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第二章 賑やかなる日 2

「うわぁ……すごい建物……」
 杜守 柚(ともり・ゆず)が驚嘆といっしょにそう言った。
 見上げるのは、このたびアムドゥスキアスが新たに建設した巨大な建造物だった。「迷宮の塔」と名付けられたそこは、いわゆるエンターテイメント施設の一種だ。塔の中は迷路のような構造になっていて、最上階に達すれば名前が記念碑に刻まれるらしい。子どもから大人まで、そろって巨大迷路に挑戦している姿が窓から見えた。
 だけどなによりも、柚は建物そのもののデザインに驚いていた。無数の窓とランタンがおりなす光の階段が、塔の外側をぐるりと回っていて、段々になったそれぞれの階の壁に見えるのは幻想生物の彫像だ。それはまるで生きているかのような躍動感で塔にしがみついている。柚は口をあけてぼうぜんと建物を見つめ続けた。
「すごいのー!」
「さすがアムくんなのー!」
 ナベリウスたちも塔の周りを走り回りながら、きゃっきゃっとはしゃいでいた。
「ほんとにすごい。よく短期間でここまで作ったもんだね」
 杜守 三月(ともり・みつき)が言う。そばにいたアムドゥスキアスは照れくさそうに笑った。
「ボクはデザインだけだけどね。実際に造ってくれたのは町の人たちだよ」
「それでも、すごいですよ。アムくんは、デザインをするときになにか気をつけてることとか、あるんですか?」
 柚がすこし興奮気味にたずねた。
「?世界?を見えるようにすることかな」
「セカイ?」
 三月が聞き返す。アムドゥスキアスは笑った。
「うん。そこにある?世界?を見ている人が感じとれるようなものにすること。それが気をつけてることな気がする。なんていうか、ボクが見ているものやボクが感じてるものをみんなに伝えたいんだ。そして少しでもわかってくれたら、伝わってくれたら、嬉しいって思うよ」
「なんだか、アムらしいね」
「そう?」
 三月とアムドゥスキアスはお互いを見あって、笑顔になった。
 柚はもう一度、『迷宮の塔』を見あげた。世界か。だから、私はアムくんが造るものは好きなのかもしれない。そこにはいろんなものが感じとれるから。そして一緒になって共有できるような気がするから。お姫さまのお城みたいなものも、そうだよね。きっとそこには誰かが夢見た?世界?があるような気がする。
「柚ちゃーん! 見つけたー!」
「見つけた?」
 急にナベリウスたちに呼ばれて、柚は彼女たちのほうを見た。
 ナベリウスたちがだれかを引きずってきていた。三人で服や腕などを掴んでいる。ずるずると引きずられてくる人は、「ちょ、まっ、待てって、引っぱるなって!」と小さな抵抗をしていた。
「和麻さん!」
「ったく、なんだってんだよ、急に! ナベリウスたちが来るなら来るって言っとけよ!」
 ナベリウスたちに強制連行されていたのは神条 和麻(しんじょう・かずま)だった。
 塔の中の雰囲気を出すための中世の衛兵のような服装に身を包んだ和麻は、地面を引きずられてきたせいかげっそりしている。服も後ろがぼろぼろだった。だが、ナベリウスたちは「おにーちゃん見つけたー!」「見つけたのー!」とお構いなしに跳びはねて喜んでいる。和麻はため息をついた。制服はバイト代から引かれるかなぁ。
「和麻さん、アルバイトなんてしてたんですか?」
「なんだか人手が足りないみたいでな。頼まれたんだよ。観光客の多いこと多いこと。ひっきりなしに働かされたぜ」
「まあまあ、バイト代はちゃんどはずんどくようにいっとくから」
 アムドゥスキアスが言った。
「お、ほんとか! 頼んだぞ!」
 和麻はすっかり上機嫌になる。
「ま、せっかくの機会だ。しばらく休憩してきて良いって話だったから、俺もナベたちと一緒に町を見て回るかな。みんな、そうしてるんだろ?」
「そうだね。南カナンの領主……ニヌア姉妹も一緒だよ。このあとで合流するんだ」
「じゃあ、俺も一緒にそこに行こう」
「わーい! おにいちゃん来るのー!」
「来るのー!」
 ナベリウスたちはきゃっきゃっと和麻の周りをはしゃぎ回った。モモが右腕をつかみ、サクラが左腕をつかんで、ぶらさがる。ナナが顔にとびこんできた。
「だああぁぁぁ! 邪魔だ! 遊んでやるから、あわてるな!」
 ナベリウスたちが和麻にじゃれ合う姿を見て、柚と三月はどっと笑った。

うずまき通り


 右腕には漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)。左腕には封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)
 二人を引き連れて、樹月 刀真(きづき・とうま)は大きな通りを歩く。『うずまき通り』と呼ばれる、アムトーシスで最も大きい大通りだった。道の左右にはたくさんの店がたち並んでいて、観光客の姿がいたるところに見られる。刀真たちもその一組で、今日は一日、アムトーシスを見て回って過ごすことに決めていた。
 周りの風景は平和そのものだ。とてもこんな町と戦争していたとは信じられない。戦争中は、ただ他人を殺すことだけを考えていた。俺は誰かから怨まれ、恐れられているだろう。そういう在り方をしてきたのは自分だ。当然のことだ。だけど、戦いが終わった今はどうだろうか? 戦時中に在った俺は必要ない。だけどいま、この場所で俺はどういう存在であればいいのだろう。
「迷うことないよ」
 月夜が刀真の手をぎゅっと握ってきた。
 まるで心まで包みこむような握り方だった。月夜は「もし在り方がわからないなら、いまは自分たちのために在れば良い」と言った。月夜たちが刀真を求めるように、刀真も月夜たちを求めている。刀真は月夜が諭したことに「そうかもしれない」と微笑して答え、ひとまずの答えとすることにした。
 次はどこに行こうか? という話になった。月夜たちは刀真が決めるようにうながした。
「そうだな……。あそこなんてどうだ?」
「貸衣装店?」
 刀真が示したのは、ザナドゥの歴史にある様々な時代の衣装が着れるという店だった。
 店には趣豊かなたくさんの衣装がある。鎧や兵装だけではなくて、かつて権力を有していた旧来の貴族たちが着ていた豪華な衣装もあった。そのどれもに、お尻や背中から穴があいていて、頭部の冠や帽子には一つ、ないし二つの穴があった。魔族の角や羽、それに尻尾を通すための穴だ。女性の魅力を引きだたせるような薄い生地のドレスにも、穴は存在していた。
「衣装を借りて、当時の生活を疑似体験させてくれるらしいな」
「ぜひ着てみましょうよ、月夜さん!」
 白花が興奮気味に言った。
「普段と違う格好の月夜たちも見てみたいもんだな」
 刀真が興味に駆られてそう言ったのが、決定打になった。
 月夜たちが衣装を着るまで、刀真は中庭で待つことにした。しばらく壁際に沿って並んでる花壇やストーンガーデンを眺める。やがて、衣装を着終えた月夜たちが姿を現した。月夜は黒を主体とした扇情的なドレスで、白花は肩や腕や太股を露わにした踊り子を思わせる服装だった。さすがに刀真はぎょっとした。あまりにも露出が多すぎやしないだろうか?
「女性の色艶を表す為の衣装を考えている芸術家の作品? なんで、わざわざそんなもんを……」
「刀真、私達が過去から戻って今まで私たちに手を出してないじゃない。だからよ。白花だってそう思うわよね?」
「えっと、月夜さんが言っているほどまでは考えていませんでしたけど……。でも、ちょっと放っておかれている気持ちには、なっています」
 刀真はうっとなった。唇を尖らせていた月夜はすこし陰のある表情になった。
「ねえ、刀真。そんなに私たちって魅力ない? これだけアピールしてるのに……」
「いや、なんというかその、タイミングというか、照れくさいというかだな……」
 刀真は視線を逸らしながらごまかすように頭を掻いた。顔が真っ赤になっていた。
「いいじゃないですか、月夜さん。刀真さんだって、ちゃんと考えてくれてますよ。ねえ?」
 間を取り持った白花に言われて、刀真は咳払いした。気持ちを切り替えるように、真顔になる。
「……ああ。いずれちゃんと、けじめはつけるから」
「男なら、ちゃんと決めるときには決めてよね」
 月夜は釘をさしておいた。
「折角なので絵を描いてもらいましょうよ! ね、サービスでしてるみたいなんで!」
 白花がそう言って店のスタッフを呼び、セットを始める。「ささっ、並んで並んで!」と、二人を後ろに追いやり、自分も合流した。三人が並んでいる姿を、絵描きのスタッフがキャンバスに描いてゆく。
 そこには、踊り子と貴族の二人の女性に囲まれた、銀髪の苦労人の姿があった。