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リアクション
■ 伝えたいこと…… ■
季節の中でも、秋はもっとも密やかに訪れる。
いつ来たのかも定かでないうちに、周囲は秋一色に塗り替えられている。
そして、ふと気付けばもう月見の時季だ。
ニルヴァーナで月冴祭が行われると耳にして、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の脳裏に最初に浮かんだのは泉 美緒(いずみ・みお)の顔だった。
思い立ったが吉日というわけではないけれど、せっかくだからと正悟は美緒に月冴祭のことを話してみた。
「お月見ですの? 実家でもこの時期になるとよくやっておりましたわ」
懐かしそうな美緒に、良かったら一緒に行かないかと誘ってみると、
「はい。ニルヴァーナのお月様もさぞ素敵でしょうね
美緒は微笑みながらその申し出を受けてくれた。
「今日は来てくれてありがとう」
月冴祭当日。来てくれた美緒に正悟が礼を言うと、美緒はこちらの方こそと丁寧に挨拶する。
「素敵な行事にご招待頂き、恐悦至極に存じます」
「いや、そこまでかしこまらなくても良いから。気楽にのんびり楽しもう」
さてどこに行こうと会場を見渡して、正悟は竹林へと向かうことにした。
竹林の風情はきっと、侘び寂びを感じさせてくれることだろう。
「まあこれは随分と和風情緒溢れていますのね」
小さな灯りに示された竹林の小径を、美緒は好ましげに見やった。
「ここが地球ではなくニルヴァーナだと思うと、余計に感慨深いな……っと、そこ気をつけて」
歩き始めた美緒の肩が竹に当たりそうになったのを、正悟は慌てて手を取って引き寄せる。
「あ……ありがとうございます」
「かなり道が狭いな。これも情緒というものなんだろうけど」
美緒が竹に引っかかったりしないようにと、正悟は美緒とそのまま手を繋ぎ、傍に寄って歩いていった。
正悟は美緒に告白したことがある。
けれどそれは美緒にとってはいきなりの話だったろうし、色々と疑念を持たせてしまったこともある。色々あったのは確かだが、これまで正悟は『何故』好きなのかを美緒に伝えたことが無かった。
――美緒に出会って色々関わってきた中で、生きてる世界に色を取り戻すことができたから。
自分が色を失ってるまま、誰かの人形を演じなくていいと思えたから。
その色は次こそは失いたくないと思ったから――。
この機会にその理由を美緒に……と思わないでもないのだが、告白して相手が考えると言ってくれている状態で、それを言っていいものかどうか。
正悟はしばらく考えて、その理由は伝えずに、ただ本当に感謝していることだけは伝えておこうと決めた。
「ありがとう、俺は美緒さんに会えてよかった」
感謝の想いを口にするのは、告白したときよりもこっ恥ずかしい。
真っ赤になった正悟に、美緒はふふと笑った。
「お上手ですこと」
「いや、これは本気で……」
言葉を重ねると余計に顔が熱くなってくる。
正悟は照れをさまそうと月を見上げた。
「今日も月は綺麗だ」
「ほんとうに綺麗なお月様ですわね」
美緒はおっとりと月を見上げて微笑んだ。
■ 月の小舟でかわすのは ■
池の畔に佇み、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は夜空を見上げた。
空に輝くあの月を、欲しいと言ったらどうなるだろう。
月は誰かの手に降りてきてくれるのだろうか。
「小夜子お姉様」
泉 美緒(いずみ・みお)に呼ばれ、小夜子は物思いから覚めた。
月冴祭に誘ったら、先約があるからその後でと言われ、小夜子は美緒を待っていたのだ。
「お待たせしてしまってすみません」
「いいえ、そんなに待っていませんわ。さあ、小舟に乗りましょうか」
「はい、お姉様」
美緒は頷いて小夜子と共に小舟に乗り込んだ。
ゆるやかに池中央辺りまで小舟を漕いでいくと、そこで月うさぎの餅とお茶をお供に、2人は話に花を咲かせた。
小夜子が美緒と一緒に過ごした時間には色々あった。
美緒が空賊になったり海賊になったり。
でも今はこうして落ち着いて月見が出来る。それが楽しい。
「美緒さん、去年のクリスマスの事、覚えてるかしら」
頃合いを見計らい、小夜子は今夜の本題を切り出した。
「あのとき私は美緒さんに武道を教え、美緒さんは私にお茶や舞踏を教えるって。その以前も、護身用の短剣を差し上げましたが……」
「はい、小夜子お姉様からいただいた短剣は、特訓の際に使わせていただいていますわ」
役立たせてもらっている、という美緒に微笑み、小夜子はお茶のカップを手に取った。
「美緒さんのおかげで、私の形も様になってきましたわ」
小夜子は上品にカップを口に運ぶ。これは美緒の飲み方に倣ってのことだ。
飲んで美緒の顔を見れば、美緒もまた微笑んで小夜子の仕草を見ていた。
それを見て、小夜子の気持ちは決まった。
これまでずっと、美緒とは友人として付き合ってきたけれど、そろそろ……自分の想いを話そう。
「美緒さん……私は最初、貴女の危なっかしい所が心配だったの。でも付き合って気付いた。美緒さんは努力して、自分でも出来るように頑張る人なんだって」
小夜子ははじめ、美緒の可愛らしさに惹かれた。
けれど美緒には少し頼りないところがあった。それでも、それを克服しようと努力していていた。
そんな美緒が好きになって……今では、愛してる。
そう言うと、美緒は手を両頬に当てた。
「あ、ありがとうございますわ。小夜子お姉様にそういって頂けると、その、なんだか照れますわね」
恥ずかしそうであり、また嬉しそうでもある美緒は……とても可愛かった。
「この話は、今の今まで切り出せなかった……。私は頼られたいと想うけど、人に頼る部分がある自分に自信がない……」
「そんな、お姉様……」
「でも、もし美緒さんが良ければ、こんな私と……友人としてではなく恋人として付き合ってくれませんか?」
小夜子はまっすぐに想いを伝えた。
イエスかノーか、どちらにしろ美緒の率直な答えが聞きたい。
「お姉様……」
美緒は両手をぎゅっと握り会わせ、そしてその瞳を小夜子に向けた。
「私でよろしければ喜んで。小夜子お姉様、いえ、これからは小夜子と呼ばせていただいても良いですか? 恋人、なのですもの」
恥じらいながらも、美緒は精一杯の気持ちで小夜子に応えた。
「美緒さ……いえ、美緒。ありがとう……」
小夜子はそっと美緒の女性らしい身体を抱き寄せると……柔らかなその口唇に口付けた。
小舟の上で1つのシルエットに溶け合う2人に、月は冴え冴えとした光を注ぐ。
満月の祝福を投げかけるように――。
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