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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

リアクション


♯7


「もういいですよ、取っちゃって」
 佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)に言われて、アナザー・マレーナは被っていたカーテンから顔を出した。
 窓の外の様子を見ると、中を覗き込んでいる昆虫人間と目があった。悲鳴が出そうになるのをこらえてよく見ると、昆虫人間の上半身が引っかかっているだけで、牡丹が軽くハンドルを切ると外れて後ろに取り残されていった。
「そう言えば、まだ聞いてなかったんですけど」
 正面から視線を外さず、牡丹が尋ねる。
 彼女達がいるのは、牡丹の修理補給用トラックの運転席だ。後ろのコンテナには、後詰の戦闘員が待機している。
 アナザー・マレーナの姿を怪物達に目撃させるのは敵を誘引するためにとっておいたが、そもそもほぼ無人のこの街で走るトラックなんて目立つものに怪物達が集まらないわけがない。とはいえ、現在集中しているのはほとんど昆虫人間で、これからどうなるかはわからないが―――たぶん、変化を確認する前に目的地につくだろう。
「なんでしょう?」
「なんで地球にいるんですか?」
 そう問われたアナザー・マレーナは少しだけ返答に時間を要した。
「お父さんのためです」
「お父さん……」
「もしかしたら、ご存知かもしれませんが、私の父の名はゲルバッキーと言います。お父さんとの約束を果たすため地球にやってきました」
 本当は、その時が来るまで眠っているはずでしたのが、とアナザー・マレーナは付け加えた。
「何かあったんですか?」
「封印がしっかりできていなかったのでしょうね。私が目を覚ましたのは、今より千年ほど前になります。私は諸国を巡り、そして彼らの祖先に出会いました。ほんの少しだけ、懐かしい力を感じたのです」
 彼ら、とは黒血騎士団の事だろう。懐かしい力とは、地球に原点を持たない力の事だろう。アナザー・マレーナは彼らの庇護を受ける代わりに、インテグラル因子を自らの力にできるよう協力した。
 いずれ訪れるシャンバラへの帰還―――彼女の場合は父との再会だろうか―――を待ちながら、気の遠くなるような時間を過ごしてきた。
「あ、あの!」
 少し焦ったような声で、アナザー・マレーナが正面を指差した。
 正面には黒い塊、昆虫人間の群れが完全に道を塞いでいる。そのほとんどはこちらに背を向けており、その一団を超えた先は目的、卵の設置地点だ。
「レナリィ」
 牡丹は窓を開けて、半身を出しつつ牡丹の修理補給用トラックの上で待機している相棒の名前を呼んだ。
「いつでもいいよ〜」
 どんどん怪物達に近づいているのに、レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)の返事は暢気なものだった。
 屋根の上のレナリィは目測でおおよそのあたりをつけると、
「いっくよ〜」
 両手を前に出し、氷縛牢獄を発動した。地面から氷の柱が形成されていくが、完全な十字に成る前に形勢をキャンセルする。その形は、ジャンプ台を意識したものだ。
 だが、それでも長さが足りずに今のまま行けば怪物の塊の中に飛び込むことになるだろう。
「こんなこともあろうかと、用意していて正解でしたよ!」
 ぽちっとな、と押されるのは仏斗羽素の発動スイッチだ。ありえない加速が行われ、そのままジャンプ台にタイヤをかけると、見事に牡丹の修理補給用トラックは怪物の群れを飛び越えた。
 飛び越えた先で、ぷちぷちと運の無い昆虫人間をひき潰し、ハンドルを大きく切られたトラックは、横滑りしながらもなんとか停止した。
「終点に到着しました。皆様お忘れ物のないように」
 コンテナの中のみんなから抗議を受けないためか、一方的にそれだけ告げると、牡丹はアナザー・マレーナに少年のような笑みを見せた。



 何らかの伝令を受け取った親衛隊達は、率先して戦いに参加するようになった。
「エッグカタピラーの損失は、そこまで痛手ってわけでもないのか?」
「さぁ、少なくとも、誰かさんみたいに表情に出ないだけかもしれませんよ?」
 ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)ナオキ・シュケディ(なおき・しゅけでぃ)の疑問に、真面目とも冗談ともとれない言葉を返す。
 ユーシスが視線を向ける先には、にやついた男が一人、シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)だ。
「なななとの挙式が目前な訳よ。死亡フラグとか言われてもいいけどニヤケちゃうぜ」
 などとのたまうシャウラは、いざ戦場に出てしまえば、口角の辺りが少しひくついて見えるような気がしないでもないが、真面目に戦いを凌いでいた。オンとオフがしっかりできているのだろう、たぶん。
 当初は親衛隊の数は三体と少なかったが、それも今ではじわじわと増え始め、それに合わせて各契約者の負担もじわじわと増えていった。三人も、現在は昆虫人間の相手ではなく、親衛隊を前に立ち回りを強要されている。
 途中までは狙撃による支援もあったが、それも今はない。どうやら、あちらも大変らしい。
 とはいえ、契約者側も何も手を打っていないわけではない。
「初っ端から、随分と厄介な手合いの相手をさせらてしまいましたね」
 親衛隊の背後から切りかかったエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)だったが、振り向きもせずに背中に回されたくの字のナイフで剣を止められ、間合いを仕切りなおした。
 その彼女の背後には、作戦前に確認したトラックの姿が見える。
「あーもうそんな時間か」
 シャウラは頭をかいて、状況を把握した。
「お姫様の出演の時間というわけですね」
「なら、尚更張り切っておかないとな!」
 両手にそれぞれナイフを持ち、向かってくる親衛隊に対してシャウラは逃げずに待ち構えた。後二歩、という距離になって神速で間合いを詰め、飛び込んだところで鳳凰の拳を腹部にむかって叩き込んだ。
「ここです」
「あいよっと」
 衝撃で間合いが離れる親衛隊に向かって、ユーシスとナオキがそれぞれに天のいかづち、スナイプで追撃を行う。どちらも狙いを違う事なく直撃し、親衛隊は背中を強く打って地面に落ちた。
「まだ動くってのか」
 スナイプによって頭部を半壊させながらも、それでも親衛隊は身を起こした。流れ出た血で瞳を真っ赤に染めながら、視線はシャウラに向いている。
「あんた、何でそこまで頑張れるんだ?」
「愛だ」
「あ、あい?」
 返答があると思って尋ねたわけでもないうえに、その返答にシャウラはわずかに困惑した。
「アカ・マナハ様は我らを愛し、我らもまたアカ・マナハ様を愛している。故に、我らは戦える。貴様達こそ、何故戦う」
 シャウラはすぐに返答できなかった。
 問いに対する答えが出ないわけではないし、単に突然喋りだした事に驚いたわけでもない。自らの血で赤くそまり、そして今は黒い液体に染められた親衛隊の瞳から、何故だか目を逸らせないでいたのだ。
「いけない」
「え? どういう事?」
 異変に気付いたのは、ユーシスだ。何かはわからないが、シャウラは攻撃を受けている。そう感じ取った。
「答えられぬか、では我が貴様に理由を与え―――」
 言葉は途中で打ち切られた。文字通り、首を打って切り落とされたのだ。
「魔性のものと語り合うのは、あまりお奨めしませんわ」
 三角の帽子を深く被りなおしながら、エリシアはシャウラに視線を向けた。シャウラは陸にあげられた魚のように、口をパクパクと動かし、突然呼吸の仕方を思い出したように慌てて息を吸いだした。
「ましてこの手合い、相当趣味が悪いもののようですから」
 エリシアはそこまで言うと、次の狙いに向かっていった。
「趣味の悪い……シャウラ、大丈夫ですか?」
 ユーシスはシャウラの肩を揺する。
「あ、ああ。大丈夫だ」
「なんだ、どうしたんだ?」
 いまいち状況を把握しきっていないナオキが尋ねると、シャウラは頭痛でもするかのように額に手をあて、
「なななに見えた」
「は?」
「あいつらが全部、そう見えた」
「……疲れてるんじゃないか」
「なるほど。確かに、随分と趣味の悪い話ですね」
 シャウラの言葉を得て、ユーシスは彼ら親衛隊が、全うな手段で忠誠を誓っているわけではないのだと確信した。