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リアクション
■ 湯呑みの中の月 ■
今宵は満月。
創世学園のすぐ近くに設えられた月冴祭会場では、多くの人が月見に興じている。
校長であるラクシュミも、空京たいむちゃんとして祭りに参加している為、今夜の創世学園はひっそりと静まりかえっていた。
「やはりこちらにいたんですか」
もしやと思い創世学園に来てみた九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、そこにいつに変わらぬ長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)を見付けた。
「お? こんな時間に一体何だ?」
ローズの姿に気付き、広明は怪訝そうな顔になる。
「こんな時間って、今夜は月冴祭ですから皆、お月見してるんですよ」
「月見……ああ、何かそんな話を聞いたっけな」
忘れていた、と広明は頭を掻く。
「そんなことだろうと思いました。良かったら今からでも月冴祭に行ってみませんか? もしまだ仕事があるのなら、後で手伝いますから」
ニルヴァーナ探索の時ほどではないにせよ、今も広明が仕事を頑張っていることをローズは良く知っていた。だからこそ、少しでも疲れが取れるようにと、月見に誘いに来たのだ。
「仕事はまあ、どれだけやっても尽きないが、そこまで急ぎのもんでもないから構わないぜ。――月見、か……そんな心の余裕、なかったな」
広明は窓ごしに月を眺め、そして頷いた。
「良いよ、せっかく誘ってくれたんだし、行くぜ」
落ち着ける場所がいいだろうと、ローズは広明を竹林の東屋に案内した。
貰ってきたお茶と団子を持ち込んで、のんびりと時間を過ごす。
「ここからでは見えませんが、池に映る月を楽しむのは、平安時代の貴族の楽しみらしいですね。ニルヴァーナでこんな体験ができるのは、少し不思議な感じがします」
「御貴族様の楽しみ、か。申し訳ない、オレには月より団子の方が性に合ってるみたいだ」
広明の指がまた1つ団子を取り上げ、ぽいっと口に運ぶ。
「うん、美味い」
「でもこのお団子もこうすれば……池の月みたいに見えません?」
ローズはお茶に団子を映してみせた。
「そうだな。おっと、茶で月見はいいが、うっかり団子を落とすなよ。月が池に落ちたらさまにならねえや」
軽口を叩いて、広明はははっと笑った。
そんなくつろいだ様子に、ローズは広明を月見に誘って良かったと思った。
放っておいたらきっと広明は、今日もまた時間を忘れて仕事に没頭していたのだろうから。
あまり広明に無理を重ねてほしくなくて、ローズは言う。
「ずっと働くより、適度な息抜きがあった方が効率的にも良いかと思います」
「そうなんだがな。オレの場合、一度没頭しちまうと、2、3日は飲まず食わずでも気にならないからなぁ」
広明は何でもないように言うが、それこそが心配なのだとローズは思う。
「私の知り合いに、疲れがたまって倒れた人がいるんです。その人は、もちろん休みをとって今は……元気ですよ。少しのお休みで体が元気になるなら、そうした方が良いですよ」
ローズは尚も休息を勧めたが、広明はこれも性分だからなぁと笑う。
「ま、九条の言うことは肝に銘じておくよ。まだまだ現役で頑張らなければならないからな」
そう言ってローズに悪戯っぽくウインクすると、広明は美味そうにお茶を啜った。