある、などという理由で、食堂に契約者達が集まっていく。
「私も同行します。一緒に見て回ってもいいですか?」
 グリム童話 『白雪姫』(ぐりむどうわ・しらゆきひめ)をポケットに入れた、シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)がティセラに目配せをして、セレスティアーナに優しく問いかける。
「うむ。構わぬ。珍しい物が沢山ありそうだが、よそ見をしていて迷子にならないようにな」
「一番迷子になりそうなのはセレスティアーナでしょう。でも皆、目を離さないでしょうから、大丈夫かな」
 理子は、料理を美味しそうに食べているセレスティアーナを穏やかな目で見て、スープをスプーンで掬って飲む。
「シャーロットさんも、よろしくお願いしますわ」
 ティセラのその言葉にシャーロットはこくりと頷く。
 それと悟られないように、護衛として同行するつもりだった。
 他にも護衛がいるようなら、サポートとしてそっと手助けをしていこうとシャーロットは思う。
「そうだな、俺はセレスティアーナの護衛に専念させてもらおう。高根沢理子のことは任せたい」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が、翔に目を向ける。
「了解。俺は理子の行動に注意を払っておく」
 翔がそう言うと、イーオンは軽く頷いて、セレスティアーナの隣の席に腰かける。
「ん? 食べたいのか〜?」
 セレスティアーナはイーオンや食堂に集まっていく契約者達に、料理が入った皿を差し出した。
「いや、食事は済ませてる。何かとって欲しい者があったら、遠慮なく言ってくれ」
「それじゃ、紅茶のお代わり!」
 セレスティアーナが残っていた紅茶を飲み干して、カップをイーオンに差し出す。
「新しいホットレモンティー持ってきてくれるかな?」 
 イーオンは給仕の女性に空のカップを渡し、御代わりを頼んだ。

 食事と簡単な打ち合わせを終えた後、理子とセレスティアーナは上層から見回りをしていくことにした。
「場所が場所ですし、何もないとは思いますが……用心はしておきたいですから」
「いや教導団の施設も襲われてきたからな。この格納庫にも手が伸びる可能性はあるし……」
 東シャンバラのロイヤルガードの、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)緋桜 ケイ(ひおう・けい)もセレスティアーナの護衛として、見回りに同行していた。
(機晶姫が残っている可能性も、ズィギルの支配下にある者が紛れ込んでいる可能性も……あるんだ)
 ケイは慎重に周囲を見回して、安全の確認をしてく。
「ごきげんようティセラ」
 先頭を歩いていたティセラを呼び止める者がいた。
「今日は代王様方の護衛なのね」
 軽装で、汗を拭くタオルを持って現れたのは宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
 彼女はパートナーの湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)と共に、物資の搬入を手伝いに来ていた。
「……ねえ? 理子様たちにお願いしたいことがあるの。お取次ぎをお願い出来ない?」
 理子とセレスティアーナは今は多くの護衛に守られながら歩いてくる。
(あれ? 理子様ってご兄弟おられたかしら?)
 祥子は理子の隣にいる、理子に似た人物――酒杜 陽一(さかもり・よういち)を見て、軽く首を傾げた。
「理子様、セレスティアーナ様、少しよろしいでしょうか」
 ティセラが理子とセレスティアーナの名を呼ぶ。2人が同時にティセラに目を向けた。
 ティセラはそっと身をひいて、祥子に場所を譲る。
「理子様、セレスティアーナ様、失礼いたします」
 祥子は前にでて、頭を下げた。
「実はお2人にお願いしたいことがありまして……」
「何?」
「何だ?」
 頷いて、祥子は話し出す。
 お願いしたいこととは、教導団の備品や備蓄の一部を、ニルヴァーナ調査隊の為の物資に転用できるようにしてほしいということ。
 ニルヴァーナには荒涼とした大地が広がっているだけで、何もなかった……そこで活動する調査隊のためにより良い資材や物資を送りたいのだと。
「そうね」
「ん? よくわからんが、そうだな!」
 理子とセレスティアーナの返事を聞いた後、祥子は後方にいるランスロットに目を向けた。
「転用を希望するものは……」
 ランスロットはメモを見ながら話し出す。
 戦闘糧食、水の浄化装置、仮設住居やテントなどの住居資材、無線電波の中継器。
「パラミタとニルヴァーナの繋がりが絶たれるようなことがあっても、調査隊が単独で活動できるようにすることが目的です」
「食料や住居資材、無線機はアルカンシェルで定期的に届けてるとは思うけれど」
「はい、それとは別に、こういう時役立つのは軍用の物質なのです。必要なモノがコンパクトに纏められていますからね」
「そうね、アウトドア用よりも機能的だと思うしね」
 理子の言葉に頷いて、ランスロットは続ける。
「できればそれらだけではなく、精神安定につながるものがあればよろしいかと」
 そして、リラクゼーションのためにと、(主に乾燥地帯の植物で)観葉植物をあげていく。
「うん、今すぐ実行することは出来ないけれど、軍の偉い人に頼んでおくね」
「頼んでおくのだ!」
 理子と、よくわからなかったがセレスティアーナは胸を張って、祥子とランスロットにそう答えた。
「報告は受けていると思いますが、先の戦いで……」
 歩き出しながら、祥子は代王と護衛に集まった皆に調査隊に参加した時のことを、土産話とも報告ともとれぬ調子で話していく。
 過酷な戦いの話に皆の顔が曇っていく、が。
「この先も戦いが続くと思われますが……こちらに脅威が訪れないことを願うばかりです」
 祥子はそう言った後、ティセラに笑みを見せる。
「ティセラ〜もしそんなのに斬り込むことになったらちゃんと私を連れていきなさいよ〜?」
「頼りにさせていただきますわ」
 くすりと、ティセラも微笑み返し、緊張していた辺りにもほっとした空気が流れだす。

「妙な真似をする奴がいれば、私のさざれ石の短刀が大暴れするわよ!」
「危ないって」
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が理子の傍でさざれ石の短刀を振り回している。
 代王と護衛は、操縦室の方へと向かっていた。
(こうしてみると、飛んでいるのが不思議に思える)
 ティセラに続き歩きながら、陽一は深い傷がついた壁、床に目を向ける。
 修理は進んではいるが、開いた穴には板が置かれているだけで、塞がれたわけではないし、制御室があった空間はぽっかり穴が開いている。
(学生達にイコンを含めた大きな力の運用の自由が委ねられているのは信頼あってこそ。あの行為は、信頼に付け込んだ卑劣な手段だ)
 多くの作業員を死に至らしめ、アルカンシェルを深く傷つけ、制御室を破壊した者がいたと、陽一は報告を受けていた。
(信頼に悪意でつけ込む輩は存在する。頑張ってる人や傷ついた人達に歩み寄り励まそうとする理子様達の優しさにつけ込む者が作業員達の中にいるかもしれない)
 禁猟区、殺気看破、ディテクトエビルなどの能力で警戒しながら、陽一は常に周囲に注意を払い、一瞬たりとも気を抜かずに、理子を護っていた。
「何で壊れてるんだ? 爆弾でも落したのか?」
「……うん、爆弾落した人もいるみたいなんだけどね、ここが壊れてるのは……」
 理子はセレスティアーナに説明するかどうか迷った。
「月に……ニルヴァーナに行かせたくないと思った者が、壊したんだ。船を壊して、行かせないようにしようとしたんだ」
 理子に代わって、イーオンがそうセレスティアーナに説明をした。
「なんでそんなことするんだ?」
「なんで、でしょうね」
 ソアが悲しそうな目で話し始める。
「皆、頑張っていました。未来の為に、大切な人のもとに帰るために。必死に戦いました。亡くなってしまった人も……いました」
 契約者でも瀕死の重傷を負った者がいる。
 だけれど、その後も彼らは逃げ出さずに、探索に加わり、未来を生きるために努力している。
 ここで、修理をしている人達も。希望への道の架け橋として、仲間達を繋いでいる。
 ソアはゆっくり、そんな話をセレスティアーナにした。
 セレスティアーナはちょっと眉を寄せて、首を傾げて考え込んでいる。
「理由は、まだ分からない。自分達だけ行きたかったのか、欲しいものがあったのか……。パラミタが滅びてしまえばいいと思っているのか」
 イーオンが難しい表情で言う。
「滅びるのは、誰だって嫌だろ?」
 セレスティアーナの言葉に、イーオンは彼女に僅かに笑みを見せる。
「そうだな」
「みんながまた頑張れるように、激励してください。お願いします」
 ソアは改めてセレスティアーナにお願いをする。
「セレスティアーナ様に、励ましてもらえたら、きっとみんなの士気も高まると思いますっ」
 明るく純粋な彼女の人柄が、皆に元気を与えるだろうと、ソアは思った。
「わかった。そうならないように、沢山の人が働いてるんだな……えらいぞ!」
「ああ」
 セレスティアーナに頷いた後。イーオンは表情を戻して、注意を払っていく。大切な彼女を護るために。
 目つきが鋭く、堂々とした態度で、言葉づかいも丁寧なため、イーオンはティセラ達と同じ役職持ちに見えていて、軍属の作業員たちが敬礼をしてくることも。
「お疲れ様です」
 役職のあるものが、イーオンや代王に握手を求めてくることもあった。
「お疲れ様、です。代王は人見知りが激しい。うっかり近付けば大変なので、留意して欲しい」
 威圧感を出してしまわないよう注意しながら、イーオンは作業員たちに礼をした。
「お疲れ様。ありがとね」
「お疲れなのだ!」
 理子とセレスティアーナは皆に守られながら1人1人に声をかけていく。