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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●冴えた光が、天の星から
 
 パーティのメイン会場、つまり講堂大ホールでの食事や演奏を楽しんだ後、二人はそっとパーティを後にした。
 二人、それはフリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)鷹野 栗(たかの・まろん)のことだ。
 夜のイルミンスールは、昼間とはまた違う顔を見せてくれる。太古より続くという林にたどりつき、気の向くまま、その一つに登って枝に腰掛けた。
 吐く息が白い。
「フォイエル」
 フリードリッヒが囁くと、持参した複数の蝋燭飾りに同時に火が灯り、葉々から隠れる程度の仄かな光源となる。
 ほのかな光の下でも、互いの顔はよく見えた。
 よく見えるくらい、近い距離に座ったから。
「メリークリスマス……改めて」
「ええ、メリークリスマス、フリッツさん」
 携帯松明に火術で火を入れ、身を寄せ合うとちょうどいい暖かさだ。
 空に向かい両手を掲げているような木々の間から、冴えた星の光が降ってくる。
「制服……新しいのにしました?」
「ああ、おめかし用に改造した新制服なんだ。この飾りは……」
「私がプレゼントした不死鳥の羽、ですよね。身につけていてくれて嬉しいです」
「そりゃあ、いつだって栗を身近に感じていたいからね」
 ちょっとキザかな、とフリッツは照れ笑いした。
「そんなことないです。格好いい……です」
 言いながら栗の頬が熱っぽくなる。自分に恋人ができて、こんな会話をすることになるなんて思わなかった。
 二人が出逢ったのは入学直後、生物部でのことだった。
 夏の終わりに距離が縮まり、その次の新春にはひと波乱あり、そして春……彼は彼女に告白した。
 それから月日は流れた。その間、幾度かのイルミンの危機で共闘することがあり、二人の絆はより深まったと、フリッツは思う。
「最後にフリッツさんと依頼でご一緒したのは、まだザナドゥと戦っていた頃でしたね」
「ああ、そうだった」
「あれから色々とあったなあ……肝試しみたいな軽いものから、『煉獄の牢』の事件。それからパートナーの前世を追いかけたり」
 でも、と両脚をぶらぶらとさせて彼女は言った。
「……なんだか、あっと言う間だった気がします」
 一寸の光陰矢の如し、よく言ったものである。
「充実した時間だったからこそ、飛ぶように過ぎていったのかな」
「かもしれませんね」
 と微笑んで、栗は続けた。
「もうすっかり、冬になっちゃった。パラミタに来て、四度目の冬……。
 私、冬はちょっぴり苦手なんです。寒さもそうだけれど、動物や植物たちがひっそりしてしまう時期でもあるし……」
 栗の目には光が宿っている。灯の光、星の光、それらが混じり合ったものが。
 なんて綺麗な瞳なんだろう。
 フリッツの胸は高鳴っていた。彼女の瞳に吸い込まれそうになる。距離が、よりいっそう近づいてゆく。
「でも、冬にだっていいこともあるんですよ」
「いいこと?」
「ひとつめは、ドラゴンたちは冬でも元気なことです」
 瞬間、栗の顔がドラゴンに変わっている! 厚い鱗に追われた獰猛な龍!
「がおー」言い方は可愛いが、変身した姿は可愛いどころか怖い。
「ギャー!?」
 驚くなというほうが無理だ。フリッツは枝から滑って落下しそうになったが、両腕で枝を抱いてなんとかとどまった。
「ああ、もう術が解けちゃった。ふふ。びっくり、しました?」
 元の顔に服し、栗は無邪気に笑った。
「……した。十分に」
 するりとフリッツは飛び降りて着地した。
「ちょっと歩こう」
 やがて二人は、巨大なクリスマスツリーの下に来て立ち止まった。どうしたわけなのか、ツリーの周辺には雪が降り積もっている。それも情緒があっていい。
 実のところこれはフリッツの誘導、ちょうど頭上に、ヤドリギ飾りがある場所なのだ。雪がいくらか乗っているが、飾りはちゃんと確認できる。
「栗……」
 と彼が呼びかけるより早く、彼女が口を開いた。
「そうそう。冬でも『いいこと』の話ですが、もうひとつ、あるんです」
「どんな?」
 ここでフリッツはもう一度、さっき以上に驚くことになる。
 キス。
 栗が予告もなく、彼の唇に与えたのだ。
 唇が触れあう程度の軽いものだが、それは紛れもなくキスだった。
「え……あ……」
「ふたつめのいいことは、クリスマスにヤドリギが飾られること」
 そう言ってまた、栗はふっと微笑んだのである。
「かなわないな……栗には」
 ヤドリギを見透かされていたという驚き、先を越されたという喜び……フリッツは胸を詰まらせながら、両手を彼女の肩に置いた。
「初めて会ったときから、栗には幸せになってほしいと感じてた。僕がその相手になりたいと思ったんだ。これからも」
 自然と口をついた言葉に、フリッツ自身が、気づかされてもいた。
 ――そうか、そうなんだ。
 初対面のときから、好きだったんだ。
 二度目のキスは彼から。
 今度は、深い口づけ。
 想いが高まり、彼は彼女の背に両腕を回していた。
 微かな髪の香りがする。
 星灯りと闇に二人は溶けて、ひとつのシルエットとなる。

 今年の初めに娘のユノが生まれて、もうすぐ1年。
 そして彼女が初めて迎えるクリスマス。
 親子三人で過ごす聖夜……蓮見 朱里(はすみ・しゅり)アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は、ユノを抱いてクリスマスツリーを見上げている。
 ユノが驚くといけないのでパーティは避けている。二人の養子は友達と遊んでくると言って出て行ったので、直接三人で、この場所にやってきたというわけだ。
 ひらひらと綿雪が降ってきた。どういう原理で降るのかはわからない。なぜって空には星がまたたいているのだから。今夜はツリーの周囲だけ、断続的に降っているようだ。
「座ろう」
 雪を手で払いのけ、アインはベンチにタオルを敷いた。赤ちゃんが産まれてからは、常に複数のタオルを持ち歩く生活になったが、それにも随分慣れたと思う。
 ツリー周辺にはちらほらと人がいたが、このベンチのところはちょうど死角になっていて人の視線は届かない。並んで腰を下ろした。
 ユノは朱里に抱かれてやすやと眠っていた。ときおり夜中に火が付いたように泣く彼女だが、今日はずっと神妙にしている。ユノにも、今宵が聖なる夜だとわかるのだろうか。
「揺られているうちに眠ってしまったみたい」
 アインは微笑してうなずいた。
 ――すっかり母親の顔だな。
 我が子を抱く朱里の横顔に、そんなことを思ったりもする。自分は父親の顔になっているだろうか……。
 変わった、といえばユノの成長も目を見張るようだ。わずか一年の間に、人はこんなにも成長するものなのか。まさしく日進月歩、毎日新しいことを覚えているように見える。最近ではつかまり立ちを始め、少しずつ言葉らしきものも覚えるようになった。ますます目が離せなくなってきたとは思うが、親としても驚きと喜びに満ちた日々なのは確かだ。
 朱里はユノの寝顔を見つめながら思う。なんて可愛く、愛おしい存在だろう。
 ――キリスト生誕の夜の聖母マリアも、こんな気持ちだったんだろうか。
 ふと、過去の物語に意識が向かう。
 そのときアインは頭上に、ヤドリギ飾りがあることに気がついた。
 ――そういえば、クリスマスのヤドリギには伝承があったな。
 彼は思い出した。そうすると死角になるよう配置されたこのベンチも、主催者側の粋な配慮というわけだ。
 もう一度朱里を見た。
 妻として、母として、女性として……。
 優しく、強く、綺麗になってゆく朱里が、とても愛しい。
 そう感じたとき、すでに彼は腕を伸ばして彼女の肩を抱き寄せ、吸い寄せられるように唇にキスをしていた。
「アイン?」
「ヤドリギの飾りだよ」
 朱里も伝承を思い出した。同時に、頑固なほど真面目な彼に、ふと悪戯心が芽生えたことを知ってなんだか、こそばゆいような、少し恥ずかしいような……そんな気持ちを抱いた。
 でも、なにより嬉しい。なぜって悪戯心は、彼がより人間らしくなったことの証拠だから。
「もう一度」
 と言って彼はキスを繰り返した。一度どころか、繰り返し。
 ――これからも家族の、そして夫婦の絆を大切に。君達をずっと幸せにすると誓おう。
 ――今だって十分幸せだけど、これからもずっとずっと、この幸せが続きますように。
 これが彼と、彼女の祈り。

 来るには来たが、八神 誠一(やがみ・せいいち)は明るいところには足が向かなかった。
 パーティ会場には顔も出していない。クリスマスツリーの下には少しだけいたが、やはり落ち着かないので離れた。
 普段ならイルミンの学生が、座って読書でもする場所だろうか。星より他に灯りらしい灯りのない木製のベンチに、いくらか両膝を開いて座る。
 このほうが賑やかな屋内よりも、ずっと落ち着く。
 もっと暗闇でもいいくらいだ。それこそ、墨で塗り込めたような。
 ベンチの背もたれに両腕を預け、誠一は空を見上げた。
 けれど彼は星空を楽しむわけではない。いつの間にか、非物質化した武器を、物質化し抜き打った時の動きをイメージトレーニングしている。
 こう来たら……こう取る。こうやって、音を立てず相手の首を掻き切る……。
「昔の習性って、なかなか抜けないもんだねぇ」
 誠一は自嘲気味に呟いた。
 いくらかは変わったつもりである。しかしやはり自分は、日の当たる場所、祝う場所、そういったものにはとんと縁がないらしい。
 探したよー、と声がした瞬間、誠一はイメージトレーニングを終えていた。同時に、無機質なまでに冷たい暗殺者の眼光を消した。
「せっかく来たのに、こんなところにいたのだね」 
 オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)が両手を腰に当てて立ち、誠一を見下ろしていた。
「こっちの方が、落ち着くからねぇ」
 さっきまで、視線だけで人を殺せるような目をしていたのに、すでに誠一は眠たげな顔をしている。
「まったく、好きこのんでこんな寒い場所にいなくたっていのだよ」
 などとぶつくさ言いながら、ちゃっかりとオフィーリアは、誠一の隣に腰を下ろす。さりげなく、猫がそうするようにして彼に寄り添っていた。
「寒いなら、パーティ会場に行ったほうがいいよ」
「隠し事も鈍感な振りも要らないのだよ。昔の事、大体分かってるし」
「大体……?」
「殺伐とした人生だった、ってことだね」
「そうじゃない、俺は……」
 言いながら誠一は、彼女の体を突き放すようにして立った。
「なに? なら、座ってちゃんと話すのだよ」
 さっとオフィーリアは立ち上がって、両手で彼をベンチに引き下ろした。
「知ったら後悔するかもしれないが」
「知らずに後悔するより、知って後悔するほうがずっとマシなのだよ」
 という彼女の目は、もう笑ってはいなかった。
「なら……話す」
 こう切り出し、誠一は過去にあった出来事を話した。隠していたことも。すべて。
 五歳の頃に、気が付いたら暗殺者の家に引き取られていたことも、
 十四歳まで、暗殺者として多くの命を奪ってきたことも、
 そして、八神本家家督争いの際に、オフィーリアの姿の元となった、当時一番大切に思っていた女性を、殺したことも……!
「数え切れないほどの敵を殺し、血塗れの手でなお刃を手放さない、手放せない。そのくせ、たった一人の死に顔を未だに忘れることすらできていない……」
 オフィーリアを一瞥だにせず、虚空を見つめたまま誠一は語った。その目はすでに、暗殺者のそれだった。
「俺はリアに、あいつの……清津流の面影を求めているだけかもしれない。清津流を殺した贖罪をしようとしてるだけかもしれない」
 だがここで唐突に、彼女が口を挟んだ。
「うるさい黙れやかましい」
「……」
 リアは、ふんと鼻息荒く言ったのである。
「後悔してないよ。俺様は。むしろ、やっとこれでせーちゃんに、しっかりと想いを告げられるようになったんだ、と思ってるのだよ」
「……やめとけよ、こんな男は」
 ところがリアは、彼の襟首を両手でつかんで自分のほうを向けたのである。
「上等なのだよ。忘れられない大いに結構。その上でせ〜ちゃんを完膚なきまでにこっち向かせて見せるから問題ないのだよ
「……その自信が一体どこから湧いて来るのか、ときどき、不思議に思うよ」
 誠一は口元が弛んだ。やっぱり、リアはリアだ。
 襟首を掴んだまま、牙のようにも見える八重歯をちらりと見せ、にこりとリアは微笑んだ。
「と言うことで俺様と付き合え。否定は許さないのだよ」
「そういえば、あいつも不思議といつも自信満々だったっけ……」
「聞きたい返事はそれじゃないのだよ。『はい』か『イエス』か『喜んで』か、選ぶのだよ!」
「はいはい了解しました、お姫様」
 この声は彼女に届いただろうか。わからない。
 なぜって直後、オフィーリアは気絶したからである。
 手がするりとほどけ、ぱたん、と彼の胸に頭を預ける。
「リア? こんな寒いところで寝たら風邪引くよ?」
 声をかけてから誠一は、彼女が気絶していることを確認した。
「仕方ない、僕が連れて帰るかねぇ」
 嘆息して、彼女を抱き上げる。
「……我が『花嫁』を」
 このとき誠一は、能面のような無表情へと変貌していた。
 オフィーリアの心に響く声があった。声は、告げた。
 「完成度には未だ不満はあるが、遂に完全に捉えた。
 こやつこそわが剣、幾重にも重なる戦場と言う業火の中、逆境、強敵と言う槌で打ち鍛えられた、極上の一振り。
 そして我は『剣』の花嫁。
 もはや逃がさぬ、更なる業火の中へ導いてやろう。
 貴様の役目はもう終わった。
 返してもらうぞ、我が身体を」