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第一章 再会 2

 桜と授受は久しぶりにシャムスと会えたのがよっぽど嬉しかったと見える。二人は、まるで親犬にじゃれつく子犬のようにはしゃぎ回った。水路沿いにはたくさんの店やひっそりと静まった個展を開く美術商もいる。それらは二人には物珍しく映り、見かけるたびにシャムスの手を引っぱって騒ぎ立てた。
「ねえねえ、シャムス! あれ! あれ見なよ! 色んなお店があるんだな! 芸術家っぽい人もいるし、なんだか楽しそうだぞ!」
「わかった。わかったから、飛鳥」
 シャムスは笑いながらもぐったりして言う。
 あまりにも桜がうるさかったので、アランが彼女の頭をごつんとこづいた。
「あたっ! うー、なにするんだよ、アラン! 殴らなくたっていいだろう!」
「うっさい。落ちつけってんだよ、アホが。ロラン、てめぇもだ!」
 飛鳥の隙をついてシャムスの手を引っぱっていたロランが、グーで握った拳でぶん殴られた。
「いだっ! な、なにすんのぉ! バットで殴ったみたいな音出たで!」
 抗議するも、飛鳥もロランも、二人ともギロリとにらまれた。どうやらアランの機嫌はすこぶる悪いらしい。二人はいつもと様子の違う弟分(飛鳥からすれば恋人だ。もっとも、まだ付きあい始めたばっかりの関係にあるが)にぎょっとした。
「あんたも、いちいち受け止めんなよ」
「オ、オレか?」
 アランの矛先が自分に向かってきて、シャムスはおどろいた。シャムスがぽかんとしていると、アランの機嫌はさらに悪くなる。なにがそこまで悪かったのか、シャムスはよく分かっていなかったが、自分がなにか機嫌を損なうことをしてしまったのは確かだろう。シャムスは頭をさげた。
「何か、申し訳ないことをしてしまっただろうか。その……悪かった」
「ふん」
 アランは鼻をならしてそっぽを向き、シャムスたちのもとから離れていった。シャムスが居心地が悪そうにしていると、ロランが近づいてきた。
「堪忍なぁ、領主さん。なにも、別に悪い子ってわけじゃないんよ。根は真っ直ぐで良い子なんやけどなぁ。ちょっと桜のこととなると周りが見えなくなるんよ。いつだってだれだってそうやけど、付きあいたてのカップルは微妙な距離感やから。拗ねとるだけっちゅーことや。悪く思わんといてな」
「そうか。二人はあの後で付きあい始めたんだな。それは、オレの気配りも足りなかった」
 シャムスは最後に二人と会ったときのことを思いだしていた。変わっていないと思っていたが、時間はやっぱり経っていると実感した。人の関係は特に移ろいゆくものだ。自分がそうであったように。寂しくもあって、嬉しくもあって、シャムスはなんとなく複雑な気持ちになった。
 しばらくシャムスたちは、アランの行方を知らぬまま露店を見て回りながら過ごした。どこに行ったのか心配ではあったが、いまさら迷子になるような歳でもない。時間が経てば戻ってくるだろうとロランが言って、一同はそれにしたがうことにした。だけど、桜の顔はうかない。アランがいなくなったことで、楽しいものも楽しいと思えなくなっていた。うつむきがちになっている桜を、シャムスは心配そうに見つめる。と、ロランが通りを歩く雑踏を指さして言った。
「お、アランのやつ、帰ってきたみたいやな!」
「ほんと! ……ほんとだ! アラン! おかえりー!」
 雑踏から抜けてやって来たアランに、桜が飛びついた。それを大きな胸板で受け止めて、アランは申し訳なさそうにほほ笑んだ。
「悪い。心配かけたみたいだな。その、これを、買ってきてたんだよ」
「これ、ペンダント? 星の飾りがキレイ……」
「露店で見つけたんだ。持ってると『会いたい人に会える』っていうまじないがかけられてるらしい。まあ、迷信というか、謳い文句だろうけどな。だけど、桜に似合いそうだったから」
「ありがとう、アラン!」
「さっきはごめんな」
 喜んでいる桜にぼそっと言って、アランは次にシャムスのもとにやって来た。
「アラン。さっきは悪かったな。その、なんというか、オレの配慮が足らなかったり、してだな」
「いや、違うんだ。別にあんたは悪くないよ。なんていうか、その……」
 アランは言いづらそうに頬をかいた。顔を赤くして、何度も口を開いては、閉じてを繰り返す。しばらく経ってから、ようやくアランは、一人になってずっと考えていたことを切り出した。
「悪かったのは俺だからさ。あんたにも謝らないとって思ってた。その、ごめん」
 アランは頭をさげて、桜にあげたものと同じ星のペンダントをシャムスに渡した。
「謝った! あのアルが、あのアルが……他人に素直に謝りはった……! アルフー! やっぱりおまえはエエ子やああぁ! 親分はほんま嬉しいわぁ!」
「だあぁぁっ、くっつくな! 邪魔だ! 離れろよっ!」
 がばっと抱きついてきたロランを、アルフがうっとうしそうに引っぺがす。
 ロランが後から知ったことだが、どうやらアルフが買ってきたのはシャムスと桜の二人分のペンダントだけのようだった。ロランがめそめそと泣いたのは、事実を知ってすぐだった。


 授受はシャムスに、最後に会ってからこれまでの、たくさんの出来事を話した。各地を巡った冒険のこと。大学でのこと(エンヘドゥとは大学が同じのようで、普段の彼女の生活を惜しげもなく話した)。最近、よくエマから子ども扱いされること。だけど、ちょっとだけ昔に比べると大人だと認めてくれたような気がすること。左手にはシャムスを、右手にはエマの手を取って、授受はいつ止むともしれないマシンガンみたいにどんどん喋った。
 そのうち、話は大学を卒業した後の将来についてに変わってくる。授受は自分の夢を語った。
「大学を卒業したら、もっとシャムス様の役に立てるようになりたいの!」
「それってつまり、南カナンで仕事に就きたいってこと?」
 エマがたずねる。授受は力強くうなずいた。
「そーいうこと! いまは護衛ぐらいしかできないけど、雑用や執務もできる、立派な従者になるのよ! ロベルダさんの仕事を引き継げるぐらいに!」
「それはまた、壮大な目標ですわね」
 エマは正直言っておどろいていた。まさか、授受にそんな目標があったなんて。おどろいていたのはシャムスも一緒だったが、シャムスは授受にほほ笑んだ。
「そうか。授受が従者に……。それは喜ばしいことだな。オレもそのときは歓迎するよ」
「うん、きっとそこに行くから! 応援しててね!」
 授受はやる気にみなぎった顔になった。シャムスは本当にうれしそうだった。
 いまさら、その道が険しくて遠いことは言わないでおこうとエマは思った。授受だって、もう大人だ。あと一年も経てば二十歳になる。自分が選ぼうとしている道のつらさぐらいはわかっているはずだった。
「お腹空いちゃったー。エマ、お昼はまだー」
 すっかりへっこんだお腹に手をやりながら、授受はうめいた。
「もうすぐですよ。美味しいサンドイッチを用意してますから、いまは我慢してください」
「蓮華は肉包を作ってくれてるんだよね。あー、早くたべたーい。ね、シャムス?」
「そうだな。時間が早く過ぎるのを祈っていたらどうだ?」
「おおっ、それってグッドアイデアだね! な〜む〜、早く時計ようごけ〜」
 授受がアムドゥスキアスの塔にある巨大な時計台に向かって、念を送りはじめた。
 半ば本気でやっているのが恐ろしい。本当にこの娘は従者になれるのだろうか? いまさらながらに、エマは心配になった。