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四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

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四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~ 四季の彩り・冬~X’mas遊戯~

リアクション

 24−2

 デスティニーランドは正に、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)を楽しませる要素で詰まった場所だった。
 今年の初夏の候――狂った魔力の核をその体内に抱えていたグラキエスは、その核を取り除くことに成功した。だがその影響で、彼は『核』が存在していた頃の記憶を失ってしまったのだ。その彼にとって、遊園地にある全てのものは新しく、新鮮だ。物珍しさも手伝って、自然とグラキエスを笑顔にさせる。
「おかしな乗り物があちこちにある。飲み物や食べ物が妙に派手だ」
「…………」
 グラキエスはエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)と一緒に楽しそうにはしゃいでいる。しかし、その後方で、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は彼とは間逆の表情を浮かべていた。グラキエスが笑顔であればあるだけ、それを眩しいと感じると同時に、残酷だとも思ってしまう。
 ゴルガイスは、長年グラキエスを守り続けてきた。それだけに彼への思いは深く、その分、彼の体内の魔力や二度の記憶喪失の苦痛を思うと、無意識のうちに気持ちは沈む。彼が記憶を失うのは、これが初めてではない。
(……狂った魔力は消えなかった。どれ程の苦痛と悲しみを重ねればいい。どれだけの犠牲を払えば……)
 苦渋と悔しさが感じられる様子で目を伏せ、内心で臍を噛む。失っている以上、本人にどれだけの精神的負担があるのかは分からない。だが、魔力を充分に制御出来ずに蝕まれ、その体が非常に弱っているのは確かだった。禁紋の補助が無いと肉体を維持出来ないのがグラキエスの現状だ。
「……アラバンディット、1人でしんみりしないで下さい」
 隣を歩くロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)が、ゴルガイスにそっと話しかける。
「エンドは今、こうして笑ってくれてるじゃないですか。君がそんな事では、エンドが不安がりますよ」
「…………」
 窘められ、ゴルガイスは改めてグラキエスの表情を見る。問題は多々あれ、パートナー達とクリスマスを迎えられて嬉しいのだろう。目を輝かせ、エルデネストと話をしている。ごく普通の少年のようなその姿は、自分1人では、きっと見られなかったものだ。
 グラキエスから視線を外し、彼はロアを――グラキエスに深い関わりを持つ人物と同じ容姿の魔道書を見て、素直に言った。
「……いや、すまんロア」
 苦笑いが漏れる。それは、つい暗く、悲観的に考えてしまう自分に対しての苦笑だった。その彼を励まそうと、前向きな気持ちでロアは言う。グラキエスが笑っていてくれることが、ロアにとっても何よりも嬉しいことだ。
「エンドの笑顔を守り続けるために、まず私達が笑顔でいましょう」
「そうだな……。あの笑顔を無くさぬために、我等がいるのだ」
 そうしてロアと一緒に、今度は真実、からりとした笑みを浮かべる。
 グラキエスが彼らを振り返ったのは、その時だった。話が聞こえていたわけではなく、たまたま振り返ったら、そこには2人の笑顔があった。それだけで、何となく安心する。
 ――ゴルガイスもキースも笑ってくれている。
 ――俺の事で心配させたり、悲しい思いをさせるのは嫌だ。
 ――あんな風に笑ってくれると、俺も嬉しい。
「遊園地と言うのは楽しいな。なあ、次はどこに行こうか」
「エンド、そんなにはしゃぐと疲れてしまいますよ」
 デスティニーランドに来てから、大分時間が経っている。どこか休憩出来るところは、と視線を巡らせ、ロアは言った。
「あそこで食事にしましょう。ほら、エンドの体にも優しい物が置いてあります」
「食事か。あそこで売っている物は食べていいんだな」
「全てではありませんけどね」
 ロアが示したのは和食処で、あの店ならば、胃の弱いグラキエスでも食べられるものがあるだろう。飲み物はともかくとして、ポップコーンやチュロスなど、園内の殆どのものが体に優しくないものだった。その為、グラキエスが食べたいと言っても、彼を息子のように大切にしているロアとしてはなかなか頷けなかったのだ。
 お昼時でもあったし、食事が出来る場所を探していたところで店を見つけたのは僥倖と言える。
 中に入り、それぞれ好きなものを――グラキエスはロアとゴルガイスのアドバイスを受けながら――注文し、4人は到着した料理に舌鼓を打つ。
 外の様子が気になるのか、グラキエスは人々の歓声や陽気な音楽が聞こえる度にそわそわとした。見に行きたくて仕方がないというように、食事のペースが速くなる。パートナー達に構われながらのものであっても、こうして皆で遊園地で過ごせる時間というのは、それだけでグラキエスには楽しいものだった。
「こらグラキエス、ゆっくり食え」
 そんな彼を見て、ゴルガイスは困った笑いを浮かべながら注意した。その口調には、どこか家族を思わせる暖かさがこもっている。
「アトラクションは逃げん。我等もずっと一緒だ」
「ああ、ずっと一緒だ」
 皆で歩めば、その先にはグラキエスが何の苦痛も無く過ごせる時が来る。
 そう信じ、ゴルガイスは子供のように笑い返してきた彼に、にこにこと頷いた。

              ◇◇◇◇◇◇

「お客さん、みんな楽しそうですね」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)と一緒にアトラクションに乗って遊ぶ人々を見ながら嬉しそうに言った。何を隠そう、2人が前にしているのは広明が開発に関わったものなのだ。九条も稼動前のテストモニターになっている。
「そうだな。無事軌道に乗ったようだし、とりあえず過疎らんで良かったよ」
「長曽禰さんが皆さんのためにと思って作ったアトラクションですし、人気にならない訳がないですよ!」
 冗談めかして言う広明に、九条は少し力を込めて主張する。
「そ、そうか? ……でも、こうして客の笑顔を見に来るのも悪くないな」
 彼女の様子に僅かに驚きながら、広明は笑った。
「まあ、デスティニーセレスティアの方でも協力してもらったしな。感謝してるぜ」
「……お、お役に立ててたら幸いです……」
 恥ずかしさと嬉しさが入り混じった気持ちで九条は恐縮する。
「さて、そろそろ行くか」
「あ、あの……長曽禰さん」
「ん?」
「お昼も近いし、どこかでお食事していきませんか?」
「飯か……」
 広明は胃のあたりに手を当てて視線を下げ、ややあってから頷いた。
「腹も減ったし、行くか」
「……はい!」
 彼と、少しでも一緒にいたいと思う。仕事の延長線上の用事であっても、クリスマスに一緒に遊園地に来れて、嬉しいと思う。
 それが、普通の“好き”と違う感情だと気付いたのは、つい最近のことで――
「……クスリはどうだ!? たった500Gだぞ!」
 その時、九条達はイルミンスールの新制服を着た筋肉の前を通りかかった。首から提げた箱には、ピンク色の小瓶が大量に入っている。あまり売れていないのかもしれない。
(酔いどめの薬かな?)
 そう思った九条は、むきプリ君に近付いた。同業者のようだし、応援の意味も込めて1瓶買ってみることにする。
「すみません、1つください」
「おお! ごひゃ……。!」
 久々に女性を襲う気満々でデスティニーランドを訪れていたむきプリ君は、彼女の姿に一瞬ケモノになった。だが、九条の後方で立って待っている広明を見てぴたりと止まる。
(あ、あれは教導団の……!)
 ホレグスリの納品兼安心薬の受け取りに行った時、団の中で見たような気がする。広明が技術者だと知らないむきプリ君は、軍人の眼前でホレグスリを飲ませるリスクにびびった。ボコられたり、セクハラの現行犯で捕まったら大変である。
「500Gだ!」
「ありがとうございます」
 冷や汗笑顔のむきプリ君から無事に小瓶を受け取り、九条は広明の所に戻った。
「お待たせしました」
「ああ。でも九条、そんな薬買ってどうするんだ?」
「え?」
「それ、ホレグスリだぞ」
「えっ……!」
 教えられた薬の名前に、彼女は絶句した。
(酔いどめの薬じゃない……ホレグスリって、あの? 惚れ薬? 媚薬?)
 戸惑い、買ったばかりの小瓶を見つめる。
「確か、もう少し行ったところにレストランがあったはずだ」
 どうしよう、と思っていたら広明が再び歩き出した。小瓶をしまって慌てて後を追う。先程まで気にならなかったのに、周りを歩く人々の綺麗な服、気合の入った可愛い服がまぶしく見えた。同じ歳くらいの少年と腕を組んで歩く可愛らしいゴスロリ服の少女が、前から来てすれ違っていく。
(……折角のクリスマスなのに、なんでお洒落してないんだろ私)
 改めて自分の格好を見下ろすと、普段着以上の何者でもなくて、すっぴんで。
(もし化粧をしてお洒落とかしてたならどうなるだろう?)
 広明をちらりと見て、またホレグスリを意識する。
 ――この人にこの薬を使ったら、私のこと気にかけてくれるのかな?
 ――自分にこれを使ったら、少しは大胆になれるかな?
 悩みながらも、彼女はレストランに入って広明と一緒にメニューを選び、向かい合って食事をした。遊園地のキャラクターデザインが随所に施されたレストランで食事をするのはとても楽しくて。
「…………」
「どうした? 九条」
 小瓶をしまった鞄を見ていたら声を掛けられた。顔を上げて、九条はふっきれた目で広明に言う。
「……考えたんですが、薬は売っていた方に返します。……必要ないです」
「……そうか」
 笑みを浮かべる広明に、彼女はこくんと頷いた。
 薬を使って彼に気を向けられたとして、それは薬の効果でそうなってしまった気持ちであって、九条が好きな広明のそのままの気持ちではない。それに、薬を使うというのは独り善がりな行為で、相手を考えていないことになるのではないか――
 一番大切なのは結果ではなく、彼の本当の気持ちだ。
 だから、薬を返すという決心に、迷いは無かった。

「何!? 返すだと!?」
「はい。申し訳ないんですが……」
 未使用の小瓶を持って行くと、むきプリ君は驚愕に目を見開いた。先程と何ら変わらぬ様子の広明を見て、ぐぬぬ……と臍を噛む。こいつは、ホレグスリ無しでリア充になったのか!
「わ、分かった……」
 羨ましさで爆発したくなったが、成す術もなくむきプリ君はホレグスリを受け取った。

「じゃあ帰りましょうか、長曽禰さん」
「ああ、そうするか」
 2人並んで、出入口に向かう。賑やかな園内を歩く中で、広明が言った。
「そうそう九条、お前、そんな礼儀正しくなくてもいいんだぞ」
「……え?」
「オレも堅苦しいのは苦手だし、まあ、もっと気楽に行こうや。どこでもそんなんじゃ、息が詰まるだろ。……あ、地がそれだっつーんならいらん世話なんだが」」
「…………」
 九条はびっくりして、広明の顔をまじまじと見た。ホレグスリは一滴も使っていない……筈だ。否、絶対に使っていない。
「何だ? オレの顔に何かついてるか?」
「ううん、何でも……。あ、広明さん、あそこでステージをやってますよ」
 踊りがメインとなったキャラクターステージを見つけ、九条は彼に示してみる。……試しに名前で呼んでみて、どう反応されるかと緊張したが――
「お、本当だ。見ていくか」
 特に嫌な顔もされず、彼女はちょっとほっとした。