リアクション
◇ ◇ ◇ 「理子様」 酒杜 陽一(さかもり・よういち)が、王宮の警備体制について討ち合わせを終えた高根沢 理子(たかねざわ・りこ)を呼び止めた。 「あっ、先生」 どうしました? と、振り返った理子は訊ねる。 「今回は女王が狙われているとのことですが、理子様の身にも危険が及ばないとも限りません。 俺が代役を務めようと思いますが」 「……」 陽一が、今の姿になったのはそもそもその為だ。 理子は一瞬、申し訳なさそうな顔をしたが、にこっと笑って頷いた。 「よろしくお願いします」 「もし可能であれば、より敵をうまく欺く為に、魔剣をお借りしたいと思いますが」 「わかった」 理子はあっさり魔剣を陽一に渡す。その辺で、彼を疑うことはなかった。 「ご心配なく。 女王様も理子様も必ずお護りいたします」 「うん、よろしくね」 「もうひとつ、失礼します」 そう言って陽一は、更に理子のお守りに禁猟区を掛けて用心を重ねる。 「あたしは後方に詰めてることにするわ」 と、歩いて行こうとした理子は、配備途中のイコンを目にした。 今回の警備には、敵が巨人とのことで、イコンも何体か導入されている。 その中で、そのイコンが理子の目に止まったのは―― テンテンテテン♪ テテンテン♪ 「こらーっ! 奇妙な太鼓を鳴らしながら歩くのやめなさーい!!」 警備につく為に配置場所に移動する、BGM付きのイコンに、理子は声を張り上げた。 ちなみにそのBGMは、相撲のオープニング音楽である。 バクッ、とイコンのコクピットが開いた。 「只今マイクのテスト中!!」 「げっ、しまった……」 その姿を見て、理子は呼び止めたことを後悔した。 操縦席から颯爽と現れ、縁に片足を乗せてポーズを決めているのは、全裸にマントの男だったからだ。 「任せるがいい! 見よ、俺様と同じ位美しいこの高機動型シパーヒーにズラリと貼られた撃墜マーク! 王宮、そして女王! 全てこの俺様が護ってみせよう! 女王の騎士、ロイヤルガードとして!」 「それは撃墜されたマークにゃ」 胸を張る変熊 仮面(へんくま・かめん)に、パートナーのゆる族、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)がひっそり突っ込みを入れるまでもなく、彼を知る者なら全員がそのマークの意味を知っている。 「いいからロイヤルガードの品位を下げるようなことを、その格好で野外でマイクを通して叫ぶなあ!」 誰だあの全裸をロイヤルガードにしたのは。と、何度思ったか解らないことを、今日も思ってしまう代王その人である。 「理子様、突っ込みがものすごい律儀……」 そんな理子は、陽一に感心されていることも、知る由もなく。 更にこの後、イコンの肩に仁王立ちする彼の姿を見て、 「アレを王宮真ん前に配置決定したの誰――っ!!」 と悲鳴を上げることになるなど、露知らない理子である。 「思ったんだけど、巨人って教導団の演習場を襲撃した後、シャンバラ大荒野へ向かったのよね? 空京とは方向が違うと思うんだけど……」 陽一に代役を任せたとはいえ、一学生として過ごしているわけには行かないので、理子は後方で密かに采配を振るっている。 「陽動、という可能性もあるが……」 源 鉄心(みなもと・てっしん)が言葉を濁らせた。 「が?」 「巨人の襲撃や、博士の動向など、これまでの経過を総括して、陽動をすることにメリットを見出せない。 ついでに言うと、最近の王宮への襲撃事件との関連性についてだが、俺は違う匂いを感じている」 失踪前に博士がわざわざ『女王殺害』と目的を告げて行ったこと、教導団の演習場を襲撃した理由、ハルカを連れて行ったことなど、不可解な点は多いが、組織立ってはいない、と感じる。 だが宮殿関係者への襲撃に関しては逆に、個人的な犯行という気がしなかった。 「別件が同時進行してるかもしれないの? それはそれで、厄介だなあ……」 理子は溜め息を吐く。 「最近女王様の様子に何か変化があったとか、誰かが会いに来たとか、連絡をとっていたとか、そういうことはありませんでしたか?」 鬼院 尋人(きいん・ひろと)が訊ねた。 「それは無いわ。完全シャットアウトよ。 今、誰もアイシャには会えないわ」 理子は断言した。尋人は頷く。 「それと……。もうひとつ、知りたいのですが。 王宮警備隊は、オリヴィエ博士らに対して、どう対応するのです?」 「どういう意味?」 理子は首を傾げる。 「あたしは、女王襲撃を防いでアイシャを護り、襲撃者に対しては、代王としての判断をするしかないわ」 「……はい」 尋人は頷く。 当然の回答だ。解っている。 ――だが、尋人にはどうしても、信じられないのだった。 あの人が、女王を殺害しようと思っているなどと。 ましてやハルカも共にいるという。 本当は、彼を探して真意を問いたい、というのが尋人の本音だ。 だが、黒崎天音や早川呼雪が動くと知り、そちらは任せて、自分は王宮を護りに来たのだ。 「もしも本当に女王襲撃にまで及んだ時、女王には速やかに避難していただくことになるが、手筈は?」 鉄心が訊ねる。理子は顔を曇らせた。 「アイシャには、祈祷に集中して欲しいから、まだ何も言ってないの。 ――でも、何かを察してはいるみたいな気がする。 女王だもん……篭っててもきっと、外のことを知ることもできるわよね……」 「女王は、元気か?」 リア・レオニス(りあ・れおにす)の問いに、理子は彼を見上げた。 「うん。元気よ」 「そうか」 ならいい、と、リアは頷く。 側で護ってやりたいのが本心だが、それが不可能なのは解っている。 何処にいるのか、とも訊かなかった。どこに敵の耳があるか解らないからだ。 訊いたとして、理子はきっと答えないだろう。 だから、その代わりに、代王である理子を護らなくてはとリアは思う。 代役を立てているので大袈裟にはできないが、もしも理子に何かあれば、パートナーとして繋がっている女王にも何らかの被害が及ぶことは必至だ。 それは避けなくてはならない。 アイシャの願いが叶うよう、健やかであるよう、そして滅びを回避し、早く再会できるようにと、リアは祈った。 「公私混同してごめんな。 全く、こいつ頭の中はアイシャでいっぱいなんだよな」 パートナーの剣の花嫁、ザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が横から、いかにも呆れた口調で口を挟んだ。 「なっ、公私混同してるわけじゃないっ。女王の安否を聞いただけだろ!」 「説得力ないぜ。なぁ、レム?」 振られて、銃人のレムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)も苦笑する。 「まあ……何とも言えません」 「レム! ザイン!」 「おっと、騒ぐなよ〜、俺はパトロールにでも行ってくるか。 レム、行こうぜ」 ザインはレムテネルと共にさっさと逃げた。 「わたくし、王宮関係者への襲撃事件は、警備の綻びを探ったり、何らかの情報を引き出そうとする意図があると思うのですわ」 チョコレートマフィンにもごもごと齧り付きながら、魔道書、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、とことこと鉄心の後に続いて歩く。 もう一人のパートナーのヴァルキリー、ティー・ティー(てぃー・てぃー)は既に配置についていた。 「珍しく、建設的な意見だな」 「わたくしはいつも、ちゃんと考えていますの!」 「どうだか」 ぷりぷりと怒るイコナを鉄心は軽くいなした。 「さて、敵が此処まで来るとは思えないが」 「油断はしませんわ」 言葉を先読んで、ティーは頷く。 鉄心達の配置は、警備網の、一番奥。許可される範囲の内、最も最深部を希望した。 此処から先は、鉄心達も通行禁止で、この下に何階層あるのかは一部の者しか知らない。 此処から下は、専任の王宮騎士が、厳重な護りについているらしい、と、鉄心は察していた。 (つまり、女王は、この下か……) |
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