リアクション
○ ○ ○ 数週間前に、シャンバラ宮殿近くの野外ステージで、人々の心を奪う旋律が奏でられた。 心を失った人々は、祈りを捧げる女王のアイシャの元を目指して、シャンバラ宮殿に押し寄せてきた。 ロイヤルガードや警備兵、契約者達が盾となり、壁となり人々を阻んで、抑え。 原因を知る者達により、事件は終息へと向かった。 傷ついた人々が癒えていく中、宮殿の修繕や整備も進められて、秋を迎えた今、随分と落ち着きを取り戻していた。 大好きなアイシャ 愛するアイシャ 君を想う人々や君に捧げる曲が復活して、市民達の暴動は無事に収まったよ もう心を痛めなくていいよ 皆無事だ、大丈夫だ アイシャのおかげだよ リア・レオニス(りあ・れおにす)は、整備の指揮をとりながら、アイシャに優しい言葉をテレパシーで送っていく。 (俺の祈りで少しでも君を癒す事が出来たらいいんだがな……) アイシャからは返事はない。 彼女が思いの全てを、シャンバラの――パラミタのために使っていることをリアは理解しているので、返事を求めるようなことはしなかった。 毎日、彼はシャンバラの様子や、他愛無い話をアイシャに送っている。 返事が欲しいからではない。 ただ、伝えたいから。 彼女が愛する世界の様子を、人々のことを。 彼女の精神集中を乱すようなことはしたくないから、ごく短く、彼女に話しかけていた。 「リア、皆さんお集まりですよ」 レムテネル・オービス(れむてねる・おーびす)の声に、リアははっとして顔を上げる。 宮殿の庭園に、空京に住まう人々が集まっていた。 レムテネルは政府の許可を得て、マスコミも通して人々に伝えていた。宮殿で、修繕作業が行われていること。荒れた敷地の様子を。 その情報を見聞きした人達の中に、修繕を手伝いたいと申し出る者がいた。 「多くの人が集まってくださいましたね」 レムテイルの言葉に、リアは強く頷く。 「皆同じ気持ちなんだよな。あんなことは、二度とゴメンだ」 「ああ、殴られたのと違うところも痛かったよな」 共に宮殿を護ったザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)が思い出してため息をつく。 だが、今目の前にいる市民達の目は、あの時向かってきた人々のように虚ろではなくて。 宮殿を整備しようという意欲に満ちていた。 「皆、ありがと! ……ありがとうございます」 リアは集まった人々に、礼を言って、頭を下げ感謝を表した。 それから、道具を配って、庭園の整備を始めていく。 まずは踏み躙られて、枯れてしまった花を回収し。 土を整えた後は、花を植えていく。 秋の花と。 それから、春の花の種や球根も。 人々と一緒に、丁寧に庭園を整えていく。 「……いや、サボッてるわけじゃないから、睨むなよ」 ザインが自分を見ているレムテイルに言った。 ただ見守っているだけのザインを、作業をしながらレムテイルが無言で睨んだのだ。 「土いじりは趣味じゃないからな。けど……っとサンキュ」 運ばれてきたリアカーを受け取り、そこからザインの作業が始まる。 庭園に落ちていた瓦礫や石を、ザインはリアカーに乗せてリアの方に向かった。 (この石をアイシャのいる場所に向かって投げたのか。……操られた市民に罪はないと分かってても苦しいな) リアは花壇に埋まっていたこぶし大の石を取り出して、悲しげな目をしている。 「ほら、こっちによこせ。遠くに捨てちまおうぜ」 「……ああ、頼む」 ザインが言い、リアは吐息をついて笑みを浮かべると、リアカーに石を入れた。 山積みになった瓦礫と石を運んで、ザインは焼却炉の方へと向かう。 「無理に重い物、持とうとするなよ。力仕事なら契約者のオレ達を呼べ。手を貸すぜ」 そう人々に声をかけると「お願いします」「助かるよ」「細かい作業は任せてくれ」と、人々が答える。 「そうだよな……やっぱり、これが普通だよな」 リアが安心したように笑みを浮かべる。 「市民の皆さんにも、事情は伝わっていますから……。自分達が操られて起こしてしまったことを、辛く感じている人も沢山います。そんな方々の罪の意識が、少しでも軽くなるといいですね」 レムテイルがリアにそう声をかけた。 「そうだな」 そして、そんな人々の姿や思いは、彼女に――アイシャに届けば、彼女の力と、シャンバラの力となるだろう。 (アイシャ、君の大切な人達の心が、君の元に戻ってきたよ) 額の汗をぬぐい、人々と微笑み合い。 そして、短く優しくリアはアイシャに言葉を届けた。 |
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