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リアクション
第17章 何者にも怯えない日々を
「ウィノナちゃーん!」「ウィルちゃん!」「アンコール! アンコール!」
アイドルユニット【Wi’z】のライブが終わり、ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)とウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)は興奮醒めやらぬ客に笑顔で手を振りながら、ステージを降りた。観客達の歓声やざわめき、自分達の名を呼ぶ声が遠ざかる。廊下に出て楽屋へ向かいだすとその声は完全に聞こえなくなり、先程まで華々しい舞台にいたのが嘘のように、そこは日常だ。ねぎらいの言葉をかけてくるスタッフに挨拶をしつつ楽屋に戻って少し経つと、広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が入ってきた。
「ウィノナお母さん、ウィルちゃん、お疲れさまですっ」
「や、ファイ。今日のライブ、どうだった?」
「ちゃんと、踊れていたのでしょうか? まだ視線に慣れないから、失敗していないか不安です」
椅子に座っていた2人はファイリアに笑顔を向け、ウィノナが軽く言う一方で首にタオルをかけたウィルヘルミーナがちょっと心配そうに聞く。
「大丈夫です。ウィルちゃん、とっても可愛く踊れていたと思いますです!」
2人と同じくテーブルを囲む椅子に座り、帰る前に3人でゆっくりと休憩する。ファンが挨拶に来ていると楽屋の戸がノックされたのはその時で、普通なら駄目だけどここまで来てしまったなら、と彼女達は会うことを決めて了承する。いつも応援してくれてありがとう、とお礼を言うためドアが開くのを見つめていると――
「……!!」
入ってきた人物を見て、ウィノナは顔を強張らせて立ち上がった。ドアが閉まると同時、緊張し、恐れをも内包した声で彼女は言う。
「どうして、お前がここに……!?」
歓迎できる相手ではない。凍りついた空気に瞬時にそう気付いたウィルヘルミーナが、ウィノナとファイリアをかばおうと前に立ち、剣を構えた。
「不埒な事を考える輩ならば、容赦しません。大切な親友のお二方に、手出しはさせない」
だが、剣を向けられても“ファンの男”――叶野 刃(かのう やいば)は動じなかった。臨戦態勢を取られても飄々とした態度を崩さない。
「ワシでは、高名な英霊の御嬢さんには到底勝てぬよ。物騒なものは引っ込めてくれんかね?」
「…………」
【Wi’z】のプロフィールをチェックしてきたのだろう。男は初対面であるウィルヘルミーナを知っていた。ファイリアは警戒を解かないパートナーの後ろで、唯一彼を知っているらしい母に訊ねる。
「ウィノナお母さん、この人は……?」
唇を噛み締め、ウィノナは刃を睨みつけ目を逸らしていなかった。髪は白くなっているが記憶と同様オールバックで、黒スーツを纏いステッキを持つ紳士風のスタイルも変わらない。忘れようもない、人物だ。
「こいつは、ボクを追いかけ続けていた組織の男だよ……」
ウィノナは、ファイリアを身ごもる少し前から、魔女の秘密を追っているある組織に追いかけられ続けていた。組織のトップである人物は不老不死を求めて刃に命じ、ウィノナを狙った。彼女は逃亡生活の合間の中でファイリアの父親と愛し合い、子を宿したそのすぐ後に追手の危害を防ぐために捨てていくような形で別れた。
彼は死亡しただろうし、ファイリアとも、生まれてすぐに広瀬家の前に捨て置いて離れ離れにならざるを得なかった。
刃の顔を前にすると、人生をめちゃくちゃにされた怒りと追いかけられ続けていた恐怖がありありと甦る。説明する声にも、その思いは滲み出ていた。
「お、お母さんに何の用ですか……!」
「話に来ただけじゃ。今はもう、ワシはウィノナを追ってはおらん。組織も残っていないからのう」
ウィノナを守るように前に立つファイリアに、刃は言う。
「組織は、パラミタで暗躍しようとした所を契約者達に叩き潰されて壊滅したよ。ワシに命令を出していた者も、今は意識不明じゃ。念願叶って魔女になったが、契約した人間が死に、パートナーロストした結果としてな。……騙されたんじゃよ、哀れな末路じゃ」
以前の名残か、刃は静かな威風を内に残した目を3人に向けた。若干の寂しさの混じった口調からは、それが作り話ではないということが伺える。
そしてもう一度、彼は宣言した。
「もう、ワシがウィノナを狙う理由はない」
「本当に……?」
「じゃあ、ウィノナさんはもう安心して暮らしていけるんですね? あなたは、それを伝えに来たんですか?」
半ば呆然と声を震わせるウィノナに代わり、ウィルヘルミーナが念を押すように問いただす。刃は頷き、続けて言った。
「そうじゃ。話はもう1つあるがな」
1枚の写真を取り出した彼は、それをウィノナに差し出した。写っているのは、一組の家族のようだった。皆、幸せそうに笑っている。彼等の笑顔を――その中でも中央に立っている男性を見て、ウィノナは驚きに胸を打たれた。
「それは……!」
記憶よりも明らかに年を重ねているその男は、彼女の愛したファイリアの父だった。感情が高ぶり、突き上げてくる衝動のままに涙を流す。
そうだ。彼が今も生きていれば、ちょうど写真くらいの年齢になっているはず。
「生きて、いたんだ……」
「彼からは言伝を預かっている。……『俺は生きて、幸せを築いている。君も娘と幸せになって欲しい』……」
刃は言伝の書かれたメモ書きと写真をウィノナに渡した。メモを握り締め、写真を間近で見た彼女は、溢れる喜びに泣き崩れた。
「あの人が……! こんなに幸せそうで! ……よかった、本当に、良かったよぉ」
「あの、あなたは、どうしてこのことを……?」
泣き止まないウィノナに背を向け、刃は楽屋のドアを開ける。追って掛かったファイリアの問いに足を止めた彼は、その姿勢のままに彼女に答えた。
「心残りを晴らすための、独りよがりの贖罪じゃよ」
「……ありがとう」
直後、ウィノナの涙声が老紳士にかかる。歩き出そうとした彼は、無言のままに再び動きを止めた。驚いたように、一瞬震える。
「お前は憎くてしょうがない。けど……ありがとう」
許すことはできないけれど。
僅かな感謝を込めて、彼女は言った。
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