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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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月冴祭の夜 ~愛の意味、教えてください~

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 ■ ニルヴァーナの月の下 ■



 現在ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)は東京都知事として、忙しい日々を送っている。
 なかなかのんびり時間も取れないだろうし、ミルザムの性格から考えて、自分自身の時間をゆっくり取ろうともしなさそうだから、と風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)はミルザムをニルヴァーナで開催される月冴祭に誘った。
 それはミルザムの為であると同時に、優斗自身の気持ちの確認と決着の為でもあった。

「今日はお忙しい中、来て下さってありがとうございます」
「いいえ。ニルヴァーナの話を聞いてからずっと、視察したいと思っていましたから。良い機会となりました」
 ミルザムは笑顔で答えた後、すまなそうに付け加える。
「ただ申し訳ないのですが、他にも約束がありまして、途中で失礼することになってしまいますが……」
「構いませんよ。ミルザムさんがお忙しいことはよく知っていますから」
 優斗はそう言って、ミルザムと月冴祭の会場を歩いた。

「地球ではもう中秋の名月は過ぎてしまっているのに、こちらは満月なのですね」
 似たような月に見えてもやはりここは地球とは違うのだとミルザムは月を見上げてみたり、創世学園付近の復興状況を気にしてみたりと、月見を楽しむというよりは視察主体に付近を観察している。
 こんな時ぐらい自分の時間を楽しんでも良いのにとは思うが、そういう所もミルザムらしいと言えるのだろう、と優斗はそんな様子をただ見守った。

 現東京都知事のミルザムには、こんな時でもないと会うこともままならない。
 ミルザムを誘った時から優斗は、今日こそ、と心に決めていたことがあった。
(今日こそ、この想いを告げよう……)
 どういう結果になるのであれ、それで自分の気持ちに決着をつけよう。
 優斗はそう決意していた。

「……ミルザムさん」
 そう呼びかけると、赤く長い髪を靡かせてミルザムが振り返る。
「はい、何でしょうか」
「僕にとって……ミルザムさんは理想の女性です」
 そう話を切り出すと、ミルザムは少し面食らったような表情になり、次いで恥ずかしそうに笑った。
「あ、ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
「僕はミルザムさんとお付き合いしたいと思っていますし、お付き合いすることができるのなら、とても嬉しい。ですが、多分僕はミルザムさんの理想の男性にはなれないでしょう。むしろ色々とご迷惑をおかけしてしまうタイプの人間だと思っています。ただ、僕はミルザムさんが幸せになれるようにお手伝いしたいと思ってもいます」
 愛の告白らしくはないのだけれど、それが優斗の正直な気持ちだった。
「ご謙遜を。迷惑だなんてそんなことはありません」
 ミルザムはとんでもないと首を振る。
「ただ、今は地球にとってもパラミタにとっても大切な時期。私も都知事として頑張らなければなりません。ですので、今はこれからのパラミタと地球のためにお互いに頑張っていければと思います」
 パラミタも地球も、そしてこのニルヴァーナの地もまた良き道を進んで行って欲しいものだと、ミルザムは月冴祭に集う人々を温かな目で見渡すのだった。




 ■ ニルヴァーナでのひととき ■



 ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)宛ての手紙を書きかけて、シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)は手を止める。
 月を忌んでいたパラミタ人には、月見の風習は不思議かも知れないと。
 だからシルヴィオは時候の挨拶の後に、月見にまつわることや月冴祭についての説明を書いた上で、
『お忙しいとは存じますが、ニルヴァーナの美しい月を是非お見せしたい。離れて過ごす間に、貴女にお話ししたいこともまた増えました。風流で静かな竹林に設えられた東屋で、語り合えたらと思っています』
 と、締めた手紙をしたため、ミルザムへと送ったのだった。

 月冴祭当日。
 先約があるからというミルザムを、シルヴィオは竹林の入り口で待った。
 真っ先に目に入ったのは、白の清楚な雰囲気のロングワンピースと、鍔広の帽子。その下から除く印象的な赤い髪。周囲に目立たぬようにと配慮してシルヴィオがあらかじめミルザムに贈っておいた服だ。
「来て下さってありがとうございます。その服、とてもよくお似合いです。悩んで選んだ甲斐があった」
 シルヴィオが褒めると、ミルザムは恥ずかしそうに帽子の鍔に手をやった。
「そう言って頂けると嬉しいですが、やはり選んだ方のセンスだと思います」
「いいえやはり、服はそれを身に纏う人によってこそ生きるもの。貴女に着て頂いて、その服もそして選んだ私も光栄というものでしょう」
 シルヴィオは荷物を持っていない片方の手を、ではこちらへとミルザムに差し伸べ、散策路へと誘った。

 竹ごしに差し込む月光と、所々に置かれた小さな灯。
 足下が暗い場所等には気を配り、シルヴィオはミルザムをエスコートしていった。
「竹の間から眺める月も、なかなか風流でしょう。俺に日本人の血が流れているからでしょうか……こういう雰囲気は落ち着きます」
 シルヴィオはイタリア人だが、父方の曾祖父は日本人だ。普段はあまり意識することはないのだが、和風な趣に惹かれるのはその血の所為なのかも知れない。
「ええ。今の東京にはこういう風景を楽しめる場所がめっきり少なくなっているのが、少し残念ですね」
 発展と日本古来の姿を共存させるのは難しいと、ミルザムは好ましげに竹林の佇まいを見やった。

 東屋に着くと、シルヴィオはミルザムを椅子に座らせた後、持参してきたお茶と月見菓子を供した。
 それを楽しみながら、シルヴィオはここ最近の近況等、特にミルザムが興味を示したニルヴァーナの探索についてを中心に話した。
 そしてふと会話が途切れた時。
 シルヴィオはいつになく真剣な表情になった。
「今夜の月は本当に美しい……だが、手を伸ばしても届かない月は、まるで貴女そのもののように思えます」
 冗談以外でそんなそぶりは見せたことのないシルヴィオだから、ミルザムは少し驚いたようだが、すぐに当たり障りのない笑顔で受け流す。
「あんな見事な満月にたとえるだなんてお上手ですね。何も出ませんよ?」
 けれどシルヴィオはそれには乗らず、尚も続けた。
「貴女は女性としてとても魅力的だ。けれど……だからこそ、貴女を想えば心に蓋をせざるを得なかった。何故なら貴女は……『ツァンダ家の直系』としての役目を果たさなければならないから」
 ミルザムが背負っている立場や状況は重い。
(今のままなら彼女はツァンダの血筋を守る為、いずれその係累の男子と結婚することになるだろう。幾ら家柄が良くとも、俺は所詮地球人だ……)
 ミルザムのことを想ってはいるけれど、それを恋愛とするには彼女の負担も障害もきっと大きいだろうと考えると、思いの丈をぶつけることも憚られる。
「私は、今は東京都知事として、パラミタと地球のために粉骨する所存です」
 その他のことは今は考えられないというミルザムの手を、シルヴィオは両手で包んだ。
「な……」
 言葉に詰まるミルザムをシルヴィオは真っ直ぐに見つめる。
「今だけは、こうして過ごさせては下さいませんか」
 シルヴィオの視線を受け、ミルザムは。
「…………」
 無言で小さく頷いた――。

 今ひとときはすべてを忘れて。
 ここはニルヴァーナ。
 地球でもパラミタでもない、そんな場所なのだから。