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空に架けた橋

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空に架けた橋

リアクション

「そろそろ着替えなさい。そんなに汚れた服や手で作業をしていたら、壁が油で汚れてしまうでしょ? 油汚れは簡単には落ちないだからっ!」
 続いて、洗濯を終えた作業着やタオルを持って現れたのはコレット・パームラズ(これっと・ぱーむらず)だった。
「手は順番にこのバケツで洗って。こっちは体拭き用のタオルだよ。作業服はサイズごとに分けておくから、自分に合ったサイズのを選んでね」
 てきぱきと作業員たちに指示を出していく。
「そろそろ着替えないとヤバいかと思ってたところだ」
「コレットちゃん、指切っちゃったんだけど」
 作業員たちは着替えたり、怪我した箇所を洗ったりしていく。
「この程度の傷なら救急バンドで十分ね。どうしても作業しにくいようなら、魔法で治してあげるよ?」
「うん、大丈夫。ありがとー」
 指を切ってしまった作業員はコレットから受け取った救急バンドを巻くと、彼女の頭をなでなでして、にっこり笑みを浮かべ。その後すぐに作業にい戻っていく。
「もう、無理はしちゃだめだよ。お茶、置いていくから、適当なところで休憩とってね」
 それから、コレットは指揮をしている男性にぺこりと頭を下げる。
「こっちは大丈夫だ。でもたまにこうして世話と、元気づけに来てやってくれよ」
「うん……んん!?」
 この時点で、ようやくコレットは作業員達の中に一輝の姿があることに気付いた。
(こっちに気付かないほど集中して頑張ってる……)
 コレットはもう一度、指揮の男性に目を向けると「よろしくお願いします」と頭を下げて。
 洗濯物が入った籠を両手で抱えて、洗い場へと向かっていく。

「想定外の厄災が全てを台無しにした」
 ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)は厳しい目つきで、アルカンシェルの内部を見て回り、走り回っていた。
 アルカンシェルが宇宙で行く手を阻まれた時。
 彼は避難指示を的確にこなし、作業員達の無事を保障していた。
 最良の行動が出来たはずだった。落ち度はないと思われた。
 しかし、イコン――。そうイコンによる内部からの破壊により、全ては台無しになってしまった。
 ガリア戦記を経験したプッロにとっては、自分の部下が倒されたという既視感がどうしても許せなかった。
「状況に合った、適切な避難が必要だ。あらゆる事態を想定してな」
「今は平穏な状態ですけれど、油断は大敵ですわね」
 厳しい顔つきの彼の元に、ローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)が飛んできた。
「外からの映像ですが、ご覧になりますか?」
 ローザは教導団の許可を得て、アルカンシェルの周りの様子を視察していた。
 デジタルビデオカメラで、小型飛空艇から映像をとり、そのデータを銃型HCを介して、ブリッジにいる者達に送り、必要な人に配布してもらう。
「貰っておこう。敵の攻撃を受けやすい場所も把握しておくべきだ」
「そうですわね。映像を元に、対策を立てていただければと思います。何度も続いていますので、皆様のモチベーションも下がっているとは思いますが……でも、普段からこの装備に慣れておかないと、そう思っているうちは大丈夫でしょう」
 その慢心がジェファルコンの悲劇を生んだのだから。ローザはそう思い、酷く傷ついた艦内を悲しげに見た。
「それでは、作業に戻ります」
 そして、プッロに礼をすると仕事に戻っていく。

「対イコン兵装の開発、配備が必要だ」
 湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)は、イコン格納庫の一角を陣取って、パートナー達と共に、独自の作業に勤しんでいた。
 対イコン用の歩兵装備の拡充を急務と考え、改良、転用で早く安く作れればと思い、行うこととした。
「とりあえず今回は機晶姫用装備の改良だな」
「ふむ、既存装備の改良による戦力の底上げですか。確かに必要ですな」
 アルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)も賛同して、亮一の指示に従い、弾体の分解や組み立て作業を手伝っていく。
 間違っても爆発事故を起こしたりしないよう、機晶技術を使って、慎重に作業を進めていた。
「機晶姫はイコンの随伴歩兵としての役割を期待している人もいるし、そういった装備の拡充は嬉しいわね」
 機晶姫のソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)は、六連ミサイルポッドとコンテナ内臓型飛行ユニットを亮一に提供し、作業を見守っていた。
「作業が終わったら、廃棄処分のイコンを標的に、試射実験とかやってみたいけれど、許可は得られるかしら?」
「んー、そうしたいところだが、ここでは無理だろうな」
「学院に戻って、そういう提案が出来る機会があったら、ですな」
 亮一とアルバートがソフィアの言葉にそう答える。
 独自の開発行為も、アルカンシェル内では推奨行動ではない。
 だけれど、月軌道での戦いの際の教訓により、対イコン武器の必要性を感じている者も多く、亮一の行動は監視はされているが、止められはしなかった。
「お茶をどうぞ」
 高嶋 梓(たかしま・あずさ)が、お茶とお菓子を持って、仲間達の元に戻って来た。
「零さないように、注意してくださいね」
「サンキュー。ふう……」
 一息ついて、亮一はお茶とお菓子を戴くことにした。
「サイズさえ合っていれば、転用は簡単なはずだ」
 亮一が行っているのは機晶ロケットランチャーの弾を機晶姫用6連ミサイルポッド用のミサイルに改造する作業と、6連ミサイルポッド2基をコンテナ内蔵型飛行ユニットへ搭載する作業だ。
 数時間で終わる作業ではないが、数か月、数年かかる作業でもない。
「作業の記録、整理させていただきますね。皆さんは少し休んでください」
 梓は皆にそう声をかけると、ノートや銃型HCに、作業状況を記していく。
 ここで完成させるのは無理なようだが、開発が行える機会があれば、きっとこのデータは役に立つ。そう思いながら。

「大荒野の格納庫から、部品が届いたよー!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が台車を押して、制御室があった場所へと現れる。
 まだ、神楽崎優子達は戻ってはいないが、入手した修理パーツの一部が、アルカンシェルに届き始めていた。
「それじゃ、僕は次の物資の運び込みに行くけど……無理はしないでね」
 コハクが美羽に心配そうに声をかけた。
 美羽は普段通り、元気にふるまっていたけれど、彼女がとても落ち込んでいることを知っていたから。
「うん、大丈夫。頑張って制御室直さないとね」
「そうだね。また修理パーツや設計図が届いたら、急いで持ってくるから」
「ありがと」
 微笑んで、美羽はコハクを見送った。
 それから1人で、台車から修理パーツや資材を下していく……。
「なにも、ない」
 彼女の口から小さな言葉が漏れた。
 制御室があった場所には、何も残ってはいなかった。
 今はまだ、部屋が造られているところだ。
(第二世代イコンはシャンバラを守るために作られたものだけど、その強力な力を悪用されたらとんでもないことになる……)
 彼女は第二世代のイコン開発に携わってきた。だから、アルカンシェルで起きたことが、非常にショックだった。
 第二世代のイコンは、そんなことの為に作ったわけじゃない。
「絶対……二度と、第二世代イコンを悪用させない」
 声に出して、そう誓いながら、制御室の修理……ではなく、作る作業に協力をしていく。
「残骸のうち、使えそうなものは残しておきました」
 ツナギ姿で作業に当たっているルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)が、近づいてきた美羽に言った。
「といっても、これだけでは何の役にも立たないものばかりですが。元々、アルカンシェルはロストテクノロジーの塊みたいなもんですからね」
 アルカンシェルの中にある装置は、先端テクノロジーに精通していても、全く理解できないものばかりなのだ。
「設計図も発見されて届くとは思いますが、そのまま昔の通りにってのは……技術屋としては興味がありますけれど、軍人としては首肯出来かねるところ、ですね」
「そうだけど……」
 うーんと美羽は考え込む。
「まずは必要とされる制御機械を他の大型飛空挺や空中要塞で使用されている現行の機械で対応出来ないか検討すべきでしょう。つまり総取っ変えの方が早いってことです」
「それが出来るのなら、シャンバラで宇宙船作ってると思う。今のシャンバラの技術じゃ、到底無理なんだよね」
「ま、機械同士の相性の問題とか、他にも問題はありますしね。設計図が入手できたのなら、研究を進めて、安全な航海が出来るようにしたいもんです」
 話し合いながら、作業を進めているところに。
「食事持ってきました。休憩にしてください」
 配膳ワゴンを押してベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が現れた。
 彼女の後には、美羽が良く知る人物達の姿もあった。
「いい匂い、ボロネーゼだね!」
「ええ。美羽にはこちらを」
 美羽に微笑みかけて、ベアトリーチェは美羽に大盛りボロネーゼパスタのハンバーグ乗せを渡す。
 落ち込んでいる美羽を元気付けるために作った料理だ。
「ありがとう。美味しそう!」
 美羽はとても嬉しそうな笑みを見せた。
「お疲れ様、ご飯まだなんだってね? パンやおにぎり、パスタにラーメンもあるみたいだけれど、何がいいかな?」
 部屋に入ってきた女の子のそんな声に、ルークが振り向いた。
「差し入れですか、ありがたいです。オニギリが希望です。少し塩を多めにしたやつが好みです」
「よし、握るぞ!」
「あ、でも手を洗わないと……」
 ライスを手でつかもうとした女の子をベアトリーチェが止めて、ビニールの手袋をして握っていき、塩を振りかけて形を作り、女の子に渡した。
「できたぞ!」
「お茶も飲んでね」
「ありがとうございます。素敵なお嬢さん」
 ルークは嬉しそうに受け取って……ん? と首を傾げる。
「俺、綺麗なお嬢さんとお逢いしたら絶対に忘れたりはしないんですよ」
 見たことがある2人なのに、何処で会ったのかが分からない……。
「あ、そうです。テレビで……」
 ぽんと手を打って気づく、そうテレビやポスター、ネットなどでよく見る人物だ。
「……って、代王様が何してるんですかーーーーーーーーーーーッ!!」
 驚いて飛び退きながら、ルークは叫んだ。
「う、うるさーーーーーーーーい」
 女の子……セレスティアーナが両手で耳をふさぐ。
「頑張ってる皆にお礼を言いに来たの。あたなは塩が多いおにぎりが好きなのね。朝昼晩、毎日用意して送るからね!」
 理子は軽快にそんなことを言う。
「そ、それは嬉しいです! 代王のおにぎり三昧万歳!」
 ルークはびしっと敬礼をしようとして、おにぎりをおとしかけてあたふたする。
「はははっ」
 美羽やベアトリーチェ、作業員達にも淡い笑みが浮かんだ。
「宇宙食もありますよ」
 ベアトリーチェはセレスティアーナが興味を示していたという、宇宙食も用意していた。
「食事を終えてそう時間が経ってませんから、お腹はすいてないでしょうか? 味見、どうぞ」
「おお、これが宇宙食か。食べさせてもらうぞ」
 セレスティアーナはベアトリーチェが差し出した器を手に取った。
 中には、ラーメンが入っている。
「んん?」
「宇宙ラーメンです」
 無重力で飛び散らないように、スープが粘質を持っているラーメンだ。
「子供が食べてもこぼれないようになってるんだな」
 感心をしながら、セレスティアーナは食べていく。
「宇宙ラーメン? 僕もいただこうかな」
 物資の運搬をしているコハクも戻ってきて、作業員や、代王、護衛達と一緒に食事をいただくことに。
「集まってるな」
 ケイが、セレスティアーナの元に戻って来た。
「これが宇宙食だ。揺れても平気なんだぞ。すごいだろ」
 セレスティアーナが何故か得意げに、ケイに宇宙ラーメンを見せる。
 すごいすごいとケイは微笑みを浮かべ。
 作業場が明るく、とても賑やかになっていく。
 ケイや護衛達はそれでも油断なく注意を払っていたが、害意などは一切感じられない。
「ところで、リコは最近疲れ気味みたいね」
 部屋に置かれている木材に、美由子が腰かけた。
「マッサージしてあげるわ」
 そう言ったかと思うと、自分の膝をぺしぺし叩く。
「さあ、私の膝に腰を下ろして。たっぷり揉みしだいてあげる……。あなたの体が私の指と溶け合うぐらいに感じさせて……ってあだだだだ!?」
「理子様すみません……!」
 陽一に強く耳を引っ張られて、美由子は外へと連れ出された。
「全く……。身近にいる女狼にも注意しろよ、理子」
 が笑みを浮かべながらそう言った。
「そうね。マッサージ、興味はあるんだけどね!」
「私もだ!」
 理子とセレスティアーナはそう答えた。
「私も!」
 美羽も一緒になって言ってみる。
「皆さん……。いいですよ。視察が終わったら、私が皆さんをマッサージしましょう」
 くすりと微笑みながら、シャーロットはティセラに目を向け、ティセラも微笑みながら、頷く。
「俺も!」
 ルークもびしっと手を上げて言ってみるが「ご遠慮ください」とシャーロットから即答され、直後に笑い声が溢れた。
 破壊されて、傷付けれて。
 悲しみが残る場だけれど。
 少女達の笑顔が広がり、作業員達も皆、穏やかな表情に戻っていた。