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リアクション
♯8
アカ・マナハは眠そうにあくびをかみ殺しながら、視線をどこにも定めずに時間を過ごしていた。
もともとこの遠征は、マレーナただ一人を捕まえるために行っているものだ。イギリスなどという島国に大した興味もないし、国土を奪ったとてダエーヴァにとって恩恵はそもそも無い。中にはそうした遊びに集中する者もいるが、本来の役割を考えれば非効率極まりないものだ。
もっとも、アカ・マナハが効率的に役目を果たしているかといえばそんな事はない。ハーレムを作るという個人的な趣味のための人間狩りに精を出し、その集めたお気に入りの人間をさらに自分好みに改造をして親衛隊などと名乗らせて愉しんでいる。
それは誰かが言ったように、単なる人形遊びだ。人形遊びも熱が入れば、買うだけでなく自分で人形を作ったりもする。そういうものだ。戦力が向上するとか、そういうのは結果としてそうなった、というだけで別に軍団を強化したいなんて願望は持っていない。
「あら、どうしたの?」
僅かに席を離していたシェパードは、真っ直ぐにアカ・マナハの元へと進んだ。
彼は唯一、ここにある人形とは違う存在だ。特別で、たった一つの存在。そういうのもいい、望んでいたものの一つだ。
「マレーナらしき人物が目撃されたようです」
そう語るシェパードの様子から、その姿を見たのは親衛隊ではなく、虫か、その虫の指揮棒を振るうもののどちらかであるようだ。親衛隊であれば、もっとはっきりと「発見した」と報告するだろう。
「で?」
アカ・マナハは自らああしろこうしろと命令はしない。最初はしていたが、彼が来てからは必要なくなった。シェパードは常に彼女の事を考え、彼女にとって一番の結論を出す。
「彼らは、よく似た偽者を作れると報告があります。しっかりと確認できるまでは、様子を見た方がいいでしょう……ここの防衛はいささか薄くなりますが、主力を動員して確認します」
「そう。それがいいのなら、そうしなさい」
「どうも、彼らは卵の設置場所に集まっているようです。少々当てが外れました。卵を排除するため、あるいはこちらの位置を探るためにマレーナを撒き餌にすると考えておりましたので」
「せっかく放った遊撃隊が無駄になっちゃったわね」
「呼び戻すのに時間はかかりましょうが、完全に使えないわけではないでしょう。もしも現れたのが本物であれば、そのまま押し潰してしまえばいいのです」
「ええ、任せるわ」
マレーナの確保は至上の目的だ。彼女をいたぶるのはもちろん、礼もしなければならない。今、親衛隊があるのは、他でもない、彼女のおかげなのだから。
「うわああ、もりもり出てきた」
「当然であろう、ほれ、しゃっきりせんかい!」
カル・カルカー(かる・かるかー)を叱咤すると、フライシャッツをまとった夏侯 惇(かこう・とん)はでりゃーと前に飛び出した。
叱咤はしたが、惇はカルが怖気づくのもわからなくもない。個々は取るに足らなくとも、これほどの数を前にすれば怖気づきたくなりもするだろう。
何体もまとめてなぎ払い、吹き飛ばす。一人十殺でも足りないか、ならば百を討ち取るのみ。
「なははは、まさしく一騎当千の働きが求められる戦場よ」
後続として戦地に飛び込み、背中にアナザー・マレーナを擁して一番前にへと飛び出していく。
「やれやれ、愉しんでますね。武人の血が騒ぐ、というのでしょうか」
「ま、張り切るのはいい事だろうぜ」
飛び出す惇に一歩劣りながらも、ドリル・ホール(どりる・ほーる)も前に出る。そのさらに後ろには、彼らの{ICN0005410#シュレンドリアーン}があり、アナザー・マレーナへの進路を一つ塞いでいる。
車内でジョン・オーク(じょん・おーく)は通信などの庶務を担当している。
「このっ」
カルも怯みかけたが、すぐに自分を奮い立たせて怪物達相手に向かっていった。戦ってみると、昆虫人間は思いのほか容易く蹴散らせる。
「ぬおおっ」
と、正面の昆虫人間を巻き込みながら、惇が飛び出してきた。カルは思わず避けてしまって、惇は地面をごろごろと転がる。
「大丈夫か?」
「問題無い、ちょっと吹き飛ばされただけよ」
すぐさま立ち上がる様子から、言う通りに吹き飛ばされただけのようだ。
「気をつけよ、アレは手強いぞ」
「アレ……あれか!」
昆虫人間の壁の向こうに、大きなシルエットが覗く。
指揮官型の怪物の、女性らしいラインではなく、ごつごつとした鎧のような影、親衛隊だ。
「ナイトを前面に出してきたってわけだ」
「カル坊よ、例えるならチェスなどではなく、日本将棋を引き合いにせい! だが、あちらさんも辛抱できなくなってきたのは確かなようだ」
今まで出し惜しみされていた親衛隊の導入は、彼らの本気が見えたのかもしれない。判断は難しいところだが、親衛隊の数が増えた事で微妙な彼らの動作を発見した者達が居た、遠野 歌菜(とおの・かな)と月崎 羽純(つきざき・はすみ)だ。
卵を破壊する段階から作戦に参加していた二人は、アニメイトのスキルで偽マレーナを製作し、囮として作戦に動員していたのだが、ちゃんと防衛をしていたこともあるが、偽マレーナを狙ってくるのはせいぜい昆虫人間程度で、敵指揮官型が姿を現すようになってくるとそれもほとんど行われなくなった。
「視線を感じるな」
ホークアイによって戦況をつぶさに見ていた羽純は、親衛隊が増えた事でその視線を確実に感じ取れるようになった。当初から感じていたが、この段階になってはっきりと確信できるようになった。
「偽マレーナさんもちゃんと注目集めてるって事だね」
歌菜の言葉に、ああ、と羽純は頷く。
「だが、これは違うな。真贋を確かめているというよりも、巻き込まないように留意しているようだ」
親衛隊の視線には感情は感じ取れはしないが、彼らの動きを加味すれば、戦いにマレーナを巻き込まないようにしていると判断する事はできる。
「マレーナさんの事を狙ってるんじゃないの?」
そう聞いているし、集まる注目からアナザー・マレーナが無意味な存在でないのは確かだろう。ではなぜ率先して狙ってこないのか。
「狙っているな。たぶん、俺達のことを大した障害だと思っていないんだな」
「うん?」
「護衛を排除してから、マレーナを捕まえればいい。そう考えているんだろう」
ダエーヴァにとって、アナザー・マレーナがどう特別なのかは、まだよくわかっていない。それは、狙われている彼女がよく知っているかもしれないが、その事を聞きだす時間は無かったし、やるべき事が山ほどあった。
単純に殺してしまえばいいわけではないのかもしれない。だが、真相を知りうる状況ではない。
「気が変わるかもしれないから絶対とは言い切れないが、偽マレーナはもういいかもな」
「まだまだ動かせるけど、いいの?」
「……ああ、その分の力も、敵を倒すのに使った方がいいと思う」
「羽純くんがそう言うんなら、そうだよね」
歌菜はそれ以上なんでとは尋ねなかった。ダエーヴァのマレーナに対する態度の考察の全てが伝えられたわけではないが、その結論に達するだけの理由が、ちゃんとあると感じ取ったからだ。気になったのなら、あとで聞けばいい。
「よーし、まだまだ頑張るぞ!」
「あまり、無理はするなよ?」
かれこれ結構な時間、この場で行動している。消耗してないわけがない。無理をさせないよう、羽純もまた気を引き締めた。
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