校長室
星降る夜のクリスマス
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●Sapin de Noel クリスマスツリーの下では、恋人たちが様々な感情を巡らせていた。 「寒っ!」 とエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はコートの合わせ目を押さえて震えた。室内から外に出ると落差がすごい。けれどメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)たちは、きっとそんな寒さなどものともせずやっていることだろう。遠目に二人の姿が見えるが、それを見物するなどという野暮はやめておく。 しかし場所が悪いようだ。一人きりの女性なんて見えない。いたらバラの花一輪など、渡してあげるのだが。 「まあ……先に帰ろう」 心の中でメリークリスマスと告げ、エースは立ち去った。 さてメシエは、この日リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)との時間を楽しんだ。知人には挨拶をかねて短い会話も交わしたものの、この夜のメインはあくまでリリアとのひとときだ。彼は紳士的に彼女を笑わせ、少しだがダンスの相手にもなった。 「本当、メシエって愉快な人よね」 「さあ……こういうパーティに慣れているだけじゃないかと思うが」 「そう? だって今日、ずっと楽しかったもの」 「それはリリアが一緒だったからさ」 「またまた〜。メシエが女性の扱いに慣れているからじゃないの?」 「買いかぶられたものだ。そんな色男に見えるかい?」 見えるー、とリリアは笑った。 ――女性の扱いに慣れている、か……。 メシエはリリアを見た。いや、リリアを通して、リリアによく似た女性を視た。 リリアは彼女によく似ている。顔立ち、声、すべて……瓜二つといっても過言ではない。 ただ、性格は同じではなかった。彼女のほうがもっと理性的で論理的だった。いわば大人だった。……といっても、彼女もリリアも知る者に言わせれば「リリアと彼女は性格も良く似ている。彼女はメシエの前ではネコかぶってたんじゃないのか」ということだが。 いずれにせよ、本当のところは、わからない 彼女……古王国時代のメシエの婚約者は、戦死したのだから。 「雪にイルミネーション、飾りつけ、全部綺麗……でも、なんといっても星が綺麗ね!」 ツリーの下で、リリアは嬉しそうに声を上げた。 「そうだな。しかしそれなら、もっと綺麗に星空が見えるところへ連れて行ってあげるよ」 メシエは歩き出した。 「えっ?」 驚いてリリアはついていく。 十数分ほど歩いただろうか。 小高い丘に着いた。 人工の光に邪魔されない、もっと満天の星の光が楽しめる静かな場所である。 星降る光景とはまさにこのようなものをいうのだろう。見渡す限り夜空、見渡す限り、星。 この世界に、自分たち以外の人間がいないのではないかと思うほどに静かだった。 「星が空いっぱいで凄く綺麗……本当に星って空いっぱいに広がっているものなのね」 吸い込まれるような夜空に、リリアは心を奪われた様子だ。その視線の先を追って彼は言う。 「あの星が気になるのかな。あれはプロキオン、一等星だ。プロキオンと三等星ゴメイサの二つを結べば、こいぬ座になる。一方で、あそこに見えるシリウスを口元と考えてこんな感じで結べば、おおいぬ座になるわけだ」 このような感じでいくつか、彼は星座をレクチャーした。リリアはずっと、うんうんと頷いている。 「すまない……退屈な話だったかな」 「全然退屈じゃないよ。星座にあてはめて星空を見るのって素敵」 リリアの笑顔が愛おしい、それはメシエの素直な気持ちだ。『彼女』とは違う、既に彼は理解している。だから過去に惑わされたのではない。強いて言えば、今のリリアに惑わされているというべきだろうか。魔法にかけられたような気分だ。何があってもリリアの笑顔を、守りたいとすら思う。 「……好きよ」 いささか唐突に、リリアが言った。 「何が?」 「わかってるくせに! メシエ、私、あなたのことが好き」 「好かれているのはありがたいことだな」 もう! とリリアはメシエの後頭部に両手を回して、ぶら下がるようにして彼の顔を自分の顔に向けた。 「ちゃんと向き合ってくれたっていいじゃない? 私は、本気よ」 「向き合ったら……夢中になってしまいそうだ」 メシエはリリアを見つめた。リリアだけを見つめた。 「だが……夢中になるのも、悪くない」 メシエの腕がリリアの腰を支える。 火が出るほどに熱いキスを交わした。 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、ゴシック調に飾られた白と黒のドレスを着ている。 黙って樹月 刀真(きづき・とうま)は彼女を抱き寄せた。そのまま、寄り添いながら二人で歩く。 「……ありがとう」 「そのドレス……」 ぽつりと刀真は言った。 「着てくれて嬉しい」 なぜならそれは、彼が彼女に贈ったものだからだ。 「デザインも気に入っているし……」 月夜の返答はどことなくよそよそしい。 さもあろう。 夏に刀真が怒らせたことがきっかけで、今日までずっと、月夜は彼とまともに口を聞いていなかったのである。 今夜、イルミンスールで催し物があると知って、玉藻 前(たまもの・まえ)は「刀真と一緒に行ってこい」と月夜に言った。今夜のドレスを勧めたのも彼女だ。月夜は迷ったが、玉藻前は正座して告げたのである。 「あの阿呆は勘違いをしているから、一度はっきりと言ってやらないとこの先もこのままだぞ」 と。 そういう経緯で、二人は待ち合わせしてクリスマスツリーに赴くことになったのだった。 月夜と会話らしい会話をするのは久しぶりなので、刀真は我知らず身を固くしながら言った。 「話せなかった間、少しお前とのことを思い出していた。最初に回想したのは初対面のときの……」 「待って、それを言うわけ!」 月夜は弾かれたように刀真を見る。ほんの少し、刀真の知っている月夜が顔を出したようだ。 「力を求めてお前の封印を解いたとき、お前裸だったんだよな〜」 ははっ、と刀真は笑ってしまった。今では笑い話だが、その瞬間は刀真も凍り付いたものだ。もちろん、生身の女の全裸を見るのがはじめてだったという事情もあるが。 「月の光に照らされたその姿は今でも鮮明に思い出せる」 「バカ。セクハラよ、それ」 「褒めてるんだぞ」 「もうちょっと恥ずかしくない思い出にしてよ」 ……と、ここで二人の足が止まった。 クリスマスツリーの下に来たのだ。本当に大きいツリーだ。他にもパーティ参加者などが来ているはずだが、広いせいか姿が見えない。 「聞いてくれ。恥ずかしがらそうと思ってした話じゃない。多分あの時に俺は月夜に心を奪われた……そう言いたかったんだ」 黙って月夜は聞いている。 「そしてこいつのすべてが欲しいと俺は願い、契約をして……それえ、今まで共にあった。ずっとな」 ――ずっと、というのは『ほぼずっと』と言うべきかもしれない。 この一時期、月夜の心は離れていたから。 「だから改めて言わせてほしい。俺にとって月夜は凄く大切だから、別に胸の大きさとかでその気持ちが変わるわけじゃないから。だから、その……」 「あのね」 ぴた、と冷たい手で月夜は刀真の頬に触れた。 張り手ではない。ないのだが、ぴしゃりとした感覚があった。 「私の言うことも聞いて」 「すまん」 「誤解しないで。胸のこととかそういうのはもういいの。私はね……刀真」 彼の目を見つめながら言った。 「大切にしてよ、って言いたいの」 自分の顔が紅くなるのを月夜は感じていた。……こんな告白、こんな機会でもなければ言えたものじゃない。 「しているつもりだが……」 弱々しく反論する刀真の言を無視して月夜は続けた。 「刀真の女性パートナー……はじめは私だけだったけど、増えたよね……玉ちゃんや白花といるのは楽しいから良いけど……。 でも、私は刀真と一番長くいるんだし、私にとって刀真が一番だから……刀真も私を一番にしてほしい、そう言いたいの。それは剣としてだけじゃなくて、女としても」 ぐいと力強く彼の身を引っぱった。刀真も不意をつかれてよろめく。 どん、と背中から月夜は幹にぶつかった。それでいい。彼の体を遮二無二抱き寄せて、ぎゅっと腕を背中に回した。 「刀真、私だけを見て! 私だけを愛してよ! ねえ、あなたの望むこと、なんでも私にしてくれていいわ。なんだってしてあげる。なんだったら今この場所で抱かれたって……」 刀真は彼女の首筋に、続けて唇に、多少乱暴なまでに口づけた。そうでなければ彼女が、力を緩めそうもないとわかっていた。 最後のキスは、十秒以上に及んだだろうか。ようやく彼女は彼を解放してくれた。 刀真は言った。望まれれば、地に両膝をつくほどの勢いで。 「信じてくれ。今のパートナーのうち、一人を選べと言われれば月夜を選ぶよ。けれど、これから先ずっと月夜だけを見ることはできない。わかってくれ。他のパートナーたちを見ないのは、契約をしたときの自分を裏切ることと同じだから……まあ、駄目人間の身勝手な言い訳だよ」 息を吐いて、月夜は口を拭った。 この寒いのに、むっとした香りが漂っている。 「……ごめん。刀真の事情も、わかる。そもそも、刀真が玉ちゃんたち他のパートナーと契約をしたときは全部、私はそばにいて、見てきたもの」 でも、と月夜はぐんと顔を上げた。黒い髪が乱れた。 「そんな刀真の事情、私以外は簡単に納得しないと思う……ナラカよりも深く感謝すること!」 「かもしれない」 刀真は目を伏せた。つくづく、月夜が最初のパートナーであってよかったと思った。 「ありがとう」 結局、パーティが終わるまで涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は時間らしい時間を作れなかった。 多数の人が集まるパーティ、しかもイルミンスールというわけなので、彼は調理係に志願し、ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)と夫婦二人三脚で、めまぐるしく働いたのだ。 下準備で終わらせるつもりが、結局料理には追加オーダーが連発、おまけに大食漢も多数というわけで、というとう終わらなかったというわけだ。 「暇を見つけて抜け出すつもりが……その暇がそもそもなかったね」 こんなに遅い時間になってしまって、と言う涼介の腕に自分の腕を絡めて、 「いいんです。私、涼介さんと働くの好きですから」 木漏れ日のような笑顔をミリアは見せた。 「さて、パーティも終わってしまいましたがどうしましょうか?」 少しアイデアがあるんだ、と涼介は言った。 「星を見に外へ出ない? 今年は天気に恵まれたので星もキレイに見えるよ。少し寒いけど……」 と、彼が取り出したのは長い赤のマフラーだ。 「こうやって二人で一本のマフラーを巻いて体を寄せ合えば暖かくなるし」 もちろんミリアに否やはない こうして二人は二羽の小鳥のように、寄り添って歩き出した。 もちろん目指すはクリスマスツリーだ。 「今年もイルミンスールのツリーは見事に飾りつけられてるなぁ。毎年、有志の生徒によって飾り付けをしてるけど、たまに間違えて七夕飾りをする人もいるんだよね。今年はそんな間違いをした人はいないみたいだけど……それはそれで少し残念かも」 「ふふ……じゃあ私たちが願い事の短冊でも吊します?」 「なんて書くの?」 「『赤ちゃんがほしい』…………………………なんて書いたら驚きます?」 「……うん。ちょっとね」 そろそろそういうことも考えなければいけないか。 不思議なことにツリーには雪が積もっており、ツリー周辺限定だが雪景色となっていた。 「誰かが人工雪でも降らせたのかな? おや、あれはキッシングボールか」 涼介が目を止めたのは、ヤドリギの飾りだった。「Kissing Ball」はその言い伝えにまつわる別名だ。 クリスマスツリーの周囲にいくつか用意したポイントの一つだ。ここのものは、ちょうど死角になるところに飾ってあってご丁寧にベンチまで用意されている。 まあ、利用しない手はないよね、と涼介は微笑した。 「ミリアさん、あそこにベンチがあるので座りながら星を見ない?」 「ええ、いいですね」 ミリアはキッシングボールに気づいているのかいないのか。迷わず応じた。 ふと涼介は思い出した。 彼が彼女にプロポーズしたのも、こんな星の降るような夜だった。 「……覚えてます?」 まだ『何を』と言う前なのに、ミリアは、 「はい。季節は違いますが、夜空の星というところは同じですよね……涼介さんがプロポーズしてくれたときのこと、昨日のように覚えています」 「よくわかりましたね」 「夫婦ですもの」 ふたりは目を合わせてくすくすと笑いあった。 あれからもう一年半かと思うと、なんだか感慨深い。 「じゃあ」 と涼介は改めて、彼女に言った。 「私はこれからもあなたを愛し続けます」 そしてキス。暖かな……キス。