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なし

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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

リアクション

 
 
 そこは絶望の闇の中ではないけれど、希望の光の中でもない。
 
 
 どこまでも透明な、深い虚無の中に立っている。




◇ ◇ ◇



「ヤバいぜ、じーさん、孤立したっ。
 早いところ逃げないと!」
「孤立ではない。
 師匠と呼ばんか、馬鹿弟子」
「俺は弟子じゃねーだろっ! 助手だ助手!」

 地響きがする。
 時折、それが強くなり、また低く足元に響く。
 近く、遠くで、戦闘の行われている音だ。

「やれやれ。
 全く、このわしの孫のくせに、ついに魔力に開花しなかったな、お前は。
 此処はよい。早いところ避難せよ」
「じーさん?」
 懐から取り出したミスリル製の財布を、老魔導師は、若い助手に渡した。
「護符を刻んでおいた。何がしかの役に立てば良いがな。無事に逃げよ」
「待てよ」
「此処が、わしの担当場所よ。
 連中が、こちらの道から来ないと限らぬ故な。
 騎士殿達が儀式を済ませる迄、寺院の奴等をこの扉の向こうへ行かせるわけにはゆかぬ」
「儀式……?」
「さあ、逃げよ。戦えぬお前は足手まといだ」



 何かを無理矢理振り切るような気持ちで、回廊を走る彼は、不意に足を止めた。
 分岐の向こうから、武装した数人の戦士が現れ、こちらに気付いて、何かを言い交わし、叫びながら向かって来る。
 身を翻そうとするが遅かった。

 殺される、そう思った、その時――



第1章 蠢動を辿る

「映像は確保できていますか?」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)の言葉に、パートナーの剣の花嫁、久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)は頷いた。
「やれやれ……派手にやってくれたもんだぜ。幾らかかるんだ、これ」
 直す身にもなれってんだ。
 グスタフはぐちぐちと独りごちる。

 謎の巨人に襲撃を受けた、という情報に、二人は、件の演習場に駆け付けたのだった。
「イコン相手に暴れたいなら、天御柱に行きゃいいのによーっておい、アリーセ?」
 グスタフの言葉に聞く耳を持たずにスタスタと歩いて行くアリーセを呼び止める。
「何処行くのよ、アリーセちゃん」
「映像を解析します。報告用の記録映像を作成しなくては」
 当然でしょう、と、足も止めずにアリーセは歩いて行く。
「じゃあ俺も」
「現場検証はお願いします」
 ぴしゃりと言われて、グスタフはがくりと足を止める。
「いつもながら、冷たいっ……」
 嘆く言葉は、アリーセの耳には入らなかった。

「……武器が斬られてる……」
 それでも、アリーセが映像を調べている間、グスタフはそれなりに真面目に、まだ片付けの済んでいない現場を調べる。
「イコンは、主に手足が斬られてんだなあ。こっちも、随分スパッとやられてら。
 でかい爆発が起きないところを、上手く選んでる」
 恐るるは、武器か。
「まあ、扱う奴が上手くなけりゃ、だろうけど」
 機会があったら巨人に弁償を請求しよう。そうしよう。
 一人頷きながら、アリーセの方はどうしたかなあと常に娘(アリーセ超否定)に思いを馳せるグスタフである。

「これが、巨人の容姿ですか」
 一方アリーセは、巨人が襲撃した際に撮影された、複数の映像を編集しながら一本に纏めていた。
「古代ローマなどの戦士のような格好ですね……」
 甲冑を身に着けた、屈強な、20代後半ほどの男に見える。
 後方に控えている人型甲冑は、中世の騎士鎧のようだった。
「遺跡から発掘されたあの剣が、この巨人の為に在るものとするなら、巨人自体も、それなり以上の昔から、パラミタに存在する、ということでしょうか」
 アリーセは呟く。
「あれだけの強さと大きさなら、もっと知名度があっても良さそうなものですが……」
 疑問は多いが、今は、女王の安全が優先だ。
 この件で動いている皆が情報を共有できるよう、アリーセは、まとめた映像を、教導団と王宮へ送信した。



「レリウス! ちょっと待て! お前まだ退院許可出てないだろう!」
「教導団の演習場が襲撃されたと聞いて、のんびり入院なんてしていられません」
 レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は、前の任務で受けた負傷が、まだ完治してはいなかった。
「もう松葉杖も要りませんし、イコンに乗って出るのですから問題はありません。
 ハイラル、痛み止めを下さい」
「そんなんでもつか!」
 パートナーの剣の花嫁、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、是が非でもレリウスを病室に戻そうとする。
「……ハイラル。お願いします」
 真摯な表情で言われて、う、と言葉が詰まった。
「……すみません。
 でも俺は戦いたいんです。戦っていなくては……」
「……………………はぁぁぁぁ」
 長い溜め息を吐き、ハイラルは諦めた。
「……オレは許してねえからな。
 看護婦さんとか止めるの大変だから、妥協してやるだけだ。
 無茶はしないこと。戦うとか絶対無理だからな。支援に徹するならいい。いいな!」
 レリウスは一瞬不満そうな顔をしたが、それでも頷いた。


◇ ◇ ◇


 歳は四十代半ばほどだろうか。
 黒髪に黒い瞳。その男は、神豪 軍羅(しんごう・ぐんら)の言葉に、嘲笑と解る笑みを浮かべた。
 グランディエ、というのが男の名だが、今目の前に居るのは彼ではない。
 軍羅と会話をしているのは、彼に憑依している奈落人、レリ・ウーリアだった。
「それで、我々に同行したいと?」
 軍羅は頷く。
「行動を妨げるつもりはない。ただ、協力するつもりもない。
 傍観者して、あくまで「中立」として、君達の働きを見届けさせてもらおう」
 くくっ、とウーリアは笑った。
「成程……?」
「……?」
 異様な雰囲気を感じ取る。軍羅ははっとした。
 ウーリアの攻撃を咄嗟に避け切れず、肩に強烈な痛みが走る。
「くっ!」
 がく、と膝が折れた。
「何をする……!」
「ふざけるな、この餓鬼」
 ウーリアは、口元には笑みを浮かべたまま、瞳を薄めて軍羅を睨み付ける。
「一度は鏖殺寺院に与しておいて、中立だの傍観者だの、半端な真似が許されると思うのか?
 そういうのは、下っ端の雑魚か、契約者達相手にやるんだな」
 受けた肩の傷が、何かに押さえ付けられているようにギリギリと痛む。
 見えない何かがそこにいるようだ。
「教えてやろう、ヒヨッ子。
 そういう時はな、部下になって働きますから連れて行ってください、って頭下げるんだ。
 いつこっちに牙を剥くかも解らない役立たずの足手まといを、ホイホイ連れて行く馬鹿がいるか」
 がくり、と半ば無理矢理、体が倒れる。
「離せ……。
 私は、敵ではなかろう」
「中立なのだろう?
 鏖殺寺院に、中立は攻撃しないなどという不文律があると思うのか」
 ウーリアはせせら笑って身を翻した。
「全く最近は、あちらでもこちらでも新顔が幅を利かせているな。
 ああ、部下は要らない、間に合っている」
 言い捨てて、ウーリアは去って行く。
「……くそっ……」
 軍羅が立ち上がることができたのは、10分以上も経ってからだった。