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リアクション
12
月日が経つのは本当に早い、とハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)はカレンダーを見ながら思った。カレンダーには一箇所、赤い花丸がついている。ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)がつけたものだ。それを見て、ハイコドの口元には自然と笑みが浮かぶ。
一年前のこの時期は大変だった。
出産予定日になり、苦しみだしたソランに付き添おうとしたら母と義母に蹴り飛ばされて止められて、仕方がないのでパートナーたちと待った。
絶え間なく聞こえるソランの絶叫に震えながら待つことしばらく、悲鳴がぴたりと止んだ。入れ違いに、赤ちゃんの泣き声が響く。
シンクとコハクがこの世に生を受けた瞬間だった。
「もうあの日から一年か……」
あの日。
ハイコドは、生まれたふたりに名前をつけた。
シンクは、髪の色を見て名付け、コハクは、瞳の色を見て名付けた。
ソランにはそう伝えたが、嘘だった。
嘘と言ってもばつの悪い理由ではない。なんとなく、言うのが気恥ずかしかったからだ。だから、シンクとコハクが大きくなって自分の名前に興味を持ったら教えてあげようと思う。
それまでは、自分の胸の中に秘めておく。自分以外の誰かから、伝えさせたりはしない。
つまり、その日が来るまで死なないということだ。……我ながら、不器用な決意の仕方だとハイコドは思う。
けれど、そう決めた。
もう道は踏み外さない。守りたいものを守る強さより、守るべきものの傍にいなくてはいけない。
もう、離れない。
「ハコくーん、料理、いい感じになってきたよー。仕上げしよー」
キッチンからのソランの呼ぶ声に今行く、と答え、ハイコドはその場を離れた。
「放っておいてごめんね〜、寂しくなかったかなー?」
誰にかけるよりもずっと甘い声で、ソランは愛する我が子に囁いた。
ふたりの誕生日パーティの準備にと料理を作っていて、少しの間だがふたりから離れていたのだ。
仕上げも終えて、あとはテーブルセットだけになったから、ハイコドがひとりでやると言ってくれた。だからふたりについていてくれと。調理の間はニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)が見ていてくれたので心配はしていなかったが、早く傍に行ってあげたかった。
「よく眠ってるわよ」
「ほんとだ」
ニーナの言う通り、シンクもコハクもすやすやと寝息を立てていた。調理に当たって離れる前に寝かしつけ、そのままずっとこうなのだという。
「手、繋いでる」
いつの間にそうしたのか、シンクとコハクの手はぎゅっと重なり合っていた。急にものすごく愛おしく思えて、頬を撫でる。
「おめでとう、ソラン」
不意のニーナの呟きに、ソランはきょとんと目を丸くする。
「どうしたの、お姉ちゃん」
「別に? 思ったことを言っただけよ」
「そっか」
「ええ。……本当に、おめでとう」
「……えへへ。なんか、恥ずかしいなー」
「何よ、今更」
「お姉ちゃん」
「ん?」
「ありがと」
はにかんで答えると、ニーナもはにかんだ。
ふと双子を見ると、やり取りが聞こえたかのように微笑みを浮かべている。
「シンク、コハク。私ね、貴方たちのおかげで、今すっごく幸せだよ。だからね、貴方たちにもいっぱい、いーっぱい、お返しするからね」
ソランもハイコドも、まだまだ親として至らないところは多い。だから、ふたりのことを悲しませたり怒らせたりすることもあるかもしれないけれど。
だけどいつか、ふたりに『ありがとう』と言ってもらえるようになりたい。
誇れる親であるように。
「頑張るね」
シンクとコハクの繋いだ手にそっと手を重ねて誓った。
「本当におめでたい日ね……」
改めて、ニーナは呟く。楽しそうにしているソランも、ソランの傍で笑っているハイコドも、気持ち良さそうに眠っているシンクとコハクも、誰もがみんな、幸せそうだ。
ふたりがそうして幸せにしているから、ニーナたちも幸せな気分になる。だから今日ここにいるみんな、心からの笑顔を浮かべている。
ニーナはベビーベッドの傍へ行き、眠っている双子を見た。ふたりに似て可愛いと思うのは親馬鹿ならぬ親族馬鹿だろうか。
それにしても可愛い。本当に可愛い。
「子供、いいなぁ」
無意識に呟いてしまう程度には、愛おしい。
自分の将来は、どうなのだろう?
こんな、可愛い子供を産んで、ソランのように笑っていられる?
けれどニーナには相手がいない。このまま行けば、独身か、あるいはハイコドと結婚して重婚となるか、の二択だろう。
重婚は違法ではないし、一族としても優秀な雄を欲するのは当然だという考えなので問題はないのだが、一般的にはそうはいかない。二股だなんだと訳知り顔の他人にハイコドがなじられるのは嫌だった。
けれども。
「子供かわいいなぁ。いいなぁ。でもなぁ、重婚……うーん……」
結局そこに、戻るのだ。ぐるぐるぐるぐる、考える。
「ニーナさん」
だから、藍華 信(あいか・しん)に声をかけられた時は本当に驚いた。
「し、信? 何、どうしたの?」
「言いたいことがあって」
「私に?」
何か、あっただろうか。疑問に首を傾げていると、信はじっとニーナの目を見て言った。
「俺は例え周りからどんな風に言われても、本人たちが幸せであることも大事だと思います」
「……聞いてたの?」
「心の声、出てましたから」
小さな声でしたけど、と信は補足した。とはいえなんのフォローにもなっていない。あんな考えを聞かれていたのか。
「……でもさぁ。ハコくんが悪く言われるのって、嫌じゃない」
「ハイコドはそれを、嫌と言うのでしょうか?」
「どういうこと?」
「ニーナさんはハイコドのことを心配していますが、そんなたまではないのでは、ということです」
「…………」
どうなのだろう。言われてみれば、二股だなんだと言われても「だからなんだ」と堂々と胸を張りそうにも思える。けれども。いや。うーん。
「貴女は、自分を縛っていて苦しそうです」
「そんな趣味、ないわよ」
「でしたらもう少し、自分に素直になられては?」
「…………」
「では、俺はまだ飾り付けが残っていますので」
言うだけ言って、信はニーナから離れていった。
「自分に素直に、か……」
告げられた言葉を繰り返し、自分自身に問いかける。
私は、何を望んでいるの?
「……ねぇ、ふたりとも」
意を決して、ニーナはソランとハイコドに声をかけた。
「なあに、お姉ちゃん」
「どうした?」
「今日は……子供の時みたいに、三人で川の字になって寝ない?」
体温が、欲しかった。
好きな人に触れて眠りたかった。
そんな、少女みたいな望みに恥ずかしくもなったけれど言う気になったのは、信がたぶらかしたからだ。
「珍しいな、ニーナがそんなこと言うなんて」
「……駄目?」
「私はいいよー」
「ハコくんは?」
「構わないよ。思い出話に花が咲きそうだけど」
「あはは。それもいいわね」
「私は寝るけどね!」
「うん、ソランは寝るだろうな」
「じゃ、決まり。約束よ?」
約束を取り付け、ニーナは双子の眠るベッドへ戻った。
今夜は、少しだけハイコドに甘えてみようか。
少しだけ近付いて、抱きついてみようか。
ああ、本当に、こんな少女みたいな願いばっかり浮かぶだなんて。
「……恥ずかしい」
誰にも聞こえないように呟いたつもりだったのに、信だけは笑っていた。
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