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第9章 宿舎の大掃除

 12月末日。
 自宅や実家に戻る者が多く、西シャンバラのロイヤルガード宿舎はこの日、閑散としていた。
「皆がびっくりするくらい、綺麗にするわよ〜」
 ロビーにて、ハタキを手にルカルカ・ルー(るかるか・るー)は張り切っていた。
「掃除が終わったら、ダリルの特製スイーツが食べられるのよ。
 今回のお菓子は、甘さ控え目の色々なペチェーニエなの!」
「楽しみです……っ。お茶は私が用意しますね。宮殿でもらった美味しい紅茶があるんです」
 箒を手に答えたのは、ここで暮らしているアレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)だ。
「どこかに行くたびに菓子を作れとねだるのはもう、クセだな」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が苦笑気味に言うと。
「だって買うより美味しいんだもん」
 笑みを浮かべながらルカルカが言うと。
「それはどうも」
 少しだけ照れたのか、顔をそむけて。
 ダリルはロビーのソファーを持ち上げようとする。
「反対側は私が持つよ」
 神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)がすぐに手を貸そうとするが。
「いいの、ダリルに任せておいて。彼、普段自室しか掃除しないし、たまには活躍してもらわないと」
 ハタキで高所のゴミを払い落しながら、ルカルカが言う。
「ソファーくらい、1人で大丈夫よね」
「まあ、任せてもらって構わないが。お前達……ヘタしたら俺よりパワー……うおっ」
 全部言い終わるより早く、ルカルカがソファーの上のクッションをダリルに投げた。
「ルカはともかく、優子さんに失礼よ!」
 しかし……。
「いや、医者やパティシエに筋力で負けるわけにはいかない!」
 などと言い、優子も家具やソファー運びに力を入れだす。
「沢山、ゴミたまってますね」
 優子がどかした家具の下を、アレナが素早く掃除していく。
「わー、手際もいいし、連携もばっちり……。いいなぁ優子さんは。ダリルはちっともしてくんないのよ」
 勿論普段遊んでいるわけではない。ダリルはいつでも何かの仕事をしているか、調査をしているか、コンピューターを弄っているか、トレーニングをしているか……趣味の分野も含まれているが、結構忙しくしており、自分の部屋以外の掃除はしようとしないのだ。
「婚約者の将来が心配だな」
 くすっと笑いながらダリルが言うと、またクッションが一つ、飛んできた。
 ソファーの移動をし終えていたので、今度はしっかり両手でキャッチして、ソファーの上においておく。
「はい、モップ掛けも終わりました」
 アレナが床の掃除を終えると、ダリルと優子は一緒にソファーを持ち上げて、元の位置に戻す。
「ルカと婚約者は“そろそろ”らしい。式の招待状も送るから、良かったら来てほしい」
 ソファーを整えながら、声を落としてダリルは優子に言った。
「勿論喜んで」
「馬子にも衣装なたんぽぽに期待だ」
 小声でダリルは笑い、優子も笑みを見せた。
「なんの話をしてるのかな〜?」
 気になってルカルカは声をかけたけれど。
「持ってきた菓子の話だ」
 ダリルはそう言ってごまかした。
「なんだか怪しいなぁ」
 訝しみながら、ルカルカは魔法で浮かび上がって、高所の壁や天井の汚れを拭きとっていく。
「優子さん達は、いつもお部屋の掃除はどうやっているの?」
「私は最近結構おおざっぱで、片付けて掃除機を掛ける程度。アレナは頻繁にやっているよな?」
「はい、綺麗になると気持ちがいいですから」
 アレナはシンクやお風呂も頻繁に磨いているそうだ。
 ただ、天井や高所の掃除を行うことはないらしく、ルカルカの掃除の仕方に感動していた。
「そっかー。優子さんは忙しくてなかなか手が回らないわよね。アレナと一緒に暮らせたらいいのにね」
「春からは多分そうなるよ」
 優子が自然にそう言うと、アレナの動きが止まった。
「あ、でもそうなると、ルカとダリルみたいに、不満が出ちゃうかな?」
「いえ、そんなことないです。優子さんの分の家事もやりたい、ですっ」
 アレナは嬉しそうな笑みを浮かべている。
(優子さん、春に百合園を卒業するのよね。そうしたら、ここでアレナとまた一緒に暮らせるようになるのね)
 幸せそうなアレナの顔を見て、ルカルカは微笑みを浮かべ。
 少し遠くの壁の掃除へと自然に移っていく。
「アレナ、次はこの本棚の下を」
「はい、片側だけ持ち上げてください」
 優子とアレナが本棚の下の掃除を始めた。
 手伝おうかと思ったダリルだが……。
(この、おせっかいめ)
 ルカルカがわざと離れていったのだと気づき、後を追いそっと姿を消した。

「2人きりで、久しぶりのお掃除、だね」
 共同のキッチンで、ルカルカはくすっと笑みを浮かべる。
(普段話せない事とか話せるかもだし、何も話がなくても、一緒に何かやるのは楽しいんじゃないかな)
 そんなことを考えながら、ルカルカはスイーツの用意をしていく。
「茶はアレナが淹れると言っていたが、湯は用意しておくか」
 現れたダリルに「うん」と元気に頷いて。
 ペチェーニエ(ロシアのクッキー)を皿に並べて、用意したトレーに皿と、ティーセットを乗せていく。
「そういえば、年始は2人とも空京神社に出向するそうだ」
「警備の仕事? ルカは聞いてないけど……」
「和風な外見じゃないと出来ない仕事をするらしい」
「? 良く分からないけど」
 2人で楽しく仕事が出来たらいいね。とルカルカは思いながら。
 お菓子の乗ったトレーを手に、2人の元に戻るのだった。

 それから。
 掃除を終えてピカピカになったロビーで、ダリルが作ったお菓子と、アレナが淹れたお茶を飲み、4人で一時の休息と会話を楽しんだのだった。