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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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 ■ 過去を越えたその先に ■



 あの過去見以来、クロス・クロノス(くろす・くろのす)は少し変わった、とカイン・セフィト(かいん・せふぃと)は思う。
 ふとした拍子にクロスが宙に飛ばす視線、身に纏う雰囲気。
 クロスをよく知らない人ならば見過ごしてしまう程度の変化ではあったけれど、カインには一目瞭然だ。
 カインは過去見をしていないが、クロスが何を見たのかは想像がつく。
 何故ならカインは当時、その場に居合わせたのだから。
 だから、クロスからニルヴァーナで月見をしないかと誘われたとき、カインは良い機会だと思った。月見ならば、ゆっくりと2人だけで話すには絶好の機会だと。


「舟に乗ってみようか」
 たいむちゃんの搗いた餅、月見団子、酒などを抱えて、クロスは2人乗りの小舟に乗り込んだ。カインも後に続いて乗り、ゆっくりと漕ぎ出した。
 漕ぐたび揺れる小舟の上で、クロスはこれまでのことを思い返す。

 去年の夏、クロスはカインから告白されて恋人同士になった。けれど、恋人関係になる前から、パートナーとして一緒に生活していたので、恋人になった実感というか、なにかが大きく変わったと感じたことはなかった。互いに前より少し近くなっただけで、生活自体はこれまでの延長線上にあったのだ。
 クロスがそれ以上踏み出さなかったのには訳があった。
 記憶を無くし、自分で自分が何者なのかさえ分からない自分がカインの恋人であって良いのだろうかという懸念が、心の何処かに引っかかっていたからだ。
 パラミタでの生活が忙しいこともあり、告白されて以降、2人でどこかに出掛けることも少なかったので、なんとなくそのまま月日を過ごしていた。
 けれど……龍社の秘術によってクロスは自分の過去を垣間見た。それは失われたもののうちのほんの一部でしかなかったけれど、それでも、自分が何者なのかを少しばかり知ることが出来た。
 見たものがショックでないと言えば嘘になる。けれど、まったく過去の分からぬ不安を抱えているよりも、心が楽になったのも確かだった。
 だからクロスはこのお月見を口実にカインを連れ出し、これまで言えずににいた自分の想いを自分の口でちゃんと伝えようと思ったのだ。
 普段の生活の中で、改まって切り出すのは難しいけれど、こんな見事な満月の下でなら、きっと。

 クロスとカインはとりとめもない話をしながら、小舟に持ち込んだ酒や、たいむちゃんの餅、月見団子をつまんだ。
 それならに落ち着いた気分になり、まったりした気分で会話が途切れた時、クロスは月から視線を外してカインを見た。
「月が綺麗だね」
「ああ、そうだな」
「あのね……」
 そうクロスは切り出す。カインの目を見たままで。
「私、過去見して良かったと思ってる。私が一体何者なのか、ほんの少しだけど知ることが出来たから。カインはさ、私を思ってあのこと隠してたんだよね?」
「そうだ。だがお前の過去を知っていたのに、隠していたのはすまないと思っている」
 カインの謝罪に、クロスはううんと首を振った。
「感謝してるよ。あの時より前に過去を思い出してたら、ひどく混乱してたんじゃないかな」
 自分の過去を受け入れられなくて、どう受け止めて良いかも分からなくて、きっと悩み傷ついていたはず。
 でもクロスがあの時そうならずに済んだのは。
「カインがずっと一緒にいるって約束してくれてたから」
「クロス……」
 拠り所となる人がいてくれたから、クロスは過去を受け止めることが出来たのだ。
「あのねカイン。あい……あう、……」
 愛を告げようとしてクロスは口ごもる。やはり口に出すのは恥ずかしすぎて。だから少し言い換える。
「大……好きだから。だから、ずっと一緒にいようね……」
「えっ、ああ、おれもいっ……、なっ!」
 クロスの告白に驚きつつも、カインは答えようとした。
 が。
 口唇にクロスからのキスを受け、答えようとしていた言葉はすべて吹っ飛ぶ。触れるか触れないかという軽いキスだったけれど、その感触をカインが忘れることはないだろう。
 赤くなっているに違いない自分の顔を見られまいと、カインはクロスを抱き寄せた。耳の辺りにキスをしながら、先ほど言えなかった返事をクロスの耳元に囁く。
「俺も大好きだ。ずっと一緒にいる。愛してる」

 過去の悲劇を乗り越えて、クロスとカインは進む。
 未来に何があるのかは分からないけれど、それも乗り越えてゆけるだろう。
 2人こうして一緒にいれば、必ず――。