リアクション
試合準備 「よおし、メインのデータケーブルは、これだな」 ひとかかえはありそうなデータケーブルの束をかかえると、佐野 和輝(さの・かずき)がそれを順次コントロールボックスに接続していった。そこから先は、今日の大会で使われる多数のイコンシミュレータのコックピットが繋がれている。同時に、佐野和輝のイコンであるブラックバードへもケーブルがのびていた。それらは、数本の細いケーブルで構成されている。 今回の大会は、物理シミュレータによって限りなく現実に近い計算が成されている。おかげで、通常のイコンシミュレータとは違って、巨大な機動要塞の再現や、多数に及ぶ搭載イコンの再現とAIによる無人コントロール、さらに、要塞の搭乗員たちのモデル再現までが可能になっている。 「予想以上だな」 当初は、そのすべてを以前のイコンシミュレータ大会のようにブラックバードで大まかな処理を実行しようと考えていた佐野和輝ではあったが、現場を見てその考えは捨てざるをえなかった。設置されていたのは、ゲームとしてのイコンシミュレータではなく、正規の物であったからだ。 正規のイコンシミュレータは、アミューズメントセンターの簡易型ゲーム機とは大きく異なり、膨大な量のデータを扱っている。実質は、イコン二機をモデリングして動かしているだけであるのだが、それでさえ、天御柱学院の専用コンピュータルームのスーパーコンピュータを必要とするのであり、到底イコンに搭載されたコンピュータで処理できる程度の情報量ではなかった。さらに、今回は、イコンの何倍ものデータ量を持つ機動要塞をすべて再現しようというのである。そのため、シャンバラ宮殿に設置された新型のスーパーコンピュータと、海京にあるスーパーコンピュータを天沼矛の専用回線で結び、並列処理によってなんとか実現させているのだ。 技術要員の支援要請を受けた空京大学の募集要領を見てやってきた佐野和輝だったが、すぐにシステムの規模を把握すると何が必要かを割り出していった。欠如しているのは、入出力インターフェースと実戦データだ。 もちろん、ノートパソコンのキーコンソールさえあれば、命令の入力は可能だが、特化していない分、使い勝手がいいという物ではない。 また、提供してもらった機動要塞のデータは、機密保持のためもあって、デザイン的な物が主である。それに、各種既存パーツをユニット化して合成し、モデリングを完成している。 これらの一般化されたデータを補うために、佐野和輝は過去の実戦で収集したデータをブラックバードからアップロードして、より実機に近い形へとしていた。これによって、より実戦に近いデータとなるだろう。 また、大会の様子はシャンバラ宮殿前広場の立体映像として放映されるわけだが、各機動要塞の司令室と戦闘フィールド全体の定点カメラの映像が使われることになっていた。だが、これでは臨場感に欠ける。そのため、佐野和輝はブラックバードのデータを観測機として各試合にインクルードさせることにした。 もちろん、データ上は、不可視の無敵モードである。 戦闘に巻き込まれて撃墜されることは自分のイコンではありえないことだが、そこは絶対という言葉は通用しない世界だ。へたに、帯域破壊兵器や自爆でフィールドごと破壊されたら、さすがに逃げ切れない。 「接続確認。システムオールグリーン。軽く飛んでみるね」 ブラックバードの専用コパイロットシートに半ば一体化して横たわったアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、アバターである小妖精のホログラフを佐野和輝の周りに飛ばしながら言った。 「ああ、やってくれ」 ヘルメットのバイザーを下ろして、佐野和輝が答えた。システムに直結したヘルメットに構築されたフィールドの様子が映し出される。Gはないものの、視界はブラックバードで飛行しているときとまったく同じだった。さすがに3D酔いするほど柔ではないが、視覚情報と加速度方向の情報が一致しないので、やや違和感は感じる。 フィールドは、雲海をベースとしたものだ。部分的に、浮遊岩塊もある。 「問題なし。気持ちよく飛べるよ!」 いろいろとアクロバティックな飛行を試して、アニス・パラスが問題ないことを報告した。 「うん、いいデータがとれそうだな」 微かに、佐野和輝がほくそ笑む。 極秘である機動要塞の大まかなデータがとれるというのも収穫だが、戦闘における作戦パターンのデータがとれると言うことはかなり大きい。さすがに、敵に回ったときに活用すると言うことは少ないだろうが、集団での作戦時の連携をとるためのネットワーク構築には、これは貴重なデータとなるだろう。 「セッティング、完了した」 「御苦労様」 佐野和輝の報告を受けて、司会であるシャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)がねぎらいの言葉をかけた。 「とはいえ、本番はこれからですからね。対戦データのセッティング、各種紹介データのモニタ表示、結果のフィードバック、大会中よろしくね」 「了解した」 そう答えると、佐野和輝は持ち場に着いた。 「さて、後手配が必要なのは、あなたたちね」 シャレード・ムーンが、放送席に座ったコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)、ラブ・リトル(らぶ・りとる)、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)の面々を見回して言った。 「解説っていうことで来てもらってるんだけど、本当に、大丈夫?」 ちょっと心配そうに、シャレード・ムーンが言った。 「できる限りのことはさせていただこう」 コア・ハーティオンが答える。まあ、メカっぽいから、それなりの解説はできるかもしれない。何気に、実戦経験も豊富ではあるし。 「いたらないところは、私がサポートするわ」 軽く溜め息をつきながら、高天原鈿女が続いた。最終的には、テクニカルな面は高天原鈿女が解説することになるのだろう。 「まっかせておいて。このラブちゃんが来たからには、超機動要塞に乗った気分でいて大丈夫よ!」 最後に、ラブ・リトルがない胸を張って自慢する。ここだけは、ダメだ……。なるべく話を振らないようにしようと考えるシャレード・ムーンであった。 |
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