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最後の願い 前編

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最後の願い 前編

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第2章 思い、固き、熱き

 毎日欠かさず、朝夕、決められた時間。
 今日も葉月 可憐(はづき・かれん)は、身を清め、一般人の出入も許されている、空京王宮の中に設けられている礼拝堂のひとつで、パートナーの剣の花嫁、アリス・テスタイン(ありす・てすたいん)と共に、女王に祈りを捧げる。
 シャンバラの為に祈祷を捧げる女王への奉納歌である。
 もしも届けることができるなら、少しでも女王の為に力を届けられるよう。
 女王の辛苦を、少しでもこの身に引き受けられるように。

 真摯に祈る可憐の傍らで、その姿を見つめながら、アリサは思う。
(常に、あなたと共に在るよ)
 可憐が女王に祈りを捧げるのなら、私はその傍らで、護りを奉納しよう。
 女王の盾となり、近くに在っても遠くに在っても、女王の心を護る為にこの身を捧げよう、と。

 現在王宮は、襲撃者があるかもしれないという噂に、警戒が厳重になっている。
「女王が危険にさらされているなんて……」
 黙っているわけにはいかないと、可憐も王宮警備に志願したのだ。
 交代で、担当の時間でない時も、警備に携わるイコンの整備などを手伝っていた。



 王宮の遥か上空で、イコンが旋回する。
 佐野 和輝(さの・かずき)とパートナーの強化人間、アニス・パラス(あにす・ぱらす)の乗るグレイゴーストである。
 哨戒を得意とする和輝達は、空からの警戒を行っていた。

「空京に接近する、大型の物体はなし! 異常なしだよっ」
 王宮から、大きく空京の周囲を一周した後、アニスが報告する。
「了解。王宮に連絡する」
 アニスは人見知りをする為、和輝が王宮で情報を総括しているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)に通信を入れた。
「女王様を守る仕事かぁ。大きい仕事だねっ!」
 和輝と共にいる時のみ、アニスの人見知りはなくなる。
「王宮の上から攻撃したら、空京が火の海になっちゃうから、敵が来たら、空京に入る前にやっつけちゃわないとね!」
「俺達は、戦闘には加わらない」
「えっ、そうなのっ!?」
 淡々と言った和輝に、アニスは驚いて訊き返した。
 空京上空での戦闘が許可されないのは当然だが、そもそも和輝は偵察、哨戒と情報収集担当のつもりでいる。
 自衛以外の戦闘に関わる気はなかった。

「――あっ、和輝、燃料が30%を切っちゃった」
 アニスが計器を見て言った。和輝は軽く溜め息を吐く。
 勿論、一日や二日で、すぐに敵が動くという保証はどこにもない。
 解ってはいるが、苛つくものだな、と和輝は気持ちを落ち着けた。
「了解。空京周辺をもう一周して補給に戻る」


◇ ◇ ◇


「理子様」
 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、王宮の警備体制について討ち合わせを終えた高根沢 理子(たかねざわ・りこ)を呼び止めた。
「あっ、先生」
 どうしました? と、振り返った理子は訊ねる。
「今回は女王が狙われているとのことですが、理子様の身にも危険が及ばないとも限りません。
 俺が代役を務めようと思いますが」
「……」
 陽一が、今の姿になったのはそもそもその為だ。
 理子は一瞬、申し訳なさそうな顔をしたが、にこっと笑って頷いた。
「よろしくお願いします」
「もし可能であれば、より敵をうまく欺く為に、魔剣をお借りしたいと思いますが」
「わかった」
 理子はあっさり魔剣を陽一に渡す。その辺で、彼を疑うことはなかった。
「ご心配なく。
 女王様も理子様も必ずお護りいたします」
「うん、よろしくね」
「もうひとつ、失礼します」
 そう言って陽一は、更に理子のお守りに禁猟区を掛けて用心を重ねる。
「あたしは後方に詰めてることにするわ」
と、歩いて行こうとした理子は、配備途中のイコンを目にした。
 今回の警備には、敵が巨人とのことで、イコンも何体か導入されている。
 その中で、そのイコンが理子の目に止まったのは――

 テンテンテテン♪ テテンテン♪

「こらーっ!
 奇妙な太鼓を鳴らしながら歩くのやめなさーい!!」
 警備につく為に配置場所に移動する、BGM付きのイコンに、理子は声を張り上げた。
 ちなみにそのBGMは、相撲のオープニング音楽である。
 バクッ、とイコンのコクピットが開いた。
「只今マイクのテスト中!!」
「げっ、しまった……」
 その姿を見て、理子は呼び止めたことを後悔した。
 操縦席から颯爽と現れ、縁に片足を乗せてポーズを決めているのは、全裸にマントの男だったからだ。

「任せるがいい!
 見よ、俺様と同じ位美しいこの高機動型シパーヒーにズラリと貼られた撃墜マーク!
 王宮、そして女王! 全てこの俺様が護ってみせよう!
 女王の騎士、ロイヤルガードとして!」
「それは撃墜されたマークにゃ」
 胸を張る変熊 仮面(へんくま・かめん)に、パートナーのゆる族、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)がひっそり突っ込みを入れるまでもなく、彼を知る者なら全員がそのマークの意味を知っている。
「いいからロイヤルガードの品位を下げるようなことを、その格好で野外でマイクを通して叫ぶなあ!」
 誰だあの全裸をロイヤルガードにしたのは。と、何度思ったか解らないことを、今日も思ってしまう代王その人である。
「理子様、突っ込みがものすごい律儀……」
 そんな理子は、陽一に感心されていることも、知る由もなく。
 更にこの後、イコンの肩に仁王立ちする彼の姿を見て、
「アレを王宮真ん前に配置決定したの誰――っ!!」
と悲鳴を上げることになるなど、露知らない理子である。



「思ったんだけど、巨人って教導団の演習場を襲撃した後、シャンバラ大荒野へ向かったのよね?
 空京とは方向が違うと思うんだけど……」
 陽一に代役を任せたとはいえ、一学生として過ごしているわけには行かないので、理子は後方で密かに采配を振るっている。
「陽動、という可能性もあるが……」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)が言葉を濁らせた。
「が?」
「巨人の襲撃や、博士の動向など、これまでの経過を総括して、陽動をすることにメリットを見出せない。
 ついでに言うと、最近の王宮への襲撃事件との関連性についてだが、俺は違う匂いを感じている」
 失踪前に博士がわざわざ『女王殺害』と目的を告げて行ったこと、教導団の演習場を襲撃した理由、ハルカを連れて行ったことなど、不可解な点は多いが、組織立ってはいない、と感じる。
 だが宮殿関係者への襲撃に関しては逆に、個人的な犯行という気がしなかった。
「別件が同時進行してるかもしれないの?
 それはそれで、厄介だなあ……」
 理子は溜め息を吐く。

「最近女王様の様子に何か変化があったとか、誰かが会いに来たとか、連絡をとっていたとか、そういうことはありませんでしたか?」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)が訊ねた。
「それは無いわ。完全シャットアウトよ。
 今、誰もアイシャには会えないわ」
 理子は断言した。尋人は頷く。
「それと……。もうひとつ、知りたいのですが。
 王宮警備隊は、オリヴィエ博士らに対して、どう対応するのです?」
「どういう意味?」
 理子は首を傾げる。
「あたしは、女王襲撃を防いでアイシャを護り、襲撃者に対しては、代王としての判断をするしかないわ」
「……はい」
 尋人は頷く。
 当然の回答だ。解っている。
 ――だが、尋人にはどうしても、信じられないのだった。
 あの人が、女王を殺害しようと思っているなどと。
 ましてやハルカも共にいるという。
 本当は、彼を探して真意を問いたい、というのが尋人の本音だ。
 だが、黒崎天音や早川呼雪が動くと知り、そちらは任せて、自分は王宮を護りに来たのだ。

「もしも本当に女王襲撃にまで及んだ時、女王には速やかに避難していただくことになるが、手筈は?」
 鉄心が訊ねる。理子は顔を曇らせた。
「アイシャには、祈祷に集中して欲しいから、まだ何も言ってないの。
 ――でも、何かを察してはいるみたいな気がする。
 女王だもん……篭っててもきっと、外のことを知ることもできるわよね……」

「女王は、元気か?」
 リア・レオニス(りあ・れおにす)の問いに、理子は彼を見上げた。
「うん。元気よ」
「そうか」
 ならいい、と、リアは頷く。
 側で護ってやりたいのが本心だが、それが不可能なのは解っている。
 何処にいるのか、とも訊かなかった。どこに敵の耳があるか解らないからだ。
 訊いたとして、理子はきっと答えないだろう。
 だから、その代わりに、代王である理子を護らなくてはとリアは思う。
 代役を立てているので大袈裟にはできないが、もしも理子に何かあれば、パートナーとして繋がっている女王にも何らかの被害が及ぶことは必至だ。
 それは避けなくてはならない。
 アイシャの願いが叶うよう、健やかであるよう、そして滅びを回避し、早く再会できるようにと、リアは祈った。

「公私混同してごめんな。
 全く、こいつ頭の中はアイシャでいっぱいなんだよな」
 パートナーの剣の花嫁、ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が横から、いかにも呆れた口調で口を挟んだ。
「なっ、公私混同してるわけじゃないっ。女王の安否を聞いただけだろ!」
「説得力ないぜ。なぁ、レム?」
 振られて、銃人のレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)も苦笑する。
「まあ……何とも言えません」
「レム! ザイン!」
「おっと、騒ぐなよ〜、俺はパトロールにでも行ってくるか。
 レム、行こうぜ」
 ザインはレムテネルと共にさっさと逃げた。


「わたくし、王宮関係者への襲撃事件は、警備の綻びを探ったり、何らかの情報を引き出そうとする意図があると思うのですわ」
 チョコレートマフィンにもごもごと齧り付きながら、魔道書、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、とことこと鉄心の後に続いて歩く。
 もう一人のパートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)は既に配置についていた。
「珍しく、建設的な意見だな」
「わたくしはいつも、ちゃんと考えていますの!」
「どうだか」
 ぷりぷりと怒るイコナを鉄心は軽くいなした。
「さて、敵が此処まで来るとは思えないが」
「油断はしませんわ」
 言葉を先読んで、ティーは頷く。
 鉄心達の配置は、警備網の、一番奥。許可される範囲の内、最も最深部を希望した。
 此処から先は、鉄心達も通行禁止で、この下に何階層あるのかは一部の者しか知らない。
 此処から下は、専任の王宮騎士が、厳重な護りについているらしい、と、鉄心は察していた。
(つまり、女王は、この下か……)