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リアクション
■ それでも月は輝いて ■
暗い夜空に明るく浮かぶ円の月に、ブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)は手を伸ばす。
こんなに近くに見えるのに、今にも触れそうなのに、月は遠い。
こんなにブルックスの手を照らしてくれるのに、指標のように輝いているのに、自分の手の上に降りてきてはくれない。
小さくため息をついて、ブルックスは隣にいるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)の横顔を見上げた。
せっかく綺麗な月なのに、リュースはずっと考え事をしている。
一緒にお月見するの、もしかして気が進まなかったんだろうか。
ニルヴァーナでお月見しようと誘った時、リュートは少し返事を躊躇った。でもすぐに、いいですねと言ってくれたのに。
「ねぇ、リュー兄?」
呼びかけるとすぐに、リュースはこちらを向いた。
「どうかしましたか?」
「あのね……リュー兄は私のこと、嫌い? 女の子として見れない?」
尋ねると、リュースの眉がわずかにひそめられた。
困らせてしまったかも知れない。でもどうしても聞きたかったことだ。
どきどきしながら返事を待っていると、リュースは反対に聞いてきた。
「いい機会ですので、俺もブルックスに聞きたいと思っていました。どうしてオレを好きになったんです?」
「どうしてかはよく分からない。気付いたら、リュー兄のこと、すごく好きになってた」
気付いたのはそんなに前のことではないけれど、好きになっていたのはきっとそれよりずっと前。何がきっかけとかは分からない。たくさんのことが重なって、好きという形になったんじゃないかと思う。
「相手がオレである必要、あるんです?」
「うん。リュー兄以外、考えられない」
「……ブルックスはオレを兄としてはもう、見てくれないんですか?」
「兄……リュー兄は今でも私の兄で父だよ。でもそれより何より私にとってリュー兄は、素敵な騎士様」
にっこり笑って答えたけれど、リュースの表情は悲しげで苦しげだった。
「オレは……何を間違えてブルックスにそう思わせてしまったのかわからない」
搾り出すように言って、リュースはブルックスの腕を掴んだ。
「……っ」
その動作よりも、自分を見たリュースの視線に怯え、ブルックスはびくっと身を震わせる。
「オレは! ブルックスが思ってる程、綺麗じゃないし、騎士にも相応しくない! あなたは! オレの何を見て好きだと言うんです!? オレの何を知っていると言うんです! オレを、ちゃんと見てますか!?」
声を荒げるリュースのことが、全然怖くないと言えば嘘になる。
けれどリュースの目はあくまでも真剣で。
リュースが自分の為に、うんと考えてくれているのが分かる。
「オレの本性をあなたは知らない……。ブルックス、あなたがオレを好きだというのは、単なる憧れの延長なのでしょう? オレにとってもブルックスは、大切な……本当に大切な家族なんです」
腕に食い込むリュースの指。
リュースにこんな辛い顔をさせてしまっているのは、きっと自分の所為だ。
そのことがとても切なくて、でも……嬉しかった。
リュースがブルックスの腕を掴んでいたのは、それほど長い時間ではなかった。
「すみません……少し感情的になりました」
低く詫びた後は、いつも通りのリュースに戻っている。
ブルックスは微笑んで、リュースの隣に寄り添った。今、リュースの隣で月を見上げているのは自分、だから。
「リュー兄が私のこと、妹として見てるのは知ってる。でも、1歩ずつでもいい。私のこと女の子として見てほしいな」
そう告げると、リュースは視線を下に向けた。何かを恐れるかのように。
頭上に照るは中秋の名月。
けれど今年は、リュースにとって月どころではない月見となったのだった――。