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第二章 賑やかなる日 1

魔神 ナベリウス


 噴水広場を後にして、次の観光スポットに向かう途中だった。
「わー、エンヘちゃんだぁ!」
「アムくんだぁ!」
「ナナちゃん! モモちゃん! サクラちゃん! どうしてここに!」
 エンヘドゥたちは魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)たちに出会った。
 通りの向こうからドドドドと土煙をあげてやって来た三人娘が、エンヘドゥの胸に飛びこんできたのだ。エンヘドゥをそれを受け止めて、驚きに目を見はった。
「どうしてって、エンヘちゃんからお手紙もらったからだよ?」
 サクラがきょとんとした顔でごそごそと腰のかぼちゃぱんつを漁る。取り出したのは一枚の紙だ。エンヘドゥはその内容を確かめた。なにやら自分の文字に似た字でナベリウスたちへを招待する旨が書かれている。ただし、エンヘドゥにその記憶はなかった。もしかしたらここにはいない執事のロベルダが気を利かせて送ったのだろうか?
「まあまあ、良いではないか」
 怪訝そうな顔をしているエンヘドゥにダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が言った。
「ナベリウスたちが来てくれて嬉しいだろう? それなら、これといって気にする必要はあるまい」
「それはそうなのだけれど……」
「いいじゃんいいじゃん。結果オーライってやつだよ」
 ダミアンに続くように茅野 茉莉(ちの・まつり)が言った。
 しかし茉莉は、ちらっとダミアンと目配せしていた。実は手紙は、茉莉がダミアンに頼んで送らせたものなのだ。エンヘドゥの筆跡を出来るだけ真似て書いた茉莉は、ゲルバドルにいたナベリウスたちに手紙を送った。せっかくの観光だ。ナベリウスたちだけ仲間はずれというのはかわいそうではないか。
 エンヘドゥは結局、深く考えるのはあきらめることにした。ナベリウスたちはその悩み自体がよくわかっておらず、とにかくエンヘドゥやアムドゥスキアスと会えたことで喜び、はしゃぎ回っている。ただ、ナナだけは手紙に気づいたことがあったようだった。くんくんと手紙の匂いをかいで、うーんと首をかしげている。
 ダミアンはぎくっとした。手紙を送ろうとした際、ついついそばにあった茉莉の香水をこぼしてしまったのだ。机に残った香水はちゃんと処理して茉莉には気づかれないようにしたが、匂いは手紙に染みついてしまった。ナナだけはそれに気づいたようだ。
 ナナはちらりと茉莉を見た。目が合うと、にこっと笑って、そのまま何も言わずにモモたちの輪の中に戻っていった。茉莉はナナが笑った理由がわからず、眉を寄せた。
「まさか、ね」
 そのまさかだったが、ナナは真実は心の中にしまっておくことにしたようだ。
 ダミアンはほっと胸をなで下ろした。


 エンヘドゥはナベリウスたち三人に腕を引っぱられている。
 その光景を前方に見ながら、シャムスはほほ笑んでいた。エンヘドゥもきっと、ナベリウスたちがいなくてさびしかったのだろう。困ったような表情を見せながらも、どこか嬉しそうだった。
「ナベリウスさんたちが来てくれて良かったですね、シャムス様」
 シャムスの心を察したように、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が言う。
 人間だったときの心を取りもどしつつある機晶姫はその気持ちがよくわかった。
「ああ。ナベリウスたちも楽しそうだし、なによりだよ」
 シャムスは笑う。アイビスもほほ笑んだ。
「ところで、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「はい、なんでしょう?」
「あれはいったいどうしたんだ?」
 シャムスがちらりと見たのは、横にいたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)だった。
 いつもは冷静で穏やかな姿勢を崩さない年上然とした女性だったはずだが、さきほどからにやにやと気色の悪い笑みを浮かべ続けていた。おかげで、頭に乗っていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)も不気味に思って、アイビスの肩の上に移動してきたほどだ。あさにゃんに視線を移しても、首をかしげるだけ。どうにも意味がわからなかった。
 アイビスは肩をすくめた。
「考えるだけ無駄ですよ。どうせまたよからぬことを企んでるだけだと思います」
「よからぬこと?」
「たぶん、朝斗の姿が見えないことと関係があるんじゃないかと……」
 アイビスが言いかけた。そのとき、人々の騒がしい声が遠くのほうから聞こえてきた。
 シャムスたちは互いが互いの顔を見あわせた。声はどんどん大きくなってくる。どうやらこっちに近づいてくるようだ。やがて、すぐ横のほうから近づいてくることに気づいたとき、背後の曲がり角から波のような民衆の塊が躍り出てきた。
「な、なんだ!」
「どいてどいてどいてどいてええええぇぇぇ!」
 民衆の先頭にいたのは榊 朝斗(さかき・あさと)だった。
 ただし、単なる朝斗ではない。メイド服にネコ耳と、かなり気合いの入った服に身をつつんでいる。左右に割れたシャムスたちの間を一目散に通り抜けた朝斗を追って、黒波の群衆が通り過ぎていった。その中の誰かが落としたのだろう。土煙といっしょに、紙がひらひらと落ちてくる。シャムスはそれを拾いあげた。
「一日限定イベント『ネコ耳メイドあさにゃん』を捕まえた者には金一封とアムドゥスキアス特製の彫像をさしあげる……。なんだ、これは?」
「いやぁ、計画は大成功ですな」
 ふいに後ろから声が聞こえてきた。ふり返ると、いつの間にかグラパスがそばにいる。どうやら、あの黒波のような人垣の後をついてきていたようだ。グラパスはルシェンと顔を見あわせて、してやったりのほほ笑みを浮かべている。そのまま、アムドゥスキアスと二、三言、会話を交わした。「喜んでもらえたようでなによりだよ」というアムドゥスキアスの声が聞こえてきた。
 さすがにアイビスは予想がついたようだ。じろりとルシェンを見つめた。
「ルシェン、あなたまさか……」
「ふふふふふ。やっぱりせっかくこの街にきたからには、朝斗には働いてもらわないとねぇ」
 ルシェンはまるで誇らしげに胸を張った。
 去年のお正月に朝斗は、『ネコ耳メイドあさにゃん』という名前で、まるで追っかけされるアイドルのように町をかけずり回っていた。どうやらルシェンは今年もそれを計画していたようだ。町の人々も去年のお正月以来、「あさにゃん」を追い求めるファンが続出していた。ルシェンから計画を持ち込まれたグラパスは、町が盛り上がるならとそれを快諾したのだ。完全に餌としていいように使われている。アイビスは朝斗を不憫に思った。
「あ、あの、それっ、もしかして『ネコ耳メイドあさにゃん』のフィギュアですか!」
「へっ?」
 いきなり話しかけられて、アイビスは動揺した。
 先ほどの人波に混じっていた人たちのようだ。爛々と輝いた目でアイビスの肩の上にいるあさにゃんを見つめている。あさにゃんはびっくりしてアイビスの後ろ髪の中に隠れてしまった。だが、それが余計に彼らを刺激する。『ネコ耳メイドあさにゃん』(というかもう朝斗)のファンらしい人々は、動く人形を見て「おおおおぉぉぉ」と興奮してしまった。
「う、動く! 動くあさにゃんフィギュアだぁ!」
「ど、どど、どこで売ってるんですか! いくら出せば買えますか!」
「きゃああぁぁっ! ああ、もう!」
 まるで限定版フィギュアにむらがるオタクみたいだ。アイビスはもみくちゃにされる。さすがに耐えきれなくなって、「あさにゃんならさっき、ここを通りましたよ!」と言うと、人々は「それは本当ですか!」「なんてこった! さっきのは影武者だったか!」と勝手に解釈して驚いて、アイビスが指をさした方角に走り去っていった。
 へなへなっと倒れ込むアイビスに、シャムスが駆けよった。
「大丈夫か? アイビス」
「もう、大丈夫じゃないです……。あさにゃんも、無事?」
「にゃー」
 あさにゃんは、アイビスの後ろ髪から顔をのぞかせた。
「まったく……嫌いよー、あんなのー……」
 完全にトラウマになってしまったようだ。アイビスは両手を床について、ぐったりする。
 シャムスがうなずきながら、ぽんぽんっと肩をたたいた。