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リアクション
第11章 団長尾行作戦
「ヒラニプラへようこそ、セーラ。それと社長就任、おめでと」
――単身で数日に渡るバカンスに来る。
親友のセーラ・ホワイトからそう連絡を受けたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、到着したセーラを笑顔で迎えた。今年大学を卒業した彼女は、父から会社を1つ任されて社長として立ち働いている。
「ありがと。まだ小さい会社だけどね」
「私と同じね」
謙遜というわけでもなく軽い笑みを見せる彼女に、ルカルカは同様の笑みと共にシャンバラ・セキュリティ・システムの名刺を出した。正しい所作でお互いに名刺を交換する。教導団制服を着ているルカルカに、セーラは言った。
「それで、今日は尾行任務を体験させてくれるのよね」
「そう! ターゲットはね……」
「本日のターゲットは、セーラが見たがってた金 鋭峰(じん・るいふぉん)団長です!」
教導団本部の敷地内で、ぎりぎり見失わない場所から鋭峰の姿を捕捉するとルカルカは旅行ガイドっぽく説明した。鋭峰に気付かれないよう、超小声だ。肉眼では表情が確認できない程度には離れているが、油断は禁物だ。
「ね、これで見てみて」
双眼鏡『NOZOKI』をセーラに渡す。受け取った彼女はレンズ越しに拡大された鋭峰を見て、ほうっと、うっとりとした息を吐いた。
「溢れる緊張感がカッコイイ……」
もう少し近くで見ようと、距離を縮めようとする。ルカルカは咄嗟にそれを止めた。
「これ以上接近すると気づかれるからね」
「うそーん」
「嘘じゃない。彼はそういう人」
そろそろと歩きながら、こそこそと話す。遊園地に2人で遊びに行った時、セーラの婚約者の話になった。理想の男性の話になって、鋭峰が好みの中の1人に近いかもという話もして、『今度会わせてよ』と言った彼女の願いを叶えようと今回の尾行観察を計画して。
「でも、尾行なんて面白いことを考えたわね」
「『友人が会いたいんで』とかで”誘ってみた”が出来る立場の人じゃないからね」
時には50時間以上続けて公務があることもある。そんな鋭峰の多忙さを知っているだけに、個人的なことで負担をかけたくないという思いもあった。
1人の時の鋭峰が何をしているのかというちょっとした興味もあるにはあったが。
(もしかして、団長の秘密とか分かったりして?)
右に左にと教導団員が働く中、鋭峰は迷いのない足取りで移動していく。個人的な用を秘めているのか、進むごとに周囲からは人の気配が減っていく。どこへ行き、何をするのかとわくわくしながら、ルカルカはセーラと後を追った。一定の距離を保っているのが良いのか鋭峰は一度も振り返ることなく、つい雑談などもしてしまう。
「セーラが暫く居てくれるって言うから嬉しくてさ……って、あれ?」
目を離したのはほんの一瞬。だが、その一瞬の後に視線を戻すと、前方から鋭峰の姿は消えていた。否、前方だけではない。前後左右、どこを見ても見当たらなかった。
「……団長は?」
物音ひとつしない場所で、2人は顔を見合わせる。
「居ないわね。見失っちゃったんじゃない?」
「今の今まで居たのに……まさか、瞬間移動?」
鋭峰は武人であり、魔法の扱いは専門外だ。本気で言っているわけではないものの、何となくありそうな気もしてしまう。
「!」
圧迫してくるような気配が背後で膨らんだのは、その時だった。驚いたルカルカは、おそるおそる振り返る。予感に違わず、そこには鋭峰が立っていた。
「だ、団長、もしかして……」
「私に用だろうか。ルカルカ・ルー少佐」
99.9パーセントの確信と共に聞いてみると、鋭峰は有無を言わさぬ口調で言葉を重ねた。言い訳は認めないという不可視の圧力を感じてルカルカは焦る。
「説明してもらえるのだろうな」
「はい。あの、彼女に団長を紹介しようと思いまして……親友のセーラです」
「セーラ・ホワイトです。よろしくお願いします。金団長」
セーラは余裕のある笑顔で名刺を取り出し、差し出した。受け取って印字に目を通し、鋭峰は表情を変えないままに放つ空気を和らげた。
「以前、少佐に写真を見せてもらい、一方的にだが記憶していた。このような形ではあるが、会えて光栄に思う。……少佐」
「は、はい!」
「面会を希望するのなら時間を取ろう。今回は不問とするが、今度から妙な手段は取らないように」
「はい、申し訳ありません……」
「それと」
謝りながらも、そこまで怒っていないようだと安心したルカルカに鋭峰は続ける。
「何か期待していたようだが、私は個人的な目的があって動いていたわけではない。あえて言うのならば、少佐の動向を伺うのが目的であったと言っておこう」
「そうだったんですか。私もまだまだ修行が足りませんね」
初めから気付かれていたと知り、ルカルカは少しがっかりした。同時に、少し誇らしくもなる。やはり鋭峰は、軍を束ねる尊敬すべき長だ。そこで、セーラが唇を尖らせてわざとらしく明るく言った。
「金団長さんばかりずるぅい。私もルカで遊びたい」
「”で”って何よ、ルカ”で”って」
ルカルカはついジト目になってセーラにツッコむ。
「少佐で遊ぶのは構わないが、私では遊ばないようにな」
「はぁい、そうします、団長さん」
「だ、団長……!」
双眼鏡片手に、セーラは軽く片目を瞑って答える。慌てるルカルカと鋭峰の様子を見ながら、これが彼なりのスキンシップなのだと彼女は思った。
(……素直か素直じゃないのか分からない人だわ、彼)
発言から考えるに、ルカルカが彼の都合や立場を考えてたように、鋭峰もルカルカの気持ちを分かっていたんだろう。
(この人のためなら、貴女は命をかけるのね)
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がやってきたのは、セーラがそう思った時だった。
「ルカ、こんなところにいたのか。迎えに来たぞ。……団長、お楽しみの所申し訳有りませんが、そろそろお時間かと」
「……もう時間か。分かった、行こう」
鋭峰は踵を返し、次の予定の為に歩き出した。規則正しい足音が遠ざかっていく。ダリルはセーラに向き直った。
「ホワイトさん、俺達の家に案内する」
「セーラでイイわ」
「では俺も、ダリルと」
3人は外へ出て、高速飛空艇「ホーク」に乗って移動する。丘の上にある家に着くと、ダリルはまず彼が使用する部屋の1つにセーラを案内した。戦略戦術シミュレーターの脳ともいえる自律AI『Athena』に指示し、敷地全体をホログラム立体表示させる。
「この家にいる間は、小型結界装置を外しても問題ない。快適に過ごせるよう、予め結界をレンタルしておいた。この4箇所に、個別に小型結界装置が設置してある。そして、これがフォロー範囲。敷地と、ここからここまでは結界が有効だ」
室内中央に現れたホログラムを指し、ダリルはてきぱきと説明する。話が終わり、セーラが理解を示すと彼は表示を終了させる。
「まだ早い。食事の時間まで3人で庭でテニスでもどうだ。俺も今日の予定は終わっているし」
言いながら、さりげなく空中に展開していた薬学の論文を閉じる。
「そうね。久しぶりに体を動かすのも悪くないわ」
冷房の効いた部屋から出て、3人はラケットを手に外に出た。前を歩くダリルの背を見ながら、セーラは彼の有能さを肌で感じて舌を巻いていた。
「うちの会社にもダリルが1人いれば……」
その呟きが聞こえたのか、ルカルカが軽く覗き込んでくる。
「ほしい?」
「ほしいわ」
「あげない」
即答すると彼女はにこっと笑い、嬉しそうに言った。
「ですよねー……」
苦笑しつつ、セーラも彼女達の後からコートに立った。この数日で、羽を伸ばして存分に充電できそうな予感がした。
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