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リアクション
イコン部隊によって湯量を調整された良質な温泉は、発見者の名前をとって、『セレンフィリティの湯』と命名された。この温泉の効能は、試しにアキラが傷ついた巨猿を入れてみたところ、みるみるその傷が回復していったところからもわかるように、大変素晴らしいものであった。
それだけではない。
セレンフィリティは、折角なので周囲の景観などを利用しての露天風呂を設えることを提案する。「雄大な自然の中、余計な物を脱ぎ捨てて身も心もさらけ出して良質の湯に浸かるのは疲れ切った五感を癒すリラクゼーションになるはず」という彼女の主張通り、昼は抜けるような青空や景色、夜は満点の星空や月が最高の露店温泉が完成したのである。
勿論、売店、脱衣所なども設け、撤去した岩なども加工し装飾品として使っていた。
「あー、生き返るー!」
セレンフィリティは、完成したらこの温泉に客として入っていた。他にも施設のスタッフたちの姿が見える。
第一発見者なので出来れば初風呂を楽しみたい所だが、贅沢は言わないことにしていた。
すっかり辺りは夜になり、必要最低限にライトアップされた湯には月が浮かんでいる。
「訓練が終わったら温泉でもスパでも好きなだけ入れるでしょ」と言い、露天風呂で月見酒やら湯上りのフルーツ牛乳やらマッサージやらを吹き込んでゲンナリしているセレンフィリティの気分を盛り上げていたセレアナが、セレンフィリティの隣で微笑んでいる。
「思いがけず、いい春休みになったわね」
「最悪の春休みと嘆いたのはどこの誰かさんだっけ?」
「うーん。忘れた!」
「現金な子よね……セレンて」
「いいじゃない! こうして温泉にも入れたんだし」
「二人っきりじゃないのが、少し残念ね」
見ると、温泉では施設のスタッフ達が思い思いにお風呂を楽しんでいる。近くに別に掘った巨猿達の誘導を終えた警備員達の姿も見える。
尚、今回のみは『懇親のため』という理由で、全員水着着用での入浴である。
「ねえ、セレアナ」
「何?」
互いに肩を寄せ合っていたセレンフィリティとセレアナは、どちらからともなく互いに抱き寄せて軽くキスをする。
「……」
「……」
「……人目につかない所、行く?」
今にも、自分の水着を外してしまいそうな表情のセレンフィリティに、セレアナが頷き、そっと静かに移動を開始する。尚、二人のその後は大人の世界なので皆様のご想像に任せたい。
また、一部の者たちは巨猿の誘導のため、セレンフィリティの湯に後ろ髪を引かれながらも、そちらへと移動していた。
捕まえたノゾキ達に罰として、ルイがサルカモや巨猿と一緒に新たに採掘した天然温泉に放りこむと、理知の提案により、ノゾキ達は巨猿の背中を流す羽目になった。
最も、一部の変わった者達からは「猿とこ、混浴!? こ、これが罰でいいんですかい?」等と意味不明の喜びの声が聞かれたそうであるが……そちらは割愛する。
そして、セルシウスが審査委員長を務める究極のフルーツ牛乳コンテストは、ここで開かれることになっていた。
「ングッングッ……プハーッ! ……ヒック!」
「おい、セっさん。しゃっくりはいらねえだろう?」
「この芳醇な味わい! 一体何のフルーツなのだ!?」
エントリーナンバー4と書かれた札の青年が髪をかきあげ笑う。
「メロンさ!!」
だだ甘とか極端なのは基本ダメなシリウスは「うーん」と唸り、
「あー……子供は好きそうだな、この甘さ。でもオレはダメ。もうダメ……」
「そうでしょうか? わたくしはおいしいですわ」
全体的に採点が甘めなリーブラはそこまで苦にしない味であったらしい。
「苺がないから減点だねー」
これは葵である。因みに彼女の採点基準は全て「苺入りかそうでないか」の1点である。
「メロンはいいけど、もうちょっと捻りが欲しいよな」
結果は、セルシウス10点、シリウス5点、リーブラ10点、葵0点であった。
尚、ここまでトップに立つのはエントリーナンバー1の少女が出した『ベリーベリー牛乳』である。
ブルーベリーとストロベリーのミックスというフルーツ牛乳は、苦みと酸味は割と得意なシリウスの「このすっぱさ、いいな! アクセント効いてて、火照った体が引き締まるぜ」という言葉に凝縮される味と、「苺入ってるね! エライ!」という葵の評価により、高得点の35点を叩きだしていた。尚、唯一5点を入れたセルシウスによるコメントは「色がよくない」というものであった。
「(うむ……コンテストも良いが、大帝の元に一刻も早く戻らねば……)」
少し浮かない顔のセルシウスをよそに、コールされるエントリーナンバー5。
「やぁ、セルシウス。案の定、蛮族達に祭り上げられてイイ気になっているみたいだね」
「この声は!?」
セルシウスの前に現れた銀髪の優男は、エリュシオン帝国の龍騎士エポドスであった。
「何故貴様が!?」
「大帝からのご命令さ。キミを迎えに行けと言われてやってきたところ、面白そうなコンテストが開いてるじゃないか、これはボクも参加しないと思ってね」
「クッ……! 仕方ないとはいえ、貴様が作った白濁の液体を口に含まされて飲まされる日がくるとは」
「……セルシウスさん? お言葉は少し選ばれてから口にされた方がよいですよ?」
何故か頬を染めたリーブラがセルシウスに注意する。
「なんだ? セっさんの知り合いか?」
シリウスにエポドスはフッと笑い、
「知り合い……さぁ。どうかな?」
「いいだろう! エポドス! 貴様の作ったフルーツ牛乳とやらを見せて貰おう」
「龍騎士のフルーツ牛乳ってのはある意味レアよね!」
葵も興味引かれたらしい。
「困ったね。ボクが優勝してしまうのは必然だったらしい」
エポドスは自信満々に、瓶に入ったフルーツ牛乳を見せる。
「ぬぅ!?」
「こ、これは……」
「く……臭ッ!?」
エポドスが作ったのはドリアン牛乳だった。
「さぁ、飲むがいいさ!」
「……完全に罰ゲームのノリじゃねえか」
鼻を摘んだシリウスが手に持った小瓶を恨めしそうに見る。
「もう、苺フルーツ牛乳で良いんじゃない?」
葵も鼻を摘んでいる。
「ドリアンだけじゃないさ。子供でも飲める程度だが、隠し味にブランデーを入れてあるのさ」
「ブランデー……」
強い苦みとアルコール類はかなり苦手なリーブラが、眉をひそめる。
「(くぅ……エポドス。貴様の知識は凄いが、料理に関しては全くダメだという事を思い出したぞ)」
「セっさん……飲もうぜ?」
シリウスの言葉に覚悟を決めるセルシウス。
ゴクッゴクッゴクッ……。
ダンッとテーブルに空の瓶を置いたシリウスが口を開く。
「何事もだけど、さ……甘み、酸味、苦みだけってのはちょっと…というか味見したか?」
「……やや甘さが強すぎますね……あと、わたくし、お酒には弱くて……」
目が半分閉じかけたリーブラは半分程残して瓶を置く。
「駄目だ……あたし……何より、匂いが……」
ドリンクバーで色々と実験をしてきた百戦錬磨の葵も、途中でギブアップする。
「やれやれ。蛮族の諸君の味覚というのはわかりにくいものだね、セルシウス?」
「……」
セルシウスは無言で宙の一点を見つめている。
「おい! お前、これ自分で試飲はしたんだろうな?」
シリウスがエポドスに問い詰める。
「試飲? どうしてボクがそんなことを?」
「なら、お前がまず飲め!」
抗議するシリウスにフゥと溜息をつくエポドス。
「やれやれ。セルシウス。キミはいつも大変な人達とつるんでいたんだねぇ」
その言葉に正気に戻るセルシウスが、口内のエグ味をこらえつつエポドスに告げる。
「エポドスよ……貴様こそシャンバラの文化、特に食文化を学んだ方がよいみたいだな」
そして、セルシウスを筆頭に審査員全員が初めて0点の札を上げるのであった。
尚、優勝はエントリーナンバー1の少女の『ベリーベリー牛乳』であった。
少女の牛乳は、夏侯 淵(かこう・えん)によって、セレンフィリティの湯に浸かっていた施設のスタッフ全員に配られた。
腰に手を当て横に並んだスタッフ達に、「合言葉はぷはーっだそうだ」と指示する淵。どうやらこの映像かスチールは宣伝目的として使われるようだ。
口直しにもう一杯フルーツ牛乳を貰おうとするセルシウスに、隣に並んだコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が話しかける。
「アスコルド大帝にも美味しいフルーツ牛乳を飲ませてあげたら、喜んでもらえるんじゃないかな」
「む……そうか! 大帝にも献上すれば……」
コハクの提案に幾度も頷くセルシウス。
「そうだよ。いいアイデアよ、コハク! 温泉に入ってフルーツ牛乳飲んだら、大帝もきっと良くなるよ」
美羽が笑う。
「貴公達……そこまで大帝のことを……」
アスコルド大帝は美羽やコハクにとっての友達、アイリスの父親なのであった。故に、コハクも「アスコルド大帝には早く元気になってほしいな」と思っていたのだ。
「はーい! それじゃ、行くぜー?」
淵の合図で、撮影のためん、一斉にフルーツ牛乳を独特なポーズで飲みだす一同。
「「「ぷはーっ」」」
その言葉で、セルシウス達は長い一日を終えたのであった。