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リアクション
・Chapter32
「終わりましたか」
中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏い、島の発電所から軍事施設を眺めていた。
一見するとオベリスクのような、外壁に覆われた塔の内部から強い光が発せられ、その中で爆発が起こった。
次の瞬間、支えを失った外壁が崩れ落ちていった。
「なかなか楽しめましたわ。アカデミーの執行官の実力のほども拝見できたことですし」
彼女はただ、見ていただけだ。
特に何をするわけでもなく、傍観者として。
(さて、肝心のレーザー発射装置は破壊されましたが……どうでますの、ヴィクター・ウェスト)
しかし、ヴィクターが撤退する気配はない。
裏口からはスーツを着た男――ヘンリー・ロスチャイルドが契約者らしき者に連行されていくのは見てとれた。
捕まったのか、それとも既に殺されてしまったのか……。
その時、綾瀬の耳にイコンの駆動音が聞こえてきた。
「ちょうど終わったところみたいね。これは都合がいいわ」
カタストローフェに乗ったアウリンノール・イエスイ(あうりんのーる・いえすい)は笑みを浮かべた。
「案の定、こっちにはイコンがいないな」
アプトム・ネルドリック(あぷとむ・ねるどりっく)が呟く。
彼女たちの狙いは、ヴィクター・ウェストだ。表舞台に現れることがない彼が、人工衛星をジャックするという目的で軍事施設にまで足を運んでいる。
「じゃあ、早速やるわよ」
今は軍事施設奪還のため、中には契約者もいるはずだ。ならば、ここで厄介なパラミタの契約者を一掃できる。ヴィクター・ウェストのことだ。おそらく地下にいることだろう。地上部分は全部吹き飛ばしても構わない。
すでに契約者に捕まっているのなら、殺してしまった方がいい。パラミタの契約者たちに渡ってしまうくらいなら、その方がマシだ。あくまで最終手段ではあるが。
「ん〜あれはぁ〜?」
ジャンヌは軍事基地に飛来するイコンの姿を視界に捉えた。
「あれぇ〜いなくなっちゃいましたねぇ〜」
イコンを見上げたほんの一瞬の間に、白津 竜造の姿がなくなっていた。本来なら見逃すことはないが、今はそれどころではないため、彼のことは後回しだ。
「ちょっとまずいですねぇ〜あれはぁ〜」
さすがにあれに暴れられたら、たまったものではない。
ため息を吐き、「断罪」モードになる。
「仕方ありません。『聖遺物』を使います。……空気くらいは読んで欲しいものです」
聖典を開き、ジャンヌは祝詞を発した。
――Hymnus: “Veni, creator spiritus” イムヌス:来たり給え、創造主なる聖霊よ
現れたのは、丸い砲身のような形状をした円筒だ。
そこにセットするのは、聖釘である。
――Hostem repellas longius, 敵を遠ざけて
Pacemque dones protinus; ただちに安らぎを与えたまえ
Ductore sic te praevio 先導主なるあなたにならって
Vitemus omne pessimum. われらをすべての邪悪から逃れさせよ。
詠唱完了。
この時点で、敵の敗北は確定した。
「――Amen」
聖釘が筒から放出され、イコンに直撃する。
厳密に言えば、直撃した後にその軌跡が現れたと言うべきか。
『聖遺物』は教会が所持する切り札中の切り札であり、人間に対しては決して使うことはない。異形の化け物や、実態のない災厄、そういった「普通の状況ではどうしようもないもの」に対してのみ使用が許されるものだ。
今回のがその状況に当てはまるかは微妙だが、ここで殺戮の限りを尽くされることに比べたら、長官からの厳罰の方がまだマシだ。
飛来したイコンは派手な音を立てることもなく、跡形もなく消滅した。
基本的にジャンヌは、「救済」目的以外の死を他者には与えない。パイロットは海にでも漂っていることだろう。
「……目撃者はぁ〜いませんよねぇ〜」
平常モードに戻り、辺りを見回す。
彼女が行った一連の流れは、目撃されているとあまり好ましくないものだ。幸い、施設奪還組の中にはイコンが消滅する瞬間を見た者はいても、ジャンヌが『聖遺物』を使った場面を見た者はいなさそうだった。
……一人を除いて。
(これは興味深いですわね。あの格好からして所属は教会。まさか、あれほどのものを隠し持っているとは……)
綾瀬にとって、これは思わぬ収穫だった。
戦うとか戦わないとかという次元ではなく、それを使った時点で結果が確定するという、理不尽極まりない力。
しかしそれと同時に、一度見れれば満足という思いが湧き上がっていた。
(とはいえ、あくまで観ていていい退屈しのぎになるのは、拮抗した状態――同じくらいの力で一進一退の攻防を繰り返す状態ですわ)
綾瀬は内心ヴィクターを見限っていたが、それは衛星兵器などという下らないものに手をだしたため、『これ以上期待できない存在』だと判断したためだ。
だが、その綾瀬も自分がまさかヴィクターという人間を見誤っていたとは、このときは思ってもいなかった。
撤退していく契約者に捕まった様子はなく、綾瀬がいつまで待ってもヴィクターが現れることはなかった。