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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

リアクション


♯5


「動き方が変わってきましたね」
 ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)はレーヴェンアウゲン・イェーガーのスコープから目を離した。
 親衛隊の一人はどうやら討ち取ったようだが、その直前に一人追加されたので全体の数は変わっていない。
 後方待機している怪物達はどうやらこちらに気付いているようだが、銃弾を回避に専念している。何度かくの字ナイフは飛んできたが、距離があるためルースが回避するのに問題は無かった。
「しかし、頭部を狙うというのは結構難しいものですね」
 待機組みの親衛隊にも、何発かの銃撃を当てる事に成功している。だが、見た目に与えたダメージがどれほどのものか、というのは判断できない。
 少し前、全体の合流が果たされる前に、ある部隊が親衛隊の一人を討ち取っている。大した時間もなく研究というには雑な方法ではあったが、その親衛隊を解体し改める事ができた。
 解体の結果判明したのは、その体を構成しているほとんどは、他の怪物と変わらない黒い組織だったが、頭部だけは人間のものがほぼそのまま利用されていた。
 何かの映画で、犬と人間の頭部を入れ替える宇宙人がいたが、親衛隊の構造はそれによく似ている。人間の頭部が、怪物の体に接続されているのだ。そして、人間の脳にあたるような思考装置は、体には内蔵されていないようだった。
 推測の域は出ないが、親衛隊は人間の脳の部分で思考し、行動していると考えるのが妥当だ。ダエーヴァの技術がどれほどのものかはわからないが、痛みを感じないのは、その施術における副作用と考えた方がしっくりとくる。
 この怪物を狙撃で倒すならば、狙うべきはやはり頭だ。苦痛を感じない以上は手足を撃ったところで効果は薄い。先ほどの一体のように、行動できないほど破壊するのを狙撃で達成するよりは、頭部を破壊するのが現実的だ。
 とはいえ、その頭部は怪物の頭部にめり込むように存在しており、こちらを向いてない状態で狙撃するのは難しい。どうにかこちらを向かせられないか苦心しているのである。
「……なるほど、動きが変わりましたね」
 ルースは後ろを振り返り、レーヴェンアウゲン・イェーガーの引き金を引いた。こちらに近づいてきていた昆虫人間が、吹き飛ばされながらバラバラになる。狙撃銃を至近距離で喰らえば、そうもなるだろう。
 だが、回り込んできたのは一匹ではなく、複数の影が見える。
「狙撃地点が見抜かれたのは結構前ですが、反応したのが今という事は、そろそろ面倒な事になりそうですね」
 昆虫人間をコントロールできる存在が、ここに現れたのは間違いない。先ほど増えた親衛隊の一人か、それも可能性はある。あるいは指揮官型がどこかに潜んでいるのか、さてどっちだろうか。
 どちらにせよ、あちらが手を打ってこないことに甘えた行動はここまでだ。



「これは洗車があとで大変そうね」
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)大型輸送用トラックの中でぼやいた。水と洗剤で簡単に落ちてくれればいいが、昆虫人間の体液は果たして簡単に落ちるだろうが。
 ニキータがそうして車の中でぼやく事ができるのは、周囲で展開する黒血騎士団が活躍し、怪物達を寄せ付けないからだ。腕の一振りで昆虫人間を蹴散らしていく様は、中々に頼もしいものがある。
 そのため、ニキータは車内で通信の中継基地として本領を発揮できている。飛び交う報告や連絡の中から、必要な情報だと思えるものを精査し、この戦いに参加している仲間に伝達するのだ。
 さらに、上空では三毛猫 タマ(みけねこ・たま)が戦いの様子を俯瞰し、映像を送ってきてくれている。戦況が手にとるようにわかるのは、契約者達にとって大きなアドバンテージだ。
「状況はどうだ?」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)からニキータ宛に通信が入る。
「上々ね。卵ももう七割近くは片付いたわ」
「エッグカタピラーの位置はわかったか?」
「姿は見えないわね。ただ、位置の予測はできたわ。たぶんそっちも検討がついてると思うけど、親衛隊が守ってる地点の奥ね……あ」
 映像に目を移すと、どっかから持ってきたのか、トラックが作戦地区の後方から向かってきているのが見える。もちろん、こちらが用意したものではない。
「脱出用の手段ってわけね」
「どうした?」
「車両が一台、そちらに向かってるわ。たぶん、エッグカタピラーを運搬するための足よ。自力で逃げられないってのは本当だったみたい。今、場所を教えるわ」
「この位置だったら、俺達に任せてくれ」
 通信に割り込んできたのは、世 羅儀(せい・らぎ)の声だ。
「いけるか?」
「丁度いい場所にいるからな。護衛に親衛隊はいるか?」
「……車両には護衛は無いわね。ただ、あっちで運転できそうなのは親衛隊の連中ぐらいでしょ。運転手よりも、車両の破壊を優先すべきね」
「普段と逆だな、了解」
 上空からの映像で、一団が回り込む様子が確認できる。彼らの前に出た昆虫人間を蹴散らしながら進んでいく様子は、どこかゲームじみていて現実味がないが、この車両のすぐ外で行われている。
「ふむ、積み込み地点がこの辺りになると―――」
 向こうで、白竜が何か呟くのが聞こえる。
「よし、ルース大尉に繋いでくれ」
「どうしたの?」
「その地点であれば、ルース大尉が狙撃できるはずだ」
「そうなの? あ、移動してたわね。了解、繋ぐわ」
「羅儀には攻撃地点で一時待機、こちらの合図を待つように伝えてくれ」
「了解」
 部隊が機能するというのは、こういう事なのだろう。
 通信で互いの情報を共有し、その場で作戦が立てられ実行される。これにはタマの撮影が大きく付与しているが、果たして上空で静かに待機しているタマはどこまでそれをわかっているだろうか。最も、通信が聞こえてにやにやしているかもしれないが。
「本当に大きな芋虫なだけでしたね」
 映像からでは、エッグカタピラーの姿は確認できなかったが、ルースの落ち着いた声が、滞りなく目的を達した事を伝えていた。
 少しずつ昆虫人間達が戦術的な動きをし始めたとはいっても、全体を見渡せばそれはまだ一部だ。まだ現場の指揮官の数が、ダエーヴァには足りていない。
「お見事。けど、こんなに早く防衛対象を潰してよかったのか」
 と、羅儀。
「問題無いわよ。ジェイコブ曹長とハインリヒ中尉から、撤退したって報告があったもの」
 遊撃隊として、こちらに向かってくる援軍を足止め、指揮官の撃破をこなしていた彼らの撤退は、当初より予定されていたものだ。遊撃隊の撤退は、すなわち敵が本格的にこちらに集まってくる合図でもある。
 ここまで事が進めば、増援生産装置であるエッグカタピラーは排除しておかなければ、そのチャンスを失う危険性の方が高い。
「みんなにも聞かせないとね、むしろここからが本番だって」