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第2章 賑やかな町と片隅と

「私達は買い物を楽しませていただきます。商談、お願いしますね」
 スパイマスクαを装着したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、赤毛でたれ目がながら、優しげで知的そうな眼鏡をかけた、色白女性に顔を変えていた。
「皆の事、頼んだよ。羽目を外しすぎないように」
 微笑みながら言ったのは、ミケーレ・ヴァイシャリーだ。
「ええ、こちらはお任せください。お土産に夢中になりすぎないように気を付けるわね」
 そう答えたのは、ミケーレのパートナー、錦織百合子(にしきおり ゆりこ)だった。
「それでは、また」
 ローザマリアは船から降り立った、レスト・フレグアムに軽く礼をする。
 彼らの情報に関する考えに、ローザマリアは同意し、互いの領分を侵犯しないよう、最大限注意を払おうと思っていた。
 故に、ローザマリアはルシンダとの面会に同席するつもりはなかった。
 ここ――エィリュオン帝国領内の港町と、航海中の非公式な護衛を担当すべく、同行したのだ。
「案内人は一般人だ。よろしく頼む」
 レストは、ローザマリアからの願いを聞き入れ、現地人を一人、案内人としてローザマリアに紹介してくれた。
「ええ、よろしくお願いいたします」
 ローザマリアは、壮年の案内人と握手を交わして、再びレストに礼をした後で。共に訪れた者達と、港町の店へと向かっていく。
「初めまして、こんにちは」
 パタパタ走って七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が百合子の前に出た。
 そして、両手を前に丁寧にお辞儀をする。
「百合園女学院の七瀬歩です。色々と噂は聞いてたのでお会いできて嬉しいです。よろしかったら、一緒にお買い物行きませんか?」
「初めまして。お会い出来て嬉しいです。是非よろしくお願いします」
 百合子は歩と微笑み合って歩きはじめる。
「活気のある街ね。龍騎士団に守られているからかしら、武装している人もいない。こちらは任せて大丈夫そうね」
 ローザマリアは、危険がないと判断した段階で、案内人に皆を任せて、自分は商船に戻っていった。
「お嬢ちゃんたちは、地球の娘か? お土産にどうだい!」
「うちのフルーツも美味しいよ!」
 市場に近づいた途端、沢山の声がかけられる。
「ありがとうございます。選ばせてもらいますね。……色々なものが集まってる。迷うな〜」
 歩はさっそく、百合子と一緒に露店に近づいて売られている物を見て回る。
 修学旅行などで、エリュシオン国内には何度か訪れたことがあるが、この港町に下りたのは初めてだった。
「シャンバラのものも沢山あるんですね。あ、日本のものも!」
「簪に扇子、どちらも日本で作られたもののようね」
 歩が目にとめた、アクセサリーや小物を、百合子が手にとって確かめた。
「貿易の玄関口ともいえるからな。シャンバラと同盟が結ばれたことで、地球のものも仕入れやすくなった」
「エリュシオン製の扇子もあるんだぜ?」
 港町の気さくな商人達は、歩や皆に、ユグドラシルやエリュシオンの花々が描かれた扇子を、開いて見せてくれた。
「エリュシオンと言ったら『龍』と『神』しか思いつく物なかったけど……色々あるんだね」
「食は文化と言うじゃろう? この地方の食べ物を戴きたいものじゃ」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)も、ミア・マハ(みあ・まは)と一緒に、品物を見ていく。
 レキはエリュシオンの神様グッズに目を留めて選びだし。
 ミアは主に食べ物に興味を持っていた。
「食事は買い物が済んでからねー。あったあった、こういうの面白そう」
 レキがアイドルショップのような店に駆け込んでいく。
 取り扱われているのはアイドルではなく、エリュシオンの有名な神々だ。
 大帝に、選帝神、龍騎士団に、政治、軍事に携わっていないが、有名な神達。
 その店には、そういった有名な神にまつわる、開運グッズが置かれている。
「物事を見通す力がつくという、目玉石鹸、これ使ってみたい! お金が沢山たまる龍王財布……こういうのは、怪しいかな」
 今後、シャンバラとエリュシオンは一層交流を深めていくことになる。
 商人ではないので、商業のことは良く分からないけれど。
「こういうの、ヴァイシャリーとの交易の対象にならないかな?」
 機会があったら、提案をしてみたいとレキは思いながら見ていく。
「生徒会長さんへのお土産は何がいいかなー。懐かしいものがいいよね」
 本人に電話してみたいところだけれど、エリュシオンでは携帯電話やネットはほぼ使えないので、聞いてみることは出来ない。
「まだまだ、これからだね」
 互いの文化を知りあって、良い技術を取り入れて、両国がより繁栄し、人々の住みやすい地となりますように。
 そんなことをレキは考えながら歩いていく。
「これは食べねばならぬ。土産としてあるだけ全て買っていくのじゃ!」
 突如、ミアがレキの服をぐいぐいと引っ張る。
「ん? あ、美味しそうっ!」
 ミアが指差す先にあったのは、大きな貝殻のケースの中に入った、真珠のようなお菓子だった。
「成長の神のご加護を得たお菓子のようじゃ! 土産に最適なのじゃ!」
「少女が健やかに美しく育つよう願いが込められた『真珠入り貝殻のお守りキーホルダー』と、それを模したお菓子だね。うん、お土産これにしよー。でもミア、全部食べる気じゃ……」
「そんなことはせん。1割程は百合園の娘の為に残しておくのじゃ」
「よし、1割はミアの分ね!」
 レキはそう決めて、そのお菓子と御守を購入した。
「よし、土産も決まったし、食べ物を食べて回ろうぞ。食は文化と言うじゃろう?」
 先に買ってもらったお守りキーホルダーを手に、ミアは嬉しそうな笑みを浮かべながら言う。
「そうだね。ボクは甘味が気になるかな……」
「時期的に果物は少ないけれど、海の幸以外ではジュースやジャムが沢山ありますわ」
 百合子がジャムを手に、レキとミアを呼ぶ。
「わー、試飲できるんだ。それじゃ、この豪華エリュシオンの果実ミックスジュース、いただこうかなっ」
「わらわは、この蒲鉾みたいなのをいただくとするかの」
 レキはジュースを。ミアは魚のすり身と、果実を使って作られた、蒲鉾のようなスイーツを食べてみた。
 共に、食べたことのない味。だけれど、甘くて美味しいジュース、及びお菓子だった。
「んん? 奥の方に変わったお店もあるよね。ああいうお店に意外と掘り出しものがあるんだよねー」
 レキはふと、ひっそりと開かれている露店に目を留めた。
 地面に敷いたシートの上と、木箱の中に小物が置かれているようだった。

「優子さん達は、なんらかの任務の為に走り回っているんでしょうね」
 生徒会へのお土産を選びながら、歩はふと、百合子に聞いてみたくなった。
「百合子さんは白百合団の初代団長だそうですけれど、百合子さんが団長だった頃の、鈴子さんとか優子さんってどんな感じだったんです?」
「鈴子さんは多分、今も変わってないんじゃないかしら。優しくて、しっかりしていて、面倒見の良い子だったわ。彼女に対しての悪い噂は一切聞かなかったし、誰からも慕われるような子だったわね」
 懐かしそうに、百合子はそう答えた。
「優子さんは随分変わりましたか?」
「そうね、正義感の塊のような子だったわね。融通がきかなくて、規律とかも重んじる子で、自分にも厳しいけれど、他人にも厳しくて……誰にでも好かれるようなタイプではなかったわ。鈴子さんと出会って、彼女を立てることで、白百合団を率いるに相応しい存在になれたというところかしら」
「お2人、仲が良いようですよね」
「ええ、下級生にとっては、百合園の父と母みたいな感じかしら? それにしても、優子ちゃんがロイヤルガードというのは頷けるのだけれど、パラ実の分校を持っていて、一部のパラ実生に慕われている……っていうのは、ちょっと昔の彼女からは信じられないわね」
「パラ実の人達といろいろあって、争いもありましたけれど、百合園やヴァイシャリーを助けてくれる人もいて。それで、優子さんも変わったんだと思います」
「成長したのね」
 百合子はそう微笑んで、歩はこくりと頷く。
「私には、過去の話の方が、信じられないかもです。でも、面白いですねー! ……あたしたちの代も、百合子さんや鈴子さんたちみたいに出来るでしょうか」
「それは、あなたたち次第かしら」
「そ、そうですよね……って、こんなことを人に聞いてばかりだからダメなのかなぁ。うん、あたしはあたしの思う形で、強くなれるよう頑張りますね!」
 百合子は慈しみを籠めた目で歩を見て、「百合園を守ってね」と、ゆっくり頷いた。

「エリュシオンのドワーフねぇ……やっぱりあれかね、絵本の中から出てくる、七人の小人みたいに小さいもんなのかね」
 山田 太郎(やまだ・たろう)は娘が幼い頃に読んでいた絵本を思い出し、軽く笑みを浮かべながら、店を見て回っていた。
 顧客からの依頼で、エリュシオンの港町に向かうという商船に乗り、太郎はここを訪れた。
 なんでも、カンテミール地方に集住していると聞く、ドワーフが作ったという物に興味があるそうだ。
「へぇ、こりゃすごいな。さぞ名のある職人の作品なのかい?」
 目を留めたのは、最高な細工が施された櫛だった。
「お目が高いね。そりゃ、宮廷御用達職人が幼少の頃に造ったものさ」
「ほー……うっ」
 櫛の美しさに見とれていたが、値段に目を留めて太郎は思わず苦笑い。
 とても購入できる額ではないので、その櫛はそっと元の場所に戻して、その隣の手頃な櫛を購入することに。
「ところでこの港町には、ドワーフが作ったものを扱っている店はあるかね?」
「専門店はないだろうなぁ。けど、この国で作られている武器や兵器の多くはドワーフが作っているもんだからな。武器屋に行けば手に入るだろ」
 櫛を紙袋に入れて、店主は太郎に渡した。
「そうか。ありがとな」
 礼を言って、太郎は後程武器屋に寄ってみようと思う。
 ふらふらと近くの店から回り、ドワーフについて聞いてみたりしながら、歩いていく。
 ドワーフは、背丈が小さく、細工物が得意だという。物語で聞いたドワーフという生物と変わりはない。
「詳しいことは、ここじゃ分からないか」
 太郎はカンテミール地方から取り寄せたという、シャンバラでは見かけることのないデザインの装飾具をいくつか購入する。
「パートナーに土産話でも、してやんなきゃな」
 それから、ゆっくりと街を歩き、のんびり景色を堪能していく。
 武器屋は逃げはしない。最後に寄ろう。
「んー、気持ちのいい町だなー」
 太郎はぐっと伸びをする。
 爽やかな海の香りに包まれた街だった。